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物語の欠片 象牙色の城郭篇 22

-レン-

 二つ目の橋桁が無事に渡されると、両岸から大きな歓声が上がった。
 レン自身、とても感慨深いものがある。
 この後に未だ、橋桁そのものを主綱に固定する作業と、橋桁の上に踏板と横板を渡す作業があるが、橋桁が両岸に渡ったことで、物理的に二つの峰が繋がったことになるからだ。
 これで再び、マカニは陸の孤島ではなくなった。
 「やあ、やはりこれは凄いなあ。アグィーラでは見られない光景だ。アグィーラの石橋の建設もなかなか壮観なのだが、吊り橋はマカニ族の技術が素晴らしい。」
 来客として一番見やすい場所で作業を見ていたクコが、拍手と共に声を上げた。レンの周囲に居る土木師たちは誇らしげな表情である。
 その土木師たちは引き続き橋桁の固定作業をするために散っていったが、レンは土木師長であるレンギョウと共に、クコの近くに降り立った。
 「クコ殿に見ていただけて、我々としてもとても嬉しいのです。何せ、今回の設計は、あの時のクコ殿の助言が無ければ生まれなかったものですから。本当に有難うございました。」
 「いやいや、私はほんの少し助言しただけで、殆どが元からあるマカニの素晴らしい建築技術と、皆様の勤勉の賜物ですよ。」
 前回の吊り橋は、主綱が主塔に巻きつけられる形で固定されており、完全に一体化していた。それを見たクコは、全体的な強度の利点はあるが保守性が悪いと指摘し、今回のように、主塔に穴を開け、そこに主綱を通す構造を勧めたのだという。
 今回の大雪で橋全体が落ちてしまったのも、以前の一体化構造故だった。分離構造になれば、万が一大雪で陥落した場合でも、主塔だけは残る可能性が高い。
 「レンギョウ殿は、この構造の弱点はどこだかお分かりか?」
 「…そうですね。主塔の穴の部分でしょうか。主綱を通している形だから、揺れに従って摩耗が起こる。」
 「さすが。その通りです。そこは、定期的に点検をするといい。今回の構造であれば、補強ではなく部品交換が可能だから、きちんと保守をすれば長く使えるでしょう。」
 「有難うございます。完成したら、是非また見に来てください。」
 「そうしたいところだが、私はそんなに頻繁に城を出られぬのですよ。しかし、いつか必ず。それにしても、今回は馬ではなく、レン殿の翼をお借りして、その快適さを知ってしまったからなあ。」
 クコはからからと笑った。 

 クコをアグィーラまで送った帰り道、イヌワシの岩の付近で、レンの飛行経路を小さな影が横切った。
 その影は一旦通り過ぎ、それから少し離れた場所で、レンに並行に飛び始める。
 レンは思い立ってイヌワシの岩に着陸した。
 左の人差し指を唇につけ、慎重に息を吐き出す。相手を呼ぶ音を出したつもりだった。
 しばらくすると、目の前にあの隼が舞い降りた。
 まだ警戒しているようで、一定の距離を保っている。レンの方から近づけば、おそらく逃げてしまうだろう。レンは隼に近づく代わりに、いつも腰かけている辺りまで行き、腰を下ろした。そこからじっと隼を観察する。隼も、レンを見ていた。
 今度は、敵意がないことを示す音を試してみる。最初に出会った時、隼が驚いて咥えていた鳩を落としてしまった音だ。
 隼は僅かに首を傾げ、少しの間考えていたが、やがて小さく羽ばたいて座っているレンの隣へやってきた。その場で羽繕いを始める。
 最初着陸した時よりも距離が近い。手を伸ばせば触れられそうだった。
 「僕を試してるの?」
 まだそれほど指笛に自信があるわけでもないので、レンは小さな声で話しかけてみた。声を発した時、隼は一瞬動きを止めたが、すぐに羽繕いを再開する。羽繕いをしているということは、緊張を解いたということだろうか。
 「僕の名前はレンっていうんだ。君たちから見ると、飛べる人間ってどんな風に映るのかな。」
 答えは返って来ないと知っていつつ、手持無沙汰だったレンは隼に語り掛け続けた。
 「僕らマカニ族は、昔鳥と一緒に暮らしていたんだって。だから僕も、鳥と仲良くなる方法を学んでいるんだよ。」
 隼は一通り羽繕いを終えると、再び小さく羽ばたいて、イヌワシの岩の先端付近まで移動した。そのまま飛んで行ってしまうかと思ったが、こちらを振り返ってじっとレンを見詰める。
 来いと言っているのだろうか?レンは立ち上がって、ゆっくりと隼に近づいた。
 レンが近づいてくるのを見ると、隼は飛び立った。しかし、近くを旋回している。きっと、ついて来いと言っているのだと思った。
 触れさせて貰えるのはもっと後のようだが、とりあえず嫌われてはいないらしい。レンは隼の居る空へと羽ばたいた。
 並行して飛んでいると、隼は少しずつ高度を上げ、きゅっと旋回して突然急降下を始める。
 「待ってよ。僕はそれには追い付けないんだ。」
 そう言いながらも可能な限りの早さで後を追う。それでもぐんぐん距離は開いて行った。
 イヌワシの岩のあるマカニの向かいの峰の麓は、手つかずの雑木林だ。隼の姿は、その雑木林の中へと消えてしまった。後を追うにはレンの翼は大き過ぎる。暫く上空で旋回して隼が出てくるのを待ったが、出てくる様子はない。レンは諦めて再び高度を上げた。
 そのまま、マカニへ戻るために双子の峰の間を抜けようとした時、短く鋭い鳥の鳴き声が繰り返し聞こえた。
 「楽しかったよ。またね。」
 レンは、別れの挨拶を意味する指笛の音をまだ学んでいなかったので、仕方なくそう叫び、一気に双子の峰を抜けた。

 遅かったな、とレンを迎えたシヴァに、隼と遊んでいたと告げる。
 「ついに相棒になったのか?」
 「ううん。まだ試されているみたい。」
 「まあ、お互いじっくり行こう。」
 「そうだね。…あれ?スグリさんは?」
 「今夜はポプラと呑むんだとかで、さっき少し早めに帰って行ったよ。」
 「へぇ。それは良かった。」
 「どちらにとっても、な。」
 「うん。」
 「スグリは…。」
 珍しくシヴァが迷った表情で言葉に詰まった。
 「スグリさんは?」
 「…いや、スグリはいつか村を出て行くんじゃないかと、ずっと思っていた。」
 「過去形なの?」
 「そうだな。今は違うと思う。」
 「そうなんだ。」
 「村の人間関係の面倒くささもあるが、あいつは多分、外の世界に興味があるのだと思う。族長が、昔海の向こうへ行ってみようと思ったように。」
 「うん。それは分かるような気がする。」
 「だから俺は、なるべくあいつを外の任務に就けるようにしていたんだが、今回のアルカンの森の火事の際、あいつは自ら村に残る方を選んだ。」
 「へぇ。」
 「口ではいつもどおり、面倒だからと言っていたが、あいつの中で、何かが変わったような気がする。」
 イヌワシの岩でスグリと共に雲海を見た時、スグリはポプラのことだけではなく、何か言いたそうな雰囲気だった。
 しばらく旅に出ようと思うんだ。
 そんな台詞を想像してみる。しかし、シヴァの言うことが正しいのだとしたら、スグリは何故考えを変えたのだろう。
 「何処に居たとしても、スグリさんは大切な仲間だよ。」
 「お。いいこと言うな。」
 シヴァはレンの頭をくしゃくしゃと撫でまわした。シヴァにとってもスグリにとっても、結局自分はまだまだ少年らしい。
 少し訓練してくる、と言ってレンは羽ばたいた。

 この小さな村にも、様々な問題が存在するらしいことが、レンにも少しずつ分かってきた。
 族長の抱える秘密、工房の後継問題は、きっとカタクリの工房だけではないだろう。黒鳥病由来の世代の欠落、自然災害だって起こるし、今はマカニ族であるカリンの周辺で起こる問題も、立派にマカニの問題だ。
 いくら人口が少ないといっても、数百名の人間が暮らしているのだ。個々の人間関係だってあるだろう。
 マカニが大好きなレンも、そのひとつひとつにはまともに向き合っていられないが、せめて自分と接した何かにはいつも真摯でいたいと思う。
 セダム…。
 マカニで捨て子になることはあり得ない。誰がいつ子供を産んだか、村人全員に簡単に知れてしまうからだ。両親を失った子供は誰かが必ず代わりに育てることも、この村の当り前だった。
 レンの場合、両親を同時に失ったが、両親の友人であったミントとスミレが迷いなく引き取ってくれた。他にも数名、両親を子供の頃に亡くした村人を知っているが、皆誰かが代わりに育ててくれていた。片親になったり、カエデのように片親が病弱だったりした場合には、他の村人が自然と助ける。
 スグリは、そういう村の「当たり前」が嫌いなのだと話していた。村で起きた問題は、村人皆で解決しよう。一見良いことのように思えるが、きっとそれだけでもないのだろう。それが完全に理解できない自分は、やはりまだ未熟なのかもしれない。
 少しだけ分かってきたことは、少なくとも族長やシヴァは、本当の悩みを村人に悟られないようにしているということだ。それを近くで見てきたスグリには、村人の「親切」が半端に映るのかもしれない。
 スグリはシヴァのことは「暗躍型」だとは言っていなかったなと、レンは本筋とは違うことを思う。
 それもまた、自分が解ってない何かなのかもしれない。
 まだまだ解らないことだらけじゃないか、と思って可笑しくなった。マカニの中だけでもこんなんじゃあ…続けてそう考えて、結局はマカニの問題ですらないのかもしれないと思い直す。
 さっき思ったばかりではないか。自分と接した何かには真摯でいたいと。きっとそれでいいのだ。
 「気が済んだか?」
 すっきりした顔をしていたのか、レンの訓練が終わるのを待っていたシヴァが声を掛ける。
 「僕はまだまだ未熟だってことがよく分かった。」
 「謙虚だな。」
 「そうでもないよ。」
 「謙虚だよ。」
 「…シヴァさんは暗躍型ではないんだってスグリさんが言ってた。」
 「まあ…そうだろうな。」
 「分かるの?」
 「スグリの意図している所とぴったり合っているかは分からないが、なんとなくな。」
 「ほらやっぱり僕は未熟だ。…いいよ、教えてくれなくて、もう少し自分で考えてみるから。」
 「そうか。…じゃ、そろそろ行くぞ。」
 「うん。」
 レンはシヴァと共に訓練場の飛行台から族長の家へ向かって羽ばたく。
 少しでも何かの力になるために。僅かでも、族長やシヴァに近づくために。
 きっとそうやって毎日は続いて行く。
 もしかして、いつかレンがこの生を終える時、結局族長やシヴァには追いつくことができずに終えるのかもしれない。
 仮令たとえそうだとしても、前に進むことを諦めるわけにはいかない。前に進むのを止めた時、それが本当の自分の終わりなのだと、それだけはレンにも解る。
 幾ら気持ちが後ろ向きになったとしても、過去の自分に戻りたくなったとしても、時間が戻るわけではない。前に進むしかないのだ。今よりも、少しでもいいと思える自分を目指して。
 これからレンの大好きな夏に向かう、まだ薄明るい空の向こうで、あの隼の声が聞こえた気がした。


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