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物語の欠片 緋色の山篇 4

-レン-

 昼間のポハクはマカニと同じ季節とは思えないくらいの気温だった。レンとカリンは何度も冬のポハクを訪れてこの気温差には慣れているので、町の入口で真冬の装備を解く。
 朝、城へ寄って建築室のクコの話を聞いてきたのでアグィーラを発つのが昼近くになった。太陽は高い位置にある。高い山に囲まれたマカニでは冬はあと数時間後に太陽は山に隠れてしまうのだが、遮るものの無い砂漠の町ポハクでは太陽が出ている時間も長い。しかし夜は一転、真冬のマカニ程ではないがその気温は一気に下がる。
 昼間は採掘に出ているイベリスはパキラの館には居らず、常駐の戦士がレンたちの来訪を告げに行ってくれた。自分で飛んで行った方が早いとも思ったが、来意を考えるとあまりマカニ族が来たことを公にしない方がいいかもしれないと思い、厚意に甘えることにした。
 パキラには先に挨拶を済ませたが、話はイベリスが戻ってきてからということになり、レンたちはカリンの希望で書庫でイベリスの帰りを待った。
 「イベリスが戻ってくるまで、そんなに時間は無いと思うよ?」
 「知ってる。目的の本は決まっているの。」
 「ふうん。」
 そう言ってカリンが手に取ったのは様々な鉱物の絵が描かれている表紙の本だ。以前イベリスが読んでいたのを見たことがあるのだという。カリンが開いた本を横から覗き込むと、まるで実物のように美しい繊細な鉱物の絵と、かなり細かくそれぞれの石についての解説が書いてある。
 「見て。鉄鉱石にもこんなに種類があるのだわ。」
 想像していたことだが、カリンは今回問題になっている鉄鉱石についての基本的知識を頭に入れるためにこの本を手に取ったようだ。レンは苦手な分野なので、写真と石の名前だけを順に目で追う。赤鉄鉱、褐鉄鉱、磁鉄鉱…。先程のクコの話にも出てきた用語であることを思い出す。
 「見た目も結構違うんだね。」
 「そうね。同じ種類でも構成する成分の割合が産地によって微妙に異なるみたいだから、おそらくラプラヤとフエゴでは違うはず。きっと建築室の調査で何か分かるのではないかしら。」
 「クコ殿は担当でもないのに詳しくて良かったね。」
 「うふふ。お好きそうだもの、こういう話。」
 クコによると、傭兵局の刀剣室では主に砂鉄と呼ばれる磁鉄鉱が粉状になったものを取り入れており、一方の建築局では用途に合わせて様々な鉄鉱石を取り扱っているらしい。カリンの属する医局の薬師室で扱う薬用の鉄鉱石を加工しているのも建築局だと言っていた。素材を扱う部門は別にあり、建築室のクコは直接は関わっていないようだが、素材の特性を把握するのは建築の基本とのことで、随分と詳しかった。そしてカリンの言うとおり、目を輝かせて楽しそうにそれを語ってくれたのだ。レンは、飄々としながらも自分の仕事を愛しているクコが好きだ。

 程なくしてイベリスが戻ってきた。書庫の入口からレンとカリンに声をかけ、砂を洗い流してくると言って一度姿を消す。レンたちはパキラが待っているであろう応接間に向かった。
 冬なのに開け放した窓からは涼しいと言っても良いくらいの心地良い風が入ってくる。パキラはいつものように籐で編んだ椅子にゆったりと腰を掛け、中庭を見ていた。
 「イベリスは戻って来たか。」
 「はい。砂を洗い流してくると言っていました。」
 パキラはレンの言葉に頷くと、給仕係を呼んで人数分のお茶を所望した。ちょうど冷たいお茶が運ばれてくるのと同時に、さっぱりした顔のイベリスが部屋に入ってきた。
 「久しぶりだから挨拶しに寄った、っていう訳じゃないよな。何を持ってきたんだ?お前らの顔見たらそこまで深刻ではないようで安心した。」
 イベリスは笑いながら言ってパキラの隣に腰を下ろすと、ほとんど一息に自分のグラスのお茶を飲み干した。
 こういう場面で話をするのはカリンの方が得意なので、レンはカリンに場を譲る。カリンは要領よくネリネの話と、これまで自分が確認した事実を二人に話す。話を聞き終えてから、先に口を開いたのはパキラだった。
 「ふん。何やらきな臭いな。残念ながら、ポハクに盗みを働くような人間は居ない、とは言えない。大いにあり得る話だ。しかも、わざとポハクの人間だって分るように罪を働いているのは、もしかしたら俺への当てつけかもしれない。勿論他の種族がポハクに恨みを持っているかもしれないが、いずれにせよ、原因はここに在る。さて、どうするか。」
 パキラが言葉を切って考え込むと代わりにイベリスが口を開く。
 「お前ら、フエゴに行くのか?」
 「まだ分からないよ。マカニ族の誰かは行くことになるんだろうけど、それが僕かどうかは分からない。でも、行く可能性は高いと思う。イベリスの言いたいことは分かるよ。自分も行きたいっていうんだろう?」
 「ご明察。」
 「気持ちは分かるけど、イベリスが行ってどうするのさ。」
 「本物のポハク族か見分けられるかもしれないし、知った顔が居るかもしれない。」
 「うーん。でも、この時期にポハク族が正面切ってアヒを訪ねるのはどうなんだろう。しかも族長の息子だよ?」
 「俺にやましいところはない。」
 「そういう問題じゃないと思うけど。」
 「レン殿の言うとおりだな。イベリス、お前は短絡的すぎる。」
 「しかし父上…。」
 「あのな。マカニ族がアヒに行くことで、おそらく少しはアヒの村人たちの気持ちが収まるんだ。アキレア殿が期待しているのはどちらかといえばそこだ。そこにお前がついて行ってどうする。折角の効果が半減する。」
 「ああ…そういうことですか。それなら確かに。」
 イベリスは少し不満そうだったが頷いた。レンはほっとしながらも、パキラのいうアキレアの思惑に感心していた。なるほど。今すぐ賊を捕らえよう、ポハク族に抗議しようと息まいている村人たちも、先ずはマカニ族の協力を得て事実を確かめてからと言えば引き下がるだろう。時間稼ぎにはマカニ族を呼ぶだけでも有効な手段だ。やはり一見人の良さそうに見えるアキレアもしたたかだと思う。
 「一方…。レン殿とカリン殿は行くべきだと思うぞ。」
 「何故ですか?」
 「意外と根が深そうな気がするからだ。単純に盗みを働いているのがポハク族かそうでないかを見極めるだけでは終わらない気がする。まあ、俺がこんなこと言うまでもなくエンジュならそう判断するだろうが。」
 「あの、パキラ様、いえ、もしかしたらイベリスに訊いた方が良いのかもしれませんが…。」
 「何だカリン殿。」
 「最近のポハクでの鉄鉱石の産出状況はどうなのでしょう。以前と変わらないのか、増えているのか減っているのか。それと、流通量や流通経路は把握されていますか?」
 パキラがイベリスに視線を送り、イベリスが先に答える。
 「俺はどちらかと言えば貴石専門だからな。偶々鉱脈にぶち当たることはあるが基本的に鉄鉱石は別の部隊がやってる。流通は商人の領域だからなあ。ただ、鉄鉱石が増えただの減っただのという噂は聞かないし、採掘工の配置も変わってない。」
 「俺の方にも特別な報告は入っていない。個別の石の流通量は細かく把握していないが、鉱物関連全体の収支としては大きな変化は無いな。価格の変動も無い筈だ。強いて言えば魔物が減った分、光の石関連の需要は弱くなったが、それも他の貴石で補えている。何か気になるなら調べて報告させよう。」
 「採掘工が掘り出した鉱石はそのまますべて商人の手に渡るのですね?」
 「そうだな。元々商人が流通を牛耳っている。採掘工は好き勝手掘り出しているわけではなく、その需要に合わせて鉱脈を選び、需要に見合う石を掘り出す。掘り出した石の質にもよるがほぼ全部商人の買い取りだ。石を扱う商人の元締めが居てな、そこが全部買い取ってりを行うんだ。これは自分が売れると思った石をその配下の商人たちが競り落として販売する。独自の販売経路を拓いているもの勝ちだな。シュンランのような個人的な石売りも、そこに出かけて行って自分の財力に見合う石を仕入れて売る。量が仕入れられないから、より個体の目利きが要求されるわけだ。」
 パキラは時折こうしてイベリスの母親の名前をさらりと会話に登場させるが、聞いているレンの方が気が気でない。そっとイベリスの表情を伺ったが表面上は気にしている様子を見せなかった。
 「有難うございます。よく解りました。」
 「カリン殿の考えている通り、何か悪巧みができるとしたら商人だろうな。ただ、それだけでは黒幕までは分からない。それに、流通量を調べたところで、尻尾を出すような記録を残しているかどうか怪しい。」
 「はい。パキラ様が既にそこまでお考えなのだということもよく解りました。」
 「まだそこまでしか考えてないのだ。とりあえず話は分かった。引き続き考えてみよう。エンジュがどう反応するか楽しみだ。」
 パキラは本当に楽しそうににやりと笑った。どこまでが本心なのか分からない。パキラは聡明な族長であるし、表に出す表現とは異なりイベリスへの愛情が深いことも感じている。人間として尊敬できるとは思っているが、依然としてレンには捉えどころのない人物だった。
 息子であるイベリスも、表面は直情的で単純なように見えるが、それは本人がそれを演じているだけで、内面はもっと複雑で繊細だ。結局似た者親子なのかもしれない。
 「今日は泊って行くだろう?」
 パキラの言葉を話の終わりと判断したイベリスが、当然のように言う。
 「迷惑でなければね。」
 「迷惑なわけないだろう。随分久しぶりじゃないか。こっちからマカニに行ってやろうかとうずうずしていたところだ。」
 「じゃあ、泊まっていく。今年のマカニはいつもより冬が厳しくてね、夜は毎晩ブリザードなんだ。できればこの時間から帰りたくない。」
 「決まりだな。」
 先程のパキラによく似た顔でにやりと笑いながら、酒豪のイベリスは早くも酒宴の準備を始めようとする。
 ひとまず今日の所は問題を忘れて久しぶりの再会の宴を楽しもう。レンも自然とそのような気持ちになり、イベリスの人の気持ちを楽しくする力を改めて思い知ったのだった。


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