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物語の欠片 緋色の山篇 5

-カリン-

 翌朝早くイベリスに案内してもらった鉄鉱石の坑道は、さすがにひんやりとしていた。
 以前連れて行ってもらった貴石の坑道は天井が崩れていて光が入り、明るかったが、ここは暗い。確かに、アヒの村の地下道に雰囲気が似ている。ただ、あちらはきちんと石で道が組まれているのに対して、こちらは掘りっぱなしの岩肌を崩れてこない程度に木枠で補強しているのみだ。
 先頭を歩くイベリスが持っている灯りだけが頼りだ。後ろを振り返ると、その灯りに浮かぶレンの姿とその向こうの闇が見えた。
 しばらく歩くと行き止まりになり、イベリスが足を止めて灯りを高く掲げた。三方の壁が灯りに晒される。イベリスは灯りを持っていない方の手で岩肌に触れるとカリンたちの方を振り返った。
 「今掘ってるのはここだな。触った感じ、昨日も掘ってたんじゃないかな。」
 「そう。少なくとも需要はあるのね。」
 「おそらくな。」
 「その日に掘ったものはその日に商人の手に渡るの?」
 「鉄鉱石はある程度は置いておく。一定の量が溜まったら商人舎に持って行くんだ。今日が休日だから、多分昨日までの分を昨日の夕方にでも持って行ったんだと思う。」
 「鉄鉱石は、っていうことは他は違うの?」
 「貴石は置いておくと盗まれるんだよ。だからその日の分をいちいち持って行ってる。まあ俺が行くわけじゃないけどな。」
 「鉄鉱石は盗まれない…。」
 「加工するのが大変だし、売り渡すにはある程度の量が必要だから盗むメリットが貴石より少ない。それに、ここ、見ただろう?もうだいぶ砂漠の奥まで掘り進んでいるんだ。わざわざこんなところまで来てメリットの少ないものを盗むやつなんていないんだよ。」
 イベリスが普段通っている貴石の坑道は主にラプラヤの南側に位置している。一方の鉄鉱石の鉱脈は西に向かって伸びている。つまり、死の砂漠の方角だ。このままずっと掘り進んだら海にぶつかるだろう。
 「そういやレン、お前海まで飛んだことがあるって言ってたよな。」
 「一度だけね。本当にどこまでも砂漠だった。漸くぶつかった山も渇いた赤土の山だったよ。植物なんてほとんどない。」
 「だろうな。でも多分あれが丸ごと鉄鉱石の山なんだ。」
 「え?」
 「鉄の元ってのは実はいたる所にあって、それが雨で流れてどこかに堆積して固まったものが鉄鉱石だ。だからまあ、砂漠の下にもこうして埋まってるわけだが、雨が最終的に行きつく先は海だからな。海の近く程純度の高い鉄鉱石がある可能性が高い。」
 「ああ、だからフエゴも火山で鉄鉱石が見つかったわけか。」
 「そう。フエゴで降る雨だけでなく、水はざっくり言うとエルビエントから南に向かって流れているだろう?最後に行きつく先は最南端のフエゴだ。まあ、可能性は高いよな。」
 「ふうん。なるほどね。」
 「お前らみたいに翼でもあればこんなところ掘らずに済むんだが。」
 「イベリスそれって…。」
 「あ?そりゃ俺だって父上ほど賢くはないが考えるさ。このまま死の砂漠の鉱脈を掘り続けるのと、フエゴの山から鉄鉱石を拝借するのとどちらが楽かという話だな。元々はフエゴに鉄鉱石の流通経路なんてなかったわけだから容易にはバレない。残念ながら心当たりばかりだ。」
 「今イベリスが言ったようなこと、ラプラヤの採掘工なら知ってるのかな。」
 「考えりゃわかるんじゃないか?だから、アヒ族の誰かがポハクに情報を流したのか、それともポハクの奴らが独自に調査したのかは今の段階では分からない。」
 「そうか。分からないことだらけだな。」
 「カリンは?何か分ってるのか?」
 「私もまだ何も。」
 そう答えながら先程イベリスが触れていた一番新しい鉄鉱石の採掘跡に触れてみる。まず最初に、冷たいという感触が伝わる。そしてその向こうに死のイメージ。これは砂漠だ。夜の砂漠。凍えるように寒い。カリンの脳裏に、一度だけ見たことのある夜の砂漠の星空が広がる。それはとても美しかった。しかし同時に恐ろしいほど孤独だった。
 その孤独に呑まれそうになった瞬間、カリンの手に重なるものがあった。はっとして手元を見ると、イベリスの手が自分の手に添えられている。
 「ここはカリンの領域じゃないみたいだな。」
 「ああ…そうなのね。やはりここは大地というよりは…。」
 以前も考えた、大地と岩の境目。未だによく分からない。分からないけれど、この場所が自分に心を許していないことだけは分かった。
 「手掛かりは無さそうかな。」
 そう言うレンの顔を見ると心からほっとした。そう。今自分はひとりではない。
 「そうね。でも、この場所が見られて良かったわ。それに、手掛かりが無いことが分かって良かった。」
 「そうだね。とりあえず暗くならないうちにマカニへ戻ろうか。」

 イベリスとポハクの町の入口で別れ、レンの背中に乗ってマカニを目指す。アルカン湖を越える辺りまでは穏やかだった。しかし向かいの双子の峰に近づくとその隙間から冷たい風が流れ出ている。
 「まだ、吹雪いてはいないみたいだね。でも、風が強い。しかも向かい風だ。」
 「大丈夫そう?」
 「これくらいなら何とか。」
 冷たく、強い向かい風を切り裂くようにしてレンは飛んだ。いつもは風に乗って飛ぶレンが風に抗っている。カリンの頬に当たる風も肌を切るようだった。なんとか向かいの峰を抜けてマカニの村が見えると安心したが、それもほんの束の間のことだった。いつもと風景が違う。
 「レン、あそこ。」
 カリンは指差したが、おそらくそれよりも早くレンは気がついていた。真っ直ぐにマカニの村に向かわずに小さく旋回して下降する。レンの表情は見えないが恐らく厳しいものに違いない。
 近づかなくても何が起きたのかは分かったのだが、近くに行って確かめずにはおられなかったのだろう。
 そこに在るはずの大吊り橋が無くなっていた。
 橋のあった場所の近くに居た戦士の仲間がおかえりと声をかけてきた。
 「何があったの?」
 尋ねるレンの声は冷静だ。
 「今朝来たら橋が無くなっていた。おそらく昨晩の間に雪の重さで落ちたんだ。連日の負荷で綱も弱っていたんだろう。」
 「シヴァさんは?」
 「勿論知ってる。今族長の所に居ると思うよ。俺たちはとりあえずシヴァの指示で落ちた橋の残骸を確認しに行くところだ。それが二次災害を引き起こすかもしれないからな。」
 「有難う。とりあえず族長の所に行ってみる。あ、他に大きな被害は?」
 「一番大きな被害はここだな。あとは、東の森へ上がる階段が一部破損してる。そこは今土木師たちが対応してるよ。もしかしたら夜中にも一度雪降しをしないと駄目かもしれないという話も出てるが、夜はあのブリザードだからな。飛べる人間は限られる。」
 吊り橋が落ちた。それは陸路でエルビエントと他の地域を行き来する術が失われたということだ。カリンも、ガイアでどこかへ出かけることはできなくなった。
 マカニ族が自衛のために吊り橋を落とすことがあっても、まさか自然災害で橋を失うことになるとは思っていなかった。様々な不都合があるだろう。
 「タイミングが最悪だ。」
 レンはそう呟いて族長の家を目指して飛んだ。カリンは振り返って谷川へ降りていく戦士たちを見送る。谷川の水もいつもより勢いが強い。堕ちたらひとたまりもないだろう。どうかこれ以上被害が出ないでほしい。
 族長の部屋に入り吊り橋を見てきたことを告げると、族長は頷いて先に報告を聞こうと言った。最終的にマカニの戦士に関わることなので、レンの口から報告してもらうことにする。アグィーラで聞いてきた話からポハクに行ってきたことまでの事実のみを順に報告する。パキラ個人の見解はひとまず置いておくことにしたようだ。
 「…というわけで、マカニの戦士をフエゴに送るべきかどうか相談する必要があると思って戻ってきました。」
 「なるほど。…シヴァ、どう思う?」
 「レンを行かせたいのはやまやまなのですが、さすがに村から不満の声が上がる可能性があります。」
 「そう思うか。」
 「はい。夜のブリザードの中で安全に飛ぶことができる人材は少ない。レンを入れても十名に満たないでしょう。懸案の夜の雪降しを少ない人数で回すのは相当の負担です。ひとりでも多い方がいい。それに、今はまだ吊り橋が落ちた衝撃が村全体を動揺させています。このタイミングでレンをフエゴに送るとなると、中には不満を訴えるものも出てくるでしょう。」
 「フエゴの心配をしている場合か、ということだな。シヴァがそう感じるならその通りだろう。さて、どうするか。」
 「派遣するとして、レン以外の人材で三名。それが限界だと思います。」
 「フエゴに土地勘のあるスグリさんとコリウスさんも飛行能力優秀だからにマカニに置いておきたい。フエゴに送るにはある程度チームをまとめられて臨機応変な判断ができる人材も必要だとなると、なかなか三名の人選も難しいね。」
 レンとシヴァが人選について話し合い始めたのを聞きながらカリンは、自分はどうするべきだろうかと考えた。
 レンがフエゴに行けない。そうだとしても自分は行くべきだろう。しかし吊り橋が落ちてしまったということはガイアを連れて行くわけにはいかない。フエゴまでは誰かに乗せて行ってもらうとしても、かなり動きが制限されることになりそうだ。
 「…レンは、行った方が良さそうだな。」
 暫くして発した族長の言葉にシヴァとレンは驚いた表情で族長の顔を見つめる。
 「しかし族長…。」
 「フエゴの問題の根は案外深いように思う。カリンは行くことになるだろう。問題はフエゴの中だけで収まらないかもしれない。それを含めて考えるとレンが適任だ。村人には私から話をしよう。それから、レンの不在による雪降しの人材の穴は、私が埋めよう。」
 「族長が?」
 これにはカリンも驚き、三人は互いに顔を見合わせて絶句した。族長は皆の顔を愉快そうに眺める。
 「私では不足か?」
 「いえ、族長は誰よりも…いや、しかし…。」
 「シヴァ、それ以上の解は在るまい?先程申した十名の中に私は入っていないのだろう?」
 「…仰る通りです。では、族長含めて布陣を考えます。」
 理解も決断も速いシヴァは納得したらしい。レンをフエゴにやった場合の人選は容易だったようで、あっという間にマカニ側とフエゴ側の体制が出来上がる。
 「あの、族長様。」
 「何だカリン。」
 「パキラ様も、私とレンはフエゴへ行くべきだと仰いました。」
 「そうか。」
 「何が…あるのでしょうか。」
 「さあ、それは私にもまだ解らぬ。しかしおそらくパキラも同様だと思うが、そなたらの報告を聞いて全体像が見えないことそのものが危険を知らせている。」
 いつも、どんなことでも見通しているような族長にも何が起きているか分からないという。確かにそれはそれだけで不穏な感じがした。カエデに、村人を集めるよう指示する族長の声を聴きながら、カリンは言いようのない不安を感じた。


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