與那覇潤さんと戦後史を歩きなおす 【シラス配信】
今年『江藤淳と加藤典洋 戦後史を歩きなおす』を文藝春秋から出版された與那覇潤を、私のシラスチャンネルにお招きして、『江藤淳と加藤典洋』について語り尽くすトークを配信します。11月30日(日)14:00からの配信です。
いまさら戦争とか「もういいよ」で、終わりつつある戦後80年でも、"思い出し方" を工夫するだけで、いまも――というか永遠に変わらない人生の問題が見えてくる。
あの戦争に行った人たちは、することなすことが極端すぎた時代の中で、ぼくらと同じ人生の課題を、ものすごく過剰に突きつけられただけかもしれない。そんな想像力こそ、いま必要だろう。
[⋯⋯]文学や哲学、そしてなにより人生の問いとつながるかぎりで歴史は永遠であり、それをしない学問は、もう必要ない。
與那覇さんは11月22日付のnoteの記事でこのように記しています。現代を生きる私たちにとって、歴史を学ぶことや考えることにどんな意味があり、それは学問とどう違うのかを述べています。
まさに『江藤淳と加藤典洋』という書籍で與那覇さんが問い続けていたことがこの文章で述べられています。
戦後80年の今年、個人的には天皇皇后両陛下のモンゴル公式訪問の実現と、抑留死没者慰霊碑に供花されたことが強く印象に残っています。
先日こちらのnoteの記事で、モンゴルで抑留の歴史を伝える小さな博物館を個人的に立ち上げ、運営しているウルジートグトホさんのことを紹介しました。この記事はウルジートグトホさんをゲストにシラスで配信したときの話をもとにしたものです。
モンゴル抑留は、日本の戦後史の中でもあまり知られていなかった事柄です。抑留された人たちにとっては、1945年が終戦の年ではなく、モンゴルから帰還することになった1947年が本当の意味で戦争が終わった年でした。
さらに言えば、日本の土を踏むことなく現地で亡くなった方たちにとっては、終戦はさらに後のことだと言えます。また、まだ日本に返還されていない遺骨も残されています。
『江藤淳と加藤典洋』の中で、「ノモンハン事件」も描いた村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』が取り上げられています。ノモンハン事件は日本とモンゴルが直接戦った戦争であり、同時にモンゴルの大地をモンゴル人同士の血で染めた戦争でもありました。その「ノモンハン事件」をどう理解するか、あるいは日本人にとって「満洲」とは何だったのか…
『江藤淳と加藤典洋』の中でも満洲の影が見える作品がいくつか取り上げられています。
「満蒙開拓」の「満蒙」は満洲と蒙古をあわせた地域を指す言葉として理解されていますが、本来は単に2つの地域をまとめていう言葉ではありませんでしたし、そういう言葉の上だけでは理解説明しきれない、モンゴルと満洲の関係、そして日本との複雑な関係がありました。
『江藤淳と加藤典洋』と共に、與那覇潤さんと戦後史を歩きなおしてみる、そんなトークを予定しています。
多くの方にご覧いただけると嬉しいです。
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