櫻坂四期の山田桃実はどんどん平手友梨奈に近づいている。
櫻坂のライブを配信で見ていると、ぶわっとオーラが出る人とそうじゃない人に分かれる。テレビやYouTubeで見るメンバーは、ライブで大きく変わる人とそうでもない人がいる。
でももっとすごいのは、ライブ中にその人だけ別の世界のような---いや。なんか言い過ぎかも。現実から切り離されて、ライブの物語の世界に引き込んでしまうような何かがあるメンバーだ。
その候補になりえるのが、山田桃実さんじゃないか?
ここのとこのライブを観て思ってしまうのだった。
この前の武元さん卒セレを見ても、カメラに桃実さんが抜かれると、どこか空気が違う。そこさくや櫻坂チャンネルに出てるときと別。
私がここでたびたび書いていて、伝わってるか不安なことばを書くね。桃実さんは櫻坂ならではの演技性がすごく高い雰囲気がある。なにか、実際の桃実さん本人じゃなくて、櫻坂が楽曲やライブで作りたい世界へ引っ張ってくれるような力。
武元さん卒セレの「木枯らしは泣かない」を見てるとだんだんとある思いが確信になってきたりする。
これ、いいときの平手さんに近づいてるんじゃないの?
ある種、タブーに触れてるのかもしれないけど。
少なくともライブでの桃実さんは、初期の「サイレントマジョリティー」から「二人セゾン」をやってた14〜15歳ごろの平手さんと、今のクラウドナイン移籍後の平手さんの中間みたいに見える。つまり、欅坂時代の鬱屈や諍いを排除したまま美しく、落ち着いている部分を抽出したかのようなのだ。
もちろん、そこさくとかバラエティに出てるときの見た目はそんなに似てはいない。でもライブの時は、そのメイクや集中から、やけにあの時の平手さんをフラッシュバックしてしまう。
もしもセンターを背負いすぎて、壊れることがなかった時の平手さんを見てしまうような幻覚感。
謎なのは運営側は桃実さんをどう思ってるんだろ?
はじめて四期生の楽曲「死んだふり」が披露されたとき、桃実さんがセンターに選ばれた時は正直なところ「えっ、そうなんだ」とは思った。だけど、時間が経つほどに納得していったというか。
「死んだふり」の当時の私が書いたレビュー読み返してたら、やっぱ欅坂を思い起こさせる作りをしているせいもあるからか、すでに桃実さんを平手さんみたいだと評してるね。
ただ、この後の桃実さんがどうなるかはわかんなかった。あんまりここで書いてなかったけど四期生ではグループの演技性やその他の仕事ぶりを総合して浅井さんがいちばんすごいと思ってた。
けれど、ここのところの桃実さんの国立ライブや武元さん卒セレの佇まいを見ていると、なんとなくだが桃実さんが平手さんのような何かに近づいているように思う。
あくまで私の目線を前提にしてるけど、運営は桃実さんが平手さん的な演技性を纏い始めているのをどう見てるのだろうか。
私はいまの桃実さんそのものが、平手さんに似てくるにつれて、なにか欅坂的な符号そのものにみえてきてる。
表向きは、櫻坂は欅坂をタブーのように触れないところを徹底している。ライブで欅坂時代の曲はやらない。だが「ファンがなんとなく感じられるかたちでいいからね」みたいに定期的に欅坂を思い起こさせる仕掛けを入れている。
見事にファンは「桜月」のMVに仕掛けられた符号や、ライブや表題ティザーに織り込まれた緑色を見つけるとき、欅坂を想起していたりする。
これが国立ライブに到達する以前の、特に2023年ごろは顕著だった。特に三期生の新参者では、最後に「語るなら未来を…」を演らせていたし。
でもいまは、もうそこまで欅坂の暗示はないよね。だから一つのグループにとってのトラウマ克服が終わったのだ。と言える。
だけど、アルコール中毒者や薬物中毒者がどれだけ原因を断ったとしても、何年も経ったある日すごく欲してしまうように、脳裏に影が現れることがある。私だってやっぱり欅坂の陰鬱さを中毒のように欲してしまう瞬間があるよ。
そして少なくとも私にとって、桃実さんとはそんな中毒になっていた欅坂のフラバそのものなんだよ。もし桃実さんがサイマジョやったらこんな感じ、エキセントリックやったらこんな感じとか妄想あってだめだ。
いまのところ、欅坂の曲を大々的に演じることは依然としてタブーのままだよね。だからこそ運営が今後の桃実さんをどうするんだろうとは思うわけなのだ。
桃実さん自体はミーグリの売れ行きとか見る限りは、まだ選抜に選ばれるとかは時間がかかりそう。大きくフィーチャーされるのはまだ先になるのだろう。
だけどじっとりと、おおきく主張しないかたちで、あの時の平手さんみたいななにかを纏ってそこにいる。桃実さんが暗い顔つきでダンスしたり、花道を駆け出して落下したり、自滅するかのように動くことはないだろう。しかし何か消えないトラウマの残像のように、桃実さんは佇んでる。運営はいつか彼女をセンターにしたいと思っているのだろうか。それとも、暗示しながら触れることはない位置に置き続けるのだろうか。
