【脚本】『QOL』①|「人が死んで感動する物語なんか、もうたくさんだ」
はじめに
この作品は、2013年に上演した、THE TRICKTOPS 7th『QOL』の舞台脚本です。
僕は、「人が死んで感動する物語」があまり好きではありません。
なぜって、それはあたりまえに悲しいから。
そんなこと言われなくてもわかっているのに、どうしてわざわざ悲しい気持ちにならなければならないのか、疑問なんです。
例えば「愛する人が病気で死んでしまう話」。
確かに感動できるだろうし、愛の素晴らしさを感じることができる、病気への啓発や注意喚起にもなるでしょう。
でも、本当に病気と闘っている人にとってはどうなのだろうか。
感動も愛も啓発も注意喚起も、死んでしまったら関係ない。
となれば、本当に必要なのは、「愛する人が病気になるが、それと闘い、生きることを勝ち取って、感動する話」なんじゃないの、と思うわけです。
だから僕は、「人が生きて感動する物語」を描き、「人が死んで感動する物語」に挑戦状を叩きつけたい。
そう思ってこの作品を書きました。
ちょっと古い作品なので、現在の医療や考え方とは少し異なる部分もあるかもしれません。
でも、大切な部分は、変わらないんじゃないかなと思います。
楽しんでいただけたら、幸いです。
作品詳細
タイトル
『QOL』
脚本
佐渡ツムジ
上演時期
2013年9月
上演時間
1時間50分ほど
イントロダクション
『QOL』
クオリティ・オブ・ライフ。
一人の人間が、自分の人生にどれだけ幸福を見いだしているかの尺度である。
言ってしまおう。
これは、一人の人間が病に侵され。
それに打ち勝つ話である。
人が死んで感動する物語なんか、もうたくさんだ。
あらすじ
どうも、秋葉もみじです。本名は泰子です。
売れ残りの「恋愛小説家」で、もちろんプライベートでも売れ残っているアラサー女子。
そんな私が、ある日突然「乳がん」と告げられた。
入院先で出会ったのは、どこか風変わりな医師や看護師、そしてそれぞれの事情を抱えながら病と向き合う患者たち。
そんな人たちと過ごす中、私は自らの闘病を題材に、病気によって大切な人と引き離され、死を迎える少女「アキハ」の小説を書き始める。
ところが、現実で生きようとしている人たちを目の前にしながら、死を描いていく自分の小説に、少しずつ違和感を覚えるようになる。
そんなある日、同じ病棟で闘病する仲間が、私の小説を読んで言った。
「この小説の中のみんなの未来は、私の未来は、どうなるの?」
その一言が、私の物語を大きく変えていく。
生きようとする意思。
生きるための選択。
その先にある未来。
空想の世界に生きる人々と、自分たちのQOLを取り戻す物語。
登場人物
秋葉 泰子(30)
主人公。恋愛小説家。ある日「乳がん」と診断される。
佐月 りん(21)
泰子と同じ病棟の患者。悪性リンパ腫を患っている。泰子に懐く。
尾野 和雄(55)
泰子と同じ病棟の患者。転移した肝臓がんを患っている。
小説の中の登場人物「尾原」のモデル。
空知 充(33)
御門病院の外科医。オタク。フィギュア製作が趣味。
小説の中の登場人物「大空」のモデル。
高峯 誠司(34)
御門病院の外科医。父親が某大学医学部の教授。
小説の中の登場人物「高山」のモデル。
澄川 美礼(29)
内科医。尾野の娘。
小説の中の登場人物「清川」のモデル。
谷田部(49)
ベテラン看護師。肝っ玉母さんのような存在。
七海(26)
新人看護師。何事にも一生懸命だが、不器用。
栗木 圭介(30)
泰子の幼馴染。泰子に密かな恋心を持っている。
秋葉 セツ子(57)
泰子の母。かなりの自由人だが、泰子を女手一つで育て上げた。
八雲 定(28)
週刊ウィークエンドの編集者。泰子の担当。何事にも軽い。
翠(26)
小説の中の登場人物。アキハの友人。
豊(26)
小説の中の登場人物。アキハの友人。
アキハ(26)
小説の主人公。進行性の乳がんを患い入院をしている。
【脚本①】
※この作品は2013年当時の医療や状況をもとに描かれています。現在とは異なる表現・描写がありますので、あらかじめご了承ください。
#プロローグ
恋愛小説家・秋葉泰子(30)が待合室の椅子に座って本を読んでいる。
そこに現れる医師・空知充(33)。
空知 「秋葉泰子さん」
泰子 「はい」
空知 「お待たせしました、どうぞ」
泰子 「はい」
空知、診察室の中に入っていく。
本を閉じ、その後に続く泰子。
診察室の前で立ち止まる。
泰子 「そうして私は、ある日突然『がん』と告げられたのです」
暗転。
#1 御門病院・泰子の病室
病室に入ってくる看護師・谷田部(49)と七海(26)。
七海 「こんにちはー」
谷田部 「秋葉さーん、検温の時間ですよ」
七海、病室のカーテンを開ける。
ベッドの上で体を起こしている泰子。
イヤホンをさし、ノートに文章を書いている。
泰子 「はっ」
七海 「あ」
谷田部 「また仕事してるの?」
泰子 「あ、すみません」
七海 「ダメですよ、働き過ぎは」
泰子 「えへ、程々にします」
七海 「もう、はい、体温お願いしますね」
泰子 「はぁい」
七海、泰子に体温計を渡す。
泰子、体温計を脇の下に差し込む。
谷田部 「まったくぅ、自分の状態わかってるの?」
泰子 「ええ、一応」
谷田部 「ま、それだけ元気なら大丈夫だろうけど」
泰子 「あ、はい体温計」
七海 「ありがとうございます」
泰子、測り終わった体温計を七海に渡す。
七海、体温を記入し、血圧と脈拍を測り始める。
泰子 「いやぁ、でも恥ずかしいですね」
谷田部 「何が?」
泰子 「胃腸炎で入院って・・・」
谷田部 「いや、別に恥ずかしくはないわよ、結構多いのよ、若い人で急性胃腸炎になるの」
泰子 「でも私、仮にもアレですよ」
谷田部 「アレ?」
泰子 「乳がん」
谷田部 「ああ、まぁそうねぇ」
泰子 「明らかにがんの方が強烈な病気なのに、胃腸炎の方が入院長くなりそうなんて・・・」
谷田部 「まぁ、こっちから言わせてもらえば、胃炎なめんな、って感じだけどね」
泰子 「ええ、なめてましたね、吐いて失神して3日間絶食・・・今の所がんよりしんどいかも」
谷田部 「うん、それはがん治療なめんなって話だけどね」
泰子 「え、どっち?」
谷田部 「どっちもよ、病気をなめんなって話」
泰子 「ああ、おっしゃる通りで」
谷田部 「もう、がんって言われたんだから安静に生活してればいいものを」
泰子 「だってぇ、原稿の〆切が・・・」
谷田部 「あなたの生命の〆切が迫っても良いの?」
泰子 「うーん谷田部さん、なかなかキツイジョークですね」
谷田部 「ホスピタルジョークよ、ふふふ」
泰子 「ふふふ」
七海 「谷田部さん、大変です」
谷田部 「どうしたの?」
七海 「脈が・・・ありません」
谷田部 「なわけあるかい!それじゃ秋葉さん死んでるでしょ」
泰子 「あれ、〆切すぎちゃった?」
七海 「すみませぇん」
谷田部 「もう、へたくそねぇ、てかどうやったら脈を見失うのよ」
七海 「・・・すみません」
谷田部 「学校で何習ってたんだか」
谷田部、七海の代わりに泰子の橈骨動脈を触り、脈を測る。
七海 「秋葉さんすみません、私が未熟なばっかりに、ご心配をおかけして・・・」
泰子 「いいよいいよ、もしかしたら、ちょっと死んでたのかも」
七海 「私みたいな看護師で、不安ですよね・・・」
泰子 「大丈夫よ、七海ちゃん一生懸命だから」
谷田部 「まぁ、看護師でドジっ子ってのは致命的かもしれないけどね」
七海 「う・・・」
谷田部 「はい、脈拍も問題なし、顔色も良いし、だいぶ良い感じになってきたわね」
泰子 「おかげさまで、もうぴんぴんしてますよ」
谷田部 「それでまた油断しないようにね」
泰子 「はぁい」
七海 「他に何か困ったことがあれば何でも言ってくださいね」
泰子 「はい、本当はここでパソコン使えたら一番なんだけどなぁ」
谷田部 「病室でパソコンは禁止です、使いたければ図書室かデイルームでどうぞ」
泰子 「はぁい」
谷田部 「はい、じゃあこれ、今日の分の薬、ちゃんと飲みなさいよ」
泰子 「大丈夫ですよぉ」
谷田部 「じゃあまた午後に来るから、大人しくしてるのよ」
泰子 「大人しくって・・・」
谷田部 「ほら、七海、行くよ」
七海 「はい、では、失礼します」
谷田部、七海、病室を出ていく。
泰子 「・・・おもしろいなぁ、病院」
泰子、ノートを手にとって眺める。
泰子 「乳がんと診断されて数週間、私は急性胃腸炎で入院することになった、いや、本当は乳がんの手術前に入院して、それが人生初の入院になる予定だったのだが、まさかの胃腸炎、それには理由があって、その理由のために胃をやられてしまったのだ・・・私の仕事は小説家、アラサー女子の売れ残り恋愛小説家だ、てかアラサーって女子なのか?いや、女子ってことにしておこう、ともかく、私が胃腸炎になったのはこいつのせいなのである」
そこに現れる、編集者・八雲定(28)。
場所は、出版社に変わる。
***
八雲 「へぇ、乳がんすか」
泰子、八雲の前に立つ。
泰子 「・・・うん、ごめんなさい」
八雲 「・・・」
泰子 「あの、コラムの連載は可能な限り続けたいんだけど・・・ちょっとその、治療もあって、上手くできるかどうか」
八雲 「・・・」
泰子 「あの・・・本当にごめんなさい、八雲君にも、編集長にも迷惑を」
八雲 「おもしろくないすか?」
泰子 「はい?」
八雲 「いや、いいっすよがん、てかがんって、最高じゃないすか」
泰子 「最高?」
八雲 「それ、逆に使えますよ」
泰子 「逆に?」
八雲 「つかコラムなんてやめちゃいましょ」
泰子 「ええ、いや、私の数少ない仕事だし」
八雲 「小説書きましょ」
泰子 「え?」
八雲 「秋葉もみじ先生の新作、ウチで連載しましょ」
泰子 「新作?八雲君、何を言ってるの?」
八雲 「がんにかかった小説家が、がんになった女の子の恋愛小説書くんすよ」
泰子 「はい?」
八雲 「センセーショナルでしょ、これ、売れちゃうんじゃないすか?」
泰子 「・・・」
八雲 「早速編集長に伝えますよ、やってやりましょう」
八雲、いなくなる。
泰子 「ええええ!お前、そこは違うくね!?がんだよ私、早期とは言えがんになったんですよ!?そこは、連載のことは俺に任せて、先生は治療に専念してください、とか言えよ!お前、元々空気読めない奴だとは思ってたけど、察せよ!病人の心を察せよ!」
***
泰子の病室に戻る。
泰子 「と、最初は思ったのだが、その反面、確かにそうかもしれない、とも思った、確かにがんになるなんて私はツイてないのかもしれない、だが、ピンチはチャンス、これは神様が私に課した試練なのではないだろうか、がん患者にしか書けないがん患者の小説もある!私はこの小説で、命の尊さ、愛の素晴らしさを描くのだ!そうして私は週刊ウィークエンドのバカ編集者の提案を受け入れ、自分を題材にした小説の執筆を決めた」
そこに現れる、空知。
手にはフィギュア、ストラップにアニメのキャラクターのグッズが付いている。
空知 「はいこんにちはぁ」
泰子 「わ、空知先生、いつの間に」
空知 「どうも」
泰子 「完全に回想シーンに浸ってましたよ」
空知 「はあ、ところで、胃の調子はどうですか?」
泰子 「ああ、もう絶好調です」
空知 「良かったです」
泰子 「どうかしました?」
空知 「自分の担当してる患者さんを見に来ちゃいけませんか?」
泰子 「いや、そんなことはないですけど」
空知 「それともあれですか、やっぱり秋葉さんもあいつの方が良いっていうんですか」
泰子 「ああ、それは、微妙なとこです」
空知 「うわぁ、へこむなぁ・・・」
泰子 「この人は私の主治医・空知先生、健康診断を受けて、『要再検査』を食らい、近所の病院で精密検査、その結果がんの疑いがあると言われた私は、設備の整った大きな病院を紹介してもらった、そこには腕のいい若い医者が二人いるという、その一人が、この・・・なんともオタッキーな感じの空知先生なのだ」
空知 「手術は来月の頭ぐらいにできそうなので、それを伝えようと思いまして」
泰子 「ああ、そうなんですね」
空知 「一応、執刀は僕がする予定なのですが・・・」
泰子 「はい」
空知 「・・・もしかすると、あいつになるかもしれないので、それも伝えておこうかと」
泰子 「え!高峯先生!?」
空知 「ちょっと、食いつき良すぎでしょ」
泰子 「ああ、いえ」
空知 「みんな、高峯高峯って・・・憎い」
泰子 「そんなこと言わないでくださいよ」
空知 「・・・まあいいや、そういうことなので、焦らず急いでお腹の方は治しちゃいましょう、がんの方も色々検査しないといけないので」
泰子 「・・・あの」
空知 「はい」
泰子 「一応聞いておきますけど・・・私のがん、治りますよね?」
空知 「多分」
泰子 「多分って!」
空知 「まぁしこりは小さいとは言えませんが、リンパ節転移の可能性も薄そうですからね、治る見込みは割とある方です」
泰子 「割とある方ねぇ」
空知 「以前言った通り、秋葉さんの場合は、今のところステージⅠと考えています、乳房についても、今の状態であれば温存できる可能性は高いと思いますよ」
泰子 「・・・前から思ってたんですけど」
空知 「はい」
泰子 「空知先生って、ドライですよね」
空知 「そうですか?」
泰子 「なんていうか、こっちに期待させるようなことは言わないというか」
空知 「まぁ、ひねくれてますからね」
泰子 「その代わり、無意味に不安にさせることも言わないですけど」
空知 「ええ、意味ないですからそんなの」
泰子 「もし私が末期がんだったらどうするんですか?」
空知 「ありのままを伝えますよ」
泰子 「やっぱり」
空知 「末期には末期の医療がありますから」
泰子 「そうですよね、というか、意外でした」
空知 「え?」
泰子 「ほら、がん告知って家族とかに先にするイメージがあったから、あと本人には言わないとか」
空知 「ああ、そういう時代もありましたね」
泰子 「さらっと言っちゃうんだもん」
空知 「まぁある程度は気を遣うものですが、今はインフォームドコンセントの概念にのっとって治療が進められますからね」
泰子 「正しい情報を伝えられた上での合意、ですね」
空知 「そうです、全部をありのままに伝えます、そして、手の内は全て見せて、患者に選んでもらうのです」
泰子 「そういう所も踏まえて、良い材料になりますよ」
空知 「材料って、小説ですか?」
泰子 「ええ」
空知 「元気ですねぇ、根詰め過ぎて、手術前に徹夜で寝不足とかやめてくださいよ」
泰子 「わかってますよ」
空知 「では、また色々決まったらお伝えに来ます」
泰子 「はぁい」
そこに現れる医師・高峯誠司(34)。
高峯 「あ」
空知 「ん?」
泰子 「あ、高峯先生!」
空知 「・・・ど、どうしたんですか?」
高峯 「ああいや、空知さ、尾野さん見なかった?」
空知 「見てないです」
高峯 「そっか、どこいったんだろ」
空知 「・・・さぁ」
高峯 「あ、秋葉さん大丈夫?」
泰子 「あ、はい、おかげさまで大丈夫です!」
高峯 「良かった」
空知 「あなた別に何もしてないでしょ」
高峯 「もしかしたら秋葉さんの手術、僕がすることになるかもしれないから、そうなったらよろしくね」
泰子 「はい!」
高峯 「それじゃ、お大事に」
高峯、病室からいなくなる。
泰子 「今の男前な先生がもう一人の腕のいい医者、高峯先生、女性患者や看護師から絶大なる支持を得るカリスマ医師である、あのルックスで医者って・・・申し分ないでしょ」
空知 「くぅ・・・あいつめ」
泰子 「あれ、空知先生、やきもち?」
空知 「そんな非論理的な感情に左右されません、絶対執刀医は渡さないからな・・・」
泰子 「左右されてますね」
そこに現れる、患者・佐月りん(21)。
りん 「あ、オタク先生」
空知 「ええ?」
泰子 「あ、りんちゃん」
りん 「泰子先生、今日も色々とネタを仕入れてきましたぜ」
泰子 「本当?ありがとー」
空知 「あの、お二人とも入院中の患者なんですからね」
りん 「わかってるよー、オタク先生」
空知 「ひどい・・・」
泰子 「今日は何を仕入れてきたの?」
りん 「あ、じゃあオタク先生が居なくなったら話すね」
空知 「わかりましたよ・・・邪魔者はいなくなりますよ・・・」
泰子 「あ、空知先生ごめんなさいね」
空知 「慣れてますから・・・あ、そうだ」
泰子 「はい」
空知 「僕も小説に出たいなぁ、なんて」
泰子 「あー・・・検討しておきます」
空知 「お願いします、では」
空知、病室からいなくなる。
りん 「え、どゆこと?」
泰子 「他の先生とか登場人物のモデルにしてたりするから、自分も出たいんだって」
りん 「ええ、なにそれ、うける」
泰子 「ね」
泰子 「この子は佐月りんちゃん、この病院に入院している女の子だ、誰かに私が小説家だということを聞いたのか、何日か前から私の病室に出入りするようになった、彼女の病気に関しては詳しく知らないが、彼女は私のことを『がん友』と呼ぶ、つまり彼女もなにかしらのがんなのであろう」
りん 「よーし、じゃあ始めますか、先生」
泰子 「私は、このように入院しながら小説を書いている、週刊誌の連載なのでかなり大変だが、それでもこれは私の使命なのだ・・・小説のタイトルは私のペンネーム・秋葉もみじからとって『紅い葉の頃』、病気によって、死によって、大切な人たちと引き離されてしまう『アキハ』という女の子の物語だ」
りん、カーテンを閉める。
②へつづく
②以降は各話100円でお楽しみいただけます。
以降、隔日で更新していきます。
※本作はフィクションです。登場する人物・場所・名称は実在のものとは関係ありません。
