腸は「第2の脳」? ③腸管神経系を麻痺させるもの
前回は、脳より先に完成する「独立国家」としての腸管神経系と、その通信に必要なコリンやビタミンB1のお話をしました。
しかし、どんなに立派な通信網(網タイツ)があり、十分な燃料があっても、それを動かす「エンジン」そのものが故障していたら、腸は動きません。
今回は、現代人の多くが陥っている、腸を物理的にボロボロにしてしまう「代謝の罠」についてお話しします。
高血糖が「網タイツ」を焦がしてしまう?
私たちの腸に張り巡らされた「2枚の網タイツ(アウエルバッハとマイスナー)」は、高血糖が苦手である。
甘いものの食べ過ぎや、ドカ食いによる急激な血糖値の上昇(血糖スパイク)が起きると、血液中には大量の活性酸素が発生する。この酸化ストレスは、腸管神経系のニューロンをダイレクトに傷つけ、網目の伝達機能をマヒさせてしまう。
さらに、高血糖状態がずーっと続くと、神経のタンパク質が糖と結びつく「糖化(AGEsの蓄積)」が起こる。これはいわば、網タイツが焦げて固まってしまった状態だ。
毛細血管から溢れ出た過剰な糖が、筋肉の間で網タイツをベタベタの砂糖漬け(糖化)にし、活性酸素という火花で神経の枝を焼き切ってしまう、というふうに考えれば、これはかなりシビアな現象だ。
食道アカラシア
ここで、管理栄養士の国家試験にも登場する「食道アカラシア」という疾患に触れておきたい。
食道アカラシアとは、食べ物を飲み込んだときに食道の出口(下部食道括約筋→それは胃の入り口でもある)、これがうまく緩まず、食べ物が胃に入らなくわなくなる病気だ。
・・・考えただけでも苦しい。
実はこの原因も、本連載記事の主役「アウエルバッハ神経叢」の機能障害と言われている。そう、腸だけでなく、食道にも胃にも、消化管全体で網タイツは機能している。
本来、私たちが食べ物を飲み込むと、アウエルバッハ神経叢が筋肉に「緩め!」という指令を出す。しかし、何らかの原因でこの網タイツを構成する神経細胞が減少・脱落してしまうと、筋肉に指令が届かなくなり、出口が閉まったままになってしまう。
教科書的には「食道の通過障害」と書いてあるが、「そこにあるべき網タイツ(現場の指揮者)がいなくなってしまった」ということなのだ。
血糖スパイクや酸化ストレスによるダメージが、この「網タイツの消失」を加速させる可能性があるかもしれない、と考えると、食道アカラシアの予防や管理においても、分子栄養学的な視点は重要なのかな、と思う。
低血糖の裏で「自分の筋肉」を脳に差し出す
さらに深刻なのが、高血糖の後、インスリンの分泌過多で血糖値が急降下した後の「低血糖」の状態だ。 私たちの体は、血糖値が下がると、脳を守るために自らの組織を分解してエネルギーに変える「糖新生(とうしんせい)」という仕組みを発動させる。
このとき、材料として捧げられるのが「タンパク質」、つまり私たちの筋肉だ。 「筋肉が削られる」と聞くと、腕や足の筋肉(骨格筋)を想像するかもしれないが、実は、腸を動かしている「平滑筋(へいかつきん)」も、糖新生の材料として容赦なく削られていく。これを「タンパク異化」という。
痩せ細るエンジン:平滑筋の萎縮
低血糖を繰り返している方の腸は、いわば「身を削ってエネルギーを捻出している」状態と言える。 その結果、何が起きるのだろうか。
低血糖を補うため、腸の壁を構成する「平滑筋」が分解される。
腸の壁が薄くなり、筋肉という「エンジン」が痩せ細る。
網タイツ(神経)が「動け!」と必死に命じても、動くべき筋肉が薄すぎて、力強く収縮できない。
これが、分子栄養学の現場でよく目にする「一生懸命食べているのに、お腹が張って受け付けない」「便秘がどうしても治らない」という方の、隠された正体の一つと考えてもいいだろう。
電気信号(神経)がマヒし、エンジン(筋肉)も痩せ細っている。これでは、どんなに食物繊維を摂っても、腸が動くはずもない。
腸が動かないのは、あなたの根性が足りないからでも、単に食物繊維が足りないからでもない。 日々繰り返される「代謝の嵐」によって、5億年前から受け継いできた精密なインフラが物理的にダメージを受けているからだ。
・・・・では、このボロボロになった現場に、「未消化の食べ物」が流れ込んできたらどうなるでしょうか? 次回は、いよいよ現代病の代表格、SIBO(小腸内細菌増殖症)の真実に迫りたいと思います!
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