【AIに聞いてみる】ヒロシマ・ナガサキは、なぜ「核」を政治問題にしてしまったのか
■IT NEWS WEB:2026/08/09(第113回)
独自の視点で私が気になったニュースや話題について記録しているIT NEWS WEBですが、前回に引き続き、「AIに聞いて」みたいことができたので、また皆さんと共有したいと思います。
AIに聞く「なぜヒロシマ・ナガサキは、なぜ「核」を政治問題にしてしまったのか〜「核抑止」と「核廃絶」の間で考える」
被爆から81年となる今年の8月6日〜8日にかけて、例年通り広島・長崎で世界に向けて「核兵器廃絶」を求めるイベントが行われ、高市総理を始め、関係者が一同に集まりました。この慣習行事は未来永劫なくなることはないでしょう。
Q:
ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下によって、数多くの人々が犠牲になりました。同時に太平洋戦争も終結へと向かいました。
もし原爆投下がなかったら、日本はさらに戦争を続け、意味のない殺戮を続けていたかもしれません。もちろん、戦争終結にはソ連の対日参戦や日本政府内部の事情など、さまざまな要因があったため、「原爆がなければ戦争は終わらなかった」と単純に断定することはできません。
しかし、その歴史的評価とは別に、私は原爆投下によって別の非常に大きな問題が生まれてしまったのではないかと考えます。
それは、「核兵器を持つこと」が国家の政治的・軍事的な力になってしまった」ことです。
1998年に放送されたNHKスペシャル「原爆投下 10秒の衝撃」を見て、特に衝撃を受けたのは、原爆とは単に「巨大な爆弾が爆発して街が焼けた」というものではない、ということでした。
1945年8月6日、B29爆撃機「エノラ・ゲイ」から原爆が投下されたあと、地面約600メートルの位置で原爆リトルボーイに仕込まれたウランが混ぜ合わされその場で核分裂が起きます。爆弾はまだ地上約600メートル(スカイツリーくらいの高さ)にあります。これが0秒です。この時点ではいわゆるダイナマイトなどで見る爆発はまったくありません。でも地上約600メートルで核分裂が起きるため、その放射能の嵐が半径数キロにわたって降り注ぎます。つまりこの0秒の時点で、爆風もない状態で、その地域に住んでいる人々は目に見えない放射能で死に至らしめられます。その直後、小型の太陽ともいえる灼熱の火球ができ、火球の中心温度は摂氏100万度を超え、1秒後には半径200メートルを超える大きさとなり、爆心地周辺の地表面の温度は3,000~4,000度にも達します。さらには爆弾が地上に落ちてその衝撃はさらに大きな大爆発を引き起こし、その爆風でビルや家屋などが飛び散ることになります。原爆の恐ろしさは、約1秒後の大爆発よりも、0秒の核分裂による放射能被害が、爆風や火事で生き残っても、一生苦しめることになるということです。
そこで疑問が生まれます。
核兵器による被害は、地球温暖化、アスベスト、枯葉剤、生物・化学兵器などと同じように、「人類が根絶すべき危険」と考えるべきではないでしょうか。ところが核兵器には、それらとは決定的に違うところがあります。
たとえば北朝鮮が「アスベストを大量に撒く用意がある」「危険なウイルスを撒く用意がある」と言ったとしても、「核兵器を保有している」と言う場合ほどの政治的・軍事的な意味は持たないでしょう。
では、核兵器だけがなぜこれほど特別な存在になったのでしょうか。
A:
*核兵器とは地球温暖化やアスベストとは何が違うのか
私は、核兵器が特別なのは、単に「非常に多くの人を殺せるから」ではないと思います。最大の違いは、「大量に人を殺せる能力そのものが、国家間の政治的な力になってしまった」ことです。
アスベストは危険です。だから使用を禁止し、社会から減らしていけばいい。枯葉剤も同じです。人体や環境に深刻な被害を与えるので、使用を禁止する。地球温暖化も、人類の生存環境を守るために排出を減らしていく。
しかし核兵器の場合、
「私はあなたの国を壊滅させる能力を持っている」
という事実そのものが外交上の力になります。これが「核抑止」です。
核兵器は、あまりにも破壊力が大きいため、使えば相手だけでなく自分も破滅する可能性があります。だからこそ、「相手も核を持っているなら、お互いに使えない」という論理が成立します。
つまり核兵器は、
「使うための兵器」から、「使わないための兵器」へと変わってしまった
とも言えます。
しかし、ここには大きな矛盾があります。核兵器を使わないために核兵器を持つ。相手が核を持っているから、自分も核を持つ。自分が核を持つから、相手も核を手放せない。こうして、「誰も使いたくない兵器」を、誰も手放せないという状況が生まれます。
そして私は、ここにヒロシマ・ナガサキの持つ、もう一つの歴史的な意味があると思います。
1945年以前、核兵器は人類にとって未知の兵器でした。しかし広島と長崎によって、人類は初めて「核分裂によって都市を破壊し、多数の人間を一瞬にして殺傷し、その後も放射線によって人々を苦しめる」という現実を知りました。皮肉なことに、ヒロシマ・ナガサキは核兵器の恐ろしさを世界に示しただけではありません。
「核兵器を持てば、これほどの力を持てる」ことまで世界に証明してしまった。
ここに核問題の最大の逆説があります。被爆者の方々は、「二度と同じことを繰り返してはいけない」と訴えます。これは核廃絶の根拠になります。
ところが核抑止の立場からは、同じヒロシマ・ナガサキの経験が、
「核戦争になればあれほど悲惨なことになる。だからこそ、核兵器を持つ国同士は戦争をしてはいけない」
という抑止の根拠にもなります。
つまり、同じヒロシマ・ナガサキという事実から、「だから核をなくそう」という考えと、「だから核を持っておこう」という正反対の考えが生まれてしまったのです。
*「核廃絶」は、単に核爆弾を捨てることではない
だから私は、核廃絶を単純な「兵器廃棄」の問題として考えるだけでは不十分だと思います。
核兵器をなくすためには、核兵器が現在担っている 「抑止」「安全保障」「外交上の威圧」 という役割まで、別の方法で置き換えなければなりません。
「核兵器は危険だから明日から全部捨てましょう」
と言っても、
「その後、相手が秘密裏に核兵器を残していたらどうするのか?」
という問題が必ず生まれます。
したがって核廃絶とは、核兵器そのものをなくすだけではなく、
「核を持っていることが国家の力になる世界」そのものを変えていくこと
なのではないでしょうか。
ここまで考えると、最初に挙げたアスベストや温暖化との違いが見えてきます。
アスベストや枯葉剤は、「危険だからなくそう」という問題です。しかし核兵器は、
「危険だからなくしたいのに、その危険性そのものが政治的な価値になっている」
のです。
これが核廃絶を極めて難しくしている最大の理由だと思います。
*ヒロシマ・ナガサキは「戦争の最後」ではなかった
こう考えると、ヒロシマ・ナガサキを「太平洋戦争の最後の出来事」とだけ考えることはできなくなります。むしろ1945年8月、人類は新しい時代に入ったのではないでしょうか。
それまでの戦争では、「どうすれば敵を倒せるか」が中心でした。しかし核兵器の登場によって、
「どうすれば人類自身が自分たちを滅ぼさずに済むのか」
という問題が加わりました。
そして現在も、その問いに対する完全な答えは出ていません。ヒロシマ・ナガサキは、戦争を終わらせる出来事だったと同時に、核兵器という新しい問題を人類に突きつけた出来事でもあった。だからこそ私は、「原爆投下は戦争を終わらせたのか」 という問いだけではなく、「原爆によって、人類は何を知ってしまったのか」と問い直すことが重要なのだと思います。
私たちが知ってしまったのは、核分裂によって人間が想像を絶する破壊力を手にできるということでした。そして同時に、その破壊力を持つこと自体が、国家の政治的な力になってしまうということでした。
だから「核廃絶」は、単に爆弾をなくす運動ではありません。それは、
「大量殺戮能力を持つことによって他国を従わせる」という国際政治の構造を、どう変えていくのか
という、人類そのものの課題なのだと思います。
*筆者のまとめ
ヒロシマ・ナガサキから81年。私たちはいまだに、その問いの途中にいます。AIに聞いてみて、改めて「不用意な核分裂の恐ろしさ」と「不用意な地球温暖化の恐ろしさ」はある意味同一レベルで扱うべきだと考えさせられました。なぜ「地球温暖化が国に絶対必要だ」とは誰も考えないのに核廃絶については「国としては必要かもしれない」などと考えられるのか。ここを考えるべきです。
以上
