その体験談は一級品なのに、何故おもしろくならないのか《土曜日のしらんけど》
誰が言ったか知らないが、言われてみれば確かにそうかも。そんな言葉の迷子たちから届いた質問に、勝手に答えて、優しさ半分、無責任半分で放り投げる。真に受けるかは、あなたのコンディション次第。
「土曜日のしらんけど」
今週の相談はこちら。
ペンネーム・すべらないエッセイさん
「ヤスさん、放課後ライティング倶楽部のみなさん、こんばんは。
先週の質問に近いかもしれマセン。
創作大賞に応募している人たちのエッセイを読みますと絶望に近い感覚を覚えます(ヤスさんのエッセイも凄かった!)。
私にはオモシロ体験談がありません。やっぱり“強いエッセイ”にはエピソードが欠かせまんか?」
質問ありがとうございます。
みなさま、回答記事をお願いします。
一応締め切りは2026年7月3日(金)まで。
◆
おもしろいエッセイは高級食材だけで存在していないのですよ。
おもしろいエッセイの条件って、何だろう。
まずひとつあるのは、自分が体験した話、あるいは誰かから直接聞いた話であることだと思う。
その人しか持っていないネタ。
その人の人生を通らないと拾えなかった出来事。
ここはね、やっぱり強いね。
読んでいて、「そんなことある?」と思うような体験談には、それだけで引力がある。人は珍しいものに弱いんです。
道ばたに普通の石が落ちていても見向きもしないのに、「これ、彗星の隕石かもしれません」と書いてあったら前のめりにしゃがみこむ。人間とはそういう性分です。
ここで話をややこしくしてくる怪物がいる。
さくらももこさんとか、朝井リョウさんとか、岸田奈美さんとか、あのへんのバケモノエッセイストたち。
あの人たち、必ずしも「聞いたこともないすごい体験」を武器にしているわけではないんだよ。
それどころか逆で、ありきたりなことを書いているのに、あり得ない角度から見てくる。
ただの家族の会話、ただの学校、ただの食卓、ただの自意識。
素材はふつうにスーパーで売っている。
なのに出てきた料理を食べると「え、なんでキャベツってこんなに尊いの?」みたいなことになる。
もう才能というより、包丁の持ち方からして違う。
ありえない体験談があれば勝てるという、単純な話でもないんだ。ここがとてもとても残酷です。
「よし、自分には特別なネタがあるぞ」と胸を張っても、料理方法が拙いと普通にスベる。
素材が一級品でも、料理人が素人だと壊してしまう。
貴重な伊勢海老を渡されたのに給食の金曜日みたいなテンションで出してしまうことがある。そう、あるのだ。文章の世界では全然ある。
逆にお味噌汁みたいな題材でも、超一流の料理人がつくると感動する。
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