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岡本タローマン(子連れ旅行×映画タローマン感想)

3日前に見た映画『大長編 タローマン 万博大爆発』に出てくるヒーロー、タローマン。顔が太陽そのもの、見栄を切っているような表情は、画面の先のわたしを試すようだ。

フジロックで演奏前のジンジャー・ルートのお散歩に0距離で遭遇したり、USJに行き楽しすぎて吐いたことも、書きたい欲はあるのに気絶し寝てしまう。忙しさに創作欲が負けている私に二週間ぶりの火をつけたのがタローマンだった。


タローマンってなに?

キャラの説明を簡単にしよう。
芸術家・岡本太郎の作品『太陽の塔』をモチーフにしたキャラクターがいる。そのキャラクターが『タローマン』なのだ。

これが太陽の塔
これがタローマン(右)

タローマンは岡本太郎が作ったものではない。映像作家の藤井亮氏が監督・脚本・キャラクターデザインなどを手がけたそうだ。

藤井亮氏(右)サイゾーオンラインより引用

写真を見てわかる通り。世の中に何か一言いいたげな口元、顔のまわりの11本のツノの主張、嫌でも目に入ってくる金ピカの色、そしてヘンテコなポーズ。目を閉じた後も消えてくれない。気になって仕方ないのだ。

なぜ知ったか

赤ん坊を育てていた3年前、まだテレビを持っていた2022年。子どもと言えばEテレ、大人が民法ドラマを見たくても泣き出すのでEテレ、育児のおともにとエンドレスでつけていた。ほとんどの番組は甲高い声で子どもの注意を引くものばかり、耳にも脳みそにもつらかった。でもある日、おどろおどろしい曲と共にタローマンが現れた。ウルトラマン風ではあるが決定的に違ったのは、敵も、そして味方も全員ふっとばして消えてしまうこと。「子どもには無条件で愛をそそがなくてはならない」「外で働く夫は何時に帰宅しても笑顔で迎えなくてはならない」。そんなアタリマエにうんざりしていた私は、善も悪もすべてをぶっ壊してくれるタローマンに心奪われた。

そんなタローマンの番組だったが、よく調べてみると5分番組だったこと、たった全10話しかないこと、放送期間もごく短期間だったこともあり、子どもの成長と共に忘れていったのだ。心には残っていたけれど、放送終了後もファンアートを作ったりなどと深追いすることはなかった。

そんな折の大阪旅行

時は流れ3年後。私はひとり親になり、自由を手にした。苦手なテレビももう家にはない。情報源はラジオとすこしの噂話だけ。本当に必要な情報なら勝手に耳に入ってくるし、ニュースは暗い話題ばかりで引っ張られるので、いつしかラジオすら聴かなくなったころ。いつもなら長期休暇は子どもを預けひとり旅をするのが唯一の楽しみだったが、今年は子連れで旅行することにした。子どもの要望はUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)。一人で旅行するなら美術館や現地の人との交流に重きを置く私にとって、それだけじゃ辛すぎる。だから1日は自分の行きたいアートスポットへ。それで太陽の塔に行くことにした。

大阪出身の同僚も知らなかったのが「太陽の塔の中を見学することができる」ということ。私も見に行くと決めてアクセスを調べているうちに、予約すれば内部に入れることを知った。アートと一体になれるなんて。好きな人の内臓を見られるなんて。なんかヒリヒリするしちょっとエロティックだなと迷わず予約をした。

▲そのときのnote

射抜かれた

塔の中に入って、感じたことがある。実感としてはどれも語尾に!がつく。

・生きててよかった
・気持ち悪いと感じているわたしは今、アートと対話しているんだ
・めちゃくちゃ遠かったけれど、ここに来た意味があった(同じ大阪でも市街地からは1時間以上離れている)
・めちゃくちゃ濡れたけれど、ここに来た意味があった(視界が真っ白になる程のどしゃ降り&両手に子ども)
フジロックで買ったカッパがここで役に立つとは
・普段の大阪府警はやさしい(太陽の塔までのアクセスを教えてくれた)

▲本職の方より威圧感のあるヤクザのガサ入れ。私たちを守るために彼らは強くなったんだな。

中は赤や紫にライトアップされていて、おどろおどろしい雰囲気に包まれていた。「きれい」だの「うつくしい」だのという感想すら最初から拒むような展示の数々。それに私は理屈ではなく燃えたのだ。うおおお!私はいま生きているんだと。わたし一人で立派に子どもを育ててはるばる大阪の地までたどり着いたんだと。そんな私を讃えろ。頑張ってついてきた子どもも讃えろ。みんなえらい。みんなすごいと。そう感じたのだ。実際まったく興味がなく嫌々ついてきた小学生の子どもですら、太陽の塔ができる過程のパネルを興味津々で読み込んで興奮していた。脳みそじゃない。あのとき私の体が燃えていた。

グッズが欲しくなる

帰路につき日常が始まる。そんな折、旅で得たあの感覚をお守りとして置きたかった。太陽の塔のグッズはないものか。ネットを探していた時に見つけたのが『大長編 タローマン 万博大爆発』だった。

万博記念公園そばの映画館にタローマンのポスターが貼ってあるな~とは思っていた。けれど子どもたちは「タローマン怖い。見に行きたくないから帰ろう」と詳細を知らずにいた。あぁ、あれは大阪限定のイベントかなにかか。そんな風に思っていたのに、地元でも今週から上映が始まるらしい。タローマンが来てくれたのに、会いに行かない理由は無い。その場でムビチケを予約し映画館へ吸い込まれていったのだった。

キャストのネタバレ?になるが(映画本編の内容には触れないのでご安心を。)タローマンの中の人がまた素晴らしい。岡村渉さんというパントマイマーで、映画には別の役でも出てくる。その役もしびれるくらいエキゾチックなのだ。自由でいて誰にもしばられずヘンテコなことをやる姿に尊敬の念を抱いた。

うまくやろうとするな

映画では終始いろんな名言が出てくる。どれも岡本太郎の言葉を基にしており、共通するのは「でたらめであれ」ということ。以下は私が感じたことも混ざっている。
頭で考えて上手にやろう、成功者の真似をしようとしても、それはただの模倣だから本物ではない。誰も思いつかない『でたらめ』こそが最強で素晴らしい。自分の奥底から湧き出る『でたらめ』を解放せよ。敵も味方もない。全部ぶっ壊すくらいのエネルギーを出せ。出し惜しみするな。全部吐き出せ。私は映画を見てそう感じた。またもや岡本太郎の作品に打ちのめされたのである。

アートは結構好きで、時間が空けばまず美術館にいく。岡本太郎の作品だって都内に住んでいた時に目にしていたはずだ。なのに今まで全然ピンときていなかった。それがなぜ今なのだろう。わからない。でも独身を謳歌してバリバリ働いていたあの時じゃなく、子をひねり出してボロボロになっても這い上がってきた今必要だったんだろう。

岡本太郎美術館より『明日の神話』@渋谷駅
何度も見ていたのにあの時は何も感じなかった。

出会うときがくる

人も、仕事も、作品も、我が子とだって、出会うべきタイミングがあるのだろう。こちらがどんなに愛していても、一緒になれない時がある。今は仕事を極める時だと思っても、授かる命がある。今じゃないのに!と思うけれど、後々考えると完全に必要なピースだったと思う。あの時子どもを産まなかったら間違いなく過労で死んでいたし、どんなに辛いパートナーだったとしても半分はその人が分けてくれた遺伝子。なんにも残してくれなかったと思っていた。でも最後にして最高のプレゼントが子どもだったと今では納得している。これ以上のものは無い。パートナーとは愛の交換ができなかったけれど、今は子どもが受け止めきれないほどの愛をくれる。これで良かったんだろう。これが。

既に持っていた

毎晩「今日も仕事と育児だけで何もご褒美がない」と嘆いていた。今日もそうだ。“目に見えないものを沢山もらっているから十分!”などと言うつもりはない。ちゃんと自分を満たしたいし、やっぱりご褒美はほしい。ほしい気持ちはそのままに、欠けていると思っていた他者からの愛はすでにもらえていることに気づけた。しかもまだ小さいので、お願いすればいつでも・いくらでも与えてくれる。抱きしめてくれる。この喜びはいつ終わるんだろうと最中でも不安になるが、考えても仕方ないので未来から来た私だと思うことにしている。子どもはすっかり成人し、さみしく一人暮らししているわたし。あの愛情がなつかしいと思った時、タイムスリップして2025年に来たのだと。だから今はラッキータイムなのだと。ハグしながら母は時をかけているのだ。

▲なんだこれはとリピートしてしまった人はぜひ、お近くの劇場へ。

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青 石(せい せき)/ 文筆家・校正者・イラストレーター この記事を気に入ってくれたら、よければチップお願いします。一口100円から、何度でもOKです。いただいたお金は記事作成に使わせていただきます。