生きる意味
小さい頃から、生きる意味を考えていました。
どれくらいからなんだろう?小学生の時には悩んでいましたね。
人は何故生まれてきて、死んで、そしてまた生まれ変わるを繰り返すのか。
哲学的な小学生だったんです 笑
でも、いつも、「生きては死んでを繰り返す意味はなんだ?」と言うところで答えが出ず、苦悩するばかりでした。
そして、「人生は無意味だ」と結論づけ、全てのことを無意味にすることで努力することからも逃げていました 笑
だって、無意味なんだもん、やる意味ないでしょ?ある意味合理的ですね✨
確か、哲学者カントも、「問うては行けない問い」と言っていたそうな。
公務員を辞めて、カウンセリングに通っている中で、これも相談したんです。
生きる意味を考えすぎてしまうこと。
よくよく後から振り返ると、確かに小学生の頃のように「苦悩する」まで悩むことは無くなったように思います。
ある日、自分なんかよりアッタマ良い物理学者さんの本を読んだところ、
今の理論上、「いつか、地球だけでなく、この宇宙も壊れていく存在」なんだそうです。
宇宙までぶっ壊れるんかい 笑
もはや、全ては壮大な無意味ですな 笑
いつかの記事でも書いた、ヴィクトール・フランクルさん(ナチスの強制収容所に入り、奥さんまで亡くした精神科医)は、「人生の意味を問うな、生きているということから意味を問われていると考えるべき」って言ってたんです。
そう、だから生きる意味は自分で意味を決めることだと思うんです。
大きなことじゃなくて、立派なことじゃなくて、誰かに褒められることじゃなくて、悲観することもなくて。
今のこの一瞬、一瞬、今日考えたこと、嫌だったこと、嬉しかったこと。
食べたもの、時間を無駄にしたこと、有効に使えたと思ったこと。
努力できたこと、怠けちゃったこと。
そういう、全てのことが、その人の人生の意味なんだと思うんです。
生産性とか、効率とか、成果とかそういうことも大事なのかもしれないけれど、
今、感じていることは、その人にしか感じられないことだから、それこそが、人生の意味なんだと、今、自分はそう思っています。
じゃあ、今日も生きる意味を続けていきましょう!
