「お母さん やめます宣言」シングルマザーの私が、母親をやめた話。
昨日わが子に、「お母さんやめます」宣言をした。
そうは言っても親のつとめを放棄するわけではない。朝ごはんは作るし、お風呂にもいれる。では何が変わるのか。
母親にも名前があります

「これからは名前で呼んでください。」とお願いした。きっかけはある記事だった。
以下はその記事の内容から私が受けたインスピレーションだ。一旦読んでほしい。
・親から子へ:親はわが子を所有物のように扱いがちである。
・子から親へ:親は何でもいうことを聞いてくれる人だと思いがちだが、親だって元子どもの不完全な人間だ。出来ないことも多い。
・お互い対等な関係だと言い聞かせていても、日常生活でそれを意識することは少ない。
・だったら代名詞(お母さん)をやめて、名前で呼ぶのが良い。
これを読んで私は思い出した。崖の上のポニョのことを。
名前で呼ばれる母親

映画に出てくるちいさな男の子=宗介(そうすけは)、リサ=母親と暮らしている。父親は船乗りでほとんど家にいない。映画のメインはそうすけとポニョが出会うことだが、私はずっとリサのことが気になっていた。
色々な考察は飛び交っているが、私は呼び捨てをしていることについて、「お互いを役割ではなく個人として尊重しているから」としたい。
親を呼び捨てするのはいけないこと?

日本で親を呼び捨てにしている子がいたらきっと「親にそんな口を利くもんじゃない」とたしなめる人がいるだろう。ポニョの話が話題になったのは珍しかったからに他ならない。でも、お互いが納得しているんだから外野が口を出すことはないのではと思う。それに「お母さん」でも「ママ」でも「ババア」であったとしても、母親を指す代名詞を使っていたってお互いにリスペクトがない関係なんて腐るほどある。
親は完ぺきじゃありません

“完ぺきな人間なんていない” よく聞くセリフだ。なのに親子関係になると、親に逆らうとは何事かと顔を真っ赤にするのはなぜだろう。自分の不完全さを見透かされたから?
怒っているひとは、困っているひと
人が怒るときは不安なとき、困った時だとわたしは思う。
・自分の予想外の事態になったとき
・もうキャパオーバーなとき
・先行きがどうしようもなく不安で、誰かに当たりたくなってしまったとき
だから、困っているときは助けを求めていい。もちろんあなたが大人であっても。

「自分の子どもに助けてなんて言えない。」「子どもを守るのが親の仕事」そう思うのも分かる。でも子どもはあなたの頑張りを見ている。毎日顔を合わせる同僚よりも、学生時代の友人よりも、ずっとあなたのことを見ている。キャパオーバーになったら泣いたらいい。少しするとクリームパンのような手が頬をぬぐってくれるだろう。私がいつもそうだから。
お母さんをやめよう。
だから私は堂々とお母さんをやめる。そして今まで以上に子どもを愛するだろう。

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