『外に出たら色々起こる、昨日の今日で弾き語りin フランス』のショートストーリー
まえがき
前回も触れましたが、モデルをしている百恵さんのYouTube動画に着想を得て、ショートストーリーを4つほど書いてみました。
現在順次UP中で、今日はその第二弾を公開します。
百恵さんはモデル業以外にもカバー曲のシンガーだったり、TikTokの配信者であったりと、様々な活動をしている人です。
ある時は銭湯に住込みで働きながら空いてる時間に浴場で弾き語り、ある時は単身欧州に飛び、パリを拠点に海外メゾンのショーに出たりと、活動の帯域がとにかく広い方。
そんな彼女の動画をショートストーリーの先頭と一番最後に埋め込みました。
「読んでから見るか、見てから読むか」
ふる~い角川映画のキャッチコピーを引用し、了とします。
百恵さんのインスタ
https://www.instagram.com/momoe.ee/?hl=ja
百恵さんのTikTok
https://www.tiktok.com/@momoe.ee
『外に出たら色々起こる、昨日の今日で弾き語りin フランス』のショートストーリー
吾輩は絵画である。
名前はまだない。いや、本当はある。
吾輩はフランスが世界に誇るシンガーソングライター、ミッシェル・ポルナレフの肖像画である。
ポルナレフがまだ若かった57年前、1968年の5月に無名の画家が吾輩を生んでくれた。
生まれた場所はパリ。新左翼の学生と警官隊が激しくぶつかり合うゲバルトの坩堝の中、ノンポリの画家は一心不乱に吾輩を描き上げた。
新左翼の若者たちにとってゲバラや毛沢東がアイコンだった時代。遠い昔の話だ。
ところで絵に描かれた人物には魂が宿ることを皆さんはご存知だろうか。肖像画には心があり、五感があり、呼吸をしている。つまり吾輩たちは生きている。
だが、吾輩たちの声はなぜか人間たちには聞こえないようだ。
だから人々は我々肖像画が本当は生きていると気付かない。いや、正確にはオスカー・ワイルドを除いた人間たちは気付かない。人に知られずに生きるのは正直寂しいが、反面気楽でもある。
吾輩たちは人間という、この上なく愚かで愉快で残酷で尊い生き物の振る舞いを静かに見つめているだけだ。
吾輩は持ち主が転々とし、これまで色々なところに飾られてきた。最初はリヨンの銀行家の邸宅。その次はル・アーブルの繁華街にあるビストロ。そして今はパリのカルチエ・ラタンで営業している小さなライブスペース。この会場に来れば誰でも吾輩に会える。
孔雀やニワトリの絵と並んでギターを手に立っている吾輩の勇姿を見ることが出来るだろう。

吾輩はこれまで住んできた中で今の場所が一番好きだ。なぜなら毎日色んな人間の歌や演奏を聴けるから。
人種も性別も年齢も違う様々な人達が歌い演奏する。出自やバックグラウンドがバラバラの彼、彼女たちだが、共通点が一つだけある。
それはみんな音楽を心から愛しているということ。
吾輩もポルナレフの肖像画だけあって、音楽は大好きだ。
そんな吾輩には一年中音楽好きと出会え、素敵な歌や演奏を楽しめるこの場所は天国と言っていい。誰も吾輩のことなど気に留めず、演奏や歌声に聴き入っているがそこがまた良いのだ。ここは美術館ではなく、純粋に音楽を楽しむ空間なのだから。
さぁ、そろそろ今日の演奏が始まりそうだ。
今夜はどんな歌声が聴けるのか。
ライブ開始から1時間ほど経った頃だ。
黒髪で長身の女性が登場した。
「Je m'appelle Momoe」
「Enchante」とギターを手にした女性は挨拶した。
日本から来た百恵。パリで歌うのは初めて。東京の銭湯!で弾き語って以来、人前で歌うのは6年振りだそうだ。
一曲目は日本のミュージシャンの曲『チェリー』。
久し振りに聴く日本語の歌詞が新鮮だった。
少し緊張しているようだったが、透明感ある美しい高音が印象的。
繊細で儚く壊れそうな声質なのに、実は芯が強く伸びやかで力強い安定性がある。初めて聴く百恵の高音の魅力に吾輩は心を鷲掴みにされそうだった。
二曲目に日本のアイドルの歌を披露し、百恵の出番は終った。
「百恵、涙そうそうを歌ってくれ!」と吾輩は突然大声でリクエストした。
だが、誰も気付いてくれない。
「昔ここで一度だけ聴いたことがある。あの歌が大好きなんだ。吾輩は自分の力では何処にも行けない。ここでしか聴く機会がないんだよ」
吾輩の願いは虚しく会場に響くだけだった。
百恵は舞台から去ろうとしていた。
「百恵に涙そうそうを歌って欲しい!お前さんの声であの曲を歌って欲しいんだ!」
力の限りそう叫んだが、壁面の吾輩を見てくれる者は誰もいなかった。
「ねぇ、モモエ。涙そうそうは歌えますか?私は20年前に日本を旅行した時、ラジオから流れる涙そうそうに感動しました。あなたに是非歌って欲しいの」と観客の一人、老年の女性が静かな声でお願いした。
百恵がニコリと笑った。
「ええ、歌えます。私も好きです。涙そうそう」
小さな奇跡が起きた。
観客のザワつきが消え、場内はしんとした静寂に包まれた。
百恵がギターで前奏を始めた。
「古いアルバムめくり ありがとうってつぶやいた……」※1
気が付くと吾輩は涙を流していた。老年の女性を始め、何人かの聴衆も同じだった。
言葉の壁など飛び越え、百恵の歌声が誰もが大切している遠い記憶、古い思い出を呼び覚ましてくれるようだった。
「……会いたくて会いたくて 君への想い涙そうそう」※2
会場に拍手が溢れた。もちろん吾輩も力の限り拍手した。吾輩が手を叩く音もきっと百恵に届いたはずだと信じている。
出来るなら額縁から飛び出して、百恵に歩み寄りハグしてあげたいほどだった。
演奏会が終わり、演者や観客がいなくなった明るい場内をスタッフが後片付けしている。吾輩はその様子を見守りながら、百恵がくれた幸せな余韻に浸っていた。
百恵、今日は本当にありがとう。
音楽はやっぱり最高だ。
注:※1、※2とも森山良子作詞、BEGIN作曲『涙そうそう』の歌詞から引用
