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過去と現実、定数と変数──目の前の「今」をどう捉えるか

本日KATARIに登場される渡部陽一さんが、8月26日にSNSで発信された言葉が胸に突き刺さりました。

「…ガザにおける食糧飢饉が50万人規模に拡大…イスラエル軍による支援物資搬入制限が食糧危機に直結…栄養失調で100名以上の幼児が死亡。」

渡部陽一氏X投稿より

この報告が事実なら、心が張り裂けそうです。特に「幼児が」──という現実は、過去の歴史ではなく、“今”、私たちが生きているこの瞬間に起こっていることだから。その痛みはただの他人事ではないと感じます。

Ⅰ. 定数としての歴史、変数としての今

歴史は揺るぎない定数のようです。(歴史は細部が修正されることはあっても、根本的な流れが劇的に逆転することはあまりありません。)

たとえばユダヤ教とイスラム教、そしてキリスト教が共に聖地とするエルサレムは、十字軍や離散と帰還といった過去の物語の舞台であり、現在も複雑な歴史を宿す場所です。

一方で、今、この瞬間に起きている“幼児の命が失われる現実”は、その歴史とは異なる「変数」。
WFP(国連世界食糧計画)は、ガザにて「50万人規模が飢饉に直面」との予測を発表しています。

Ⅱ. 「変数」に注目し続けるという選択

いかに状況が絶望的に見えても、私たちの手元には「どう行動するか」という変数が残されています。他国の政策や宗教的背景などは変えられないかもしれないけれど、目の前の人や出来事には、関わり方を選ぶ余地があります。

私たちは、一人では世界を変えることはできない。でも、今を生き、目の前の人に向き合う一歩が、「変わる可能性」に繋がると信じています。

Ⅲ. 未来に繋がる、小さな交差点として

歴史と現実が交差するその地点で、どんな選択をするか──それが私たちの向き合い方の分かれ道です。

たとえばKATARIでの講演を通じて渡部さんの生の声を聴き、その残響を誰かと分かち合うこと。それすらも一つの具体的な行動だと思うのです。私たち一人ひとりが「今」をどう扱うかが、未来への架け橋になる。

読んでくださっているあなたにとって、「過去と現実」「定数と変数」とどう向き合われていますか?


いよいよ本日となります。途中締め切りとなる可能性がありますが、9:40時点ではまだ申込可能でした↓↓


マイプロフィール:土橋昇平 (㈱ペルソン エバンジェリスト)



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