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私小説 「ビー・クリエイション! 」 第一部 -1 「夜の色」


第一話 「夜の色」




『この世界で、あらゆる創作を続けるすべての人々へ、応援の気持ちを込めて。』

──Be creation!









6年前。真冬の夜だった。


私は黙々と手を動かしていた。窓辺から、冷気の対流を感じる。その空気のわずかな揺らぎに、体が小さく震えた。

灯がゆらりと落ちたガラス板。その板にペインティングナイフで、顔料を落とす。さらに、ラベンダーオイルとミシン油を加え、粒子を潰すように擦っていくと、ガラス板がみるみる、黒一色に染まった。




淡々と。
黙々と。

この静謐な夜の時間、私の心は癒しに向かう。







ずっと、過去を引きずってきた。
ずっと、癒しを追い求めてきた。
自分を癒すことだけに、そのほとんどのエネルギーを費やしてきた人生だった……。






私の父は、その2年前に亡くなった。
──そのことで、私は強い喪失感と後悔に苛まれていた。





鬱状態が波のようにやってきて、
しょっちゅう生活は停止する。


停止しては、動き、すぐにまた停止する。
それまでの、私の人生を象徴するかのように。








そうやって作られた、私の作品は、黒一色で構成されている。





もう、何年も。

──黒、のみで生み出されている。








ある日、その道で長らく活躍していたアーティストに言われたのだ。

「私の苦しかった時代の作品に似ている。でも、貴方には才能がある。私はやめてしまったけれど、貴方は諦めずに続けてほしい。細々とでもいいから、その手を決して止めては駄目。」

そして、彼女はこう続けた。

「あなたの作品に、いつか色が乗る日を、心待ちにしているから。」








色が乗る日なんて想像もつかない。




──なぜ、今のままではいけないのか。







不意に思い出された言葉に、胸が苦しくなる。
心をざわつかせながら、時計を見やると、
時計の針は、午後7時半を指していた。







心を水切りして、机から立ち上がる。

──そろそろ、来客の時間だった。





水の張った鉄瓶をコンロにかけた瞬間、
インターホンが鳴った。










「はい、少しお待ちください」

アパートの室内階段を降り、玄関の扉を開けると、そこには、鬱屈した表情を浮かべた女子中学生が立っていた。






「こんにちは、つばささん。森下優奈です。
いつも母がお世話になっています。
今日は、私なんかのためにお時間をとらせてしまって、すみません。
よろしくお願いします。
……母さん、これで話し方は合ってる?」





私はその勢いに一瞬圧倒されながらも、彼女を見つめた。


「優奈さん、お話には聞いていたよ。会えて嬉しいです。どうぞ、上がってください。」

「お話??ぎゃー。母さん、一体何を話したの??いやいや、今は中に入ろうか。靴はここでいいですか?おじゃましますねー。」


母・南へ視線を移すと、南は困ったように眉を下げた。





優奈はせかせかとした動きで玄関に靴をそろえると、そのまま室内階段を上がっていった。

その間も、胸の中の想いを全て押し出すように、たくさんの感情を言葉にしていた。

──彼女は途切れることなく喋り続ける女の子だった。











優奈は、忙しなく、室内をキョロキョロと見回し、ふいに、窓枠に飾ってある陶製の人形を指さした。


「つばささん、これなに? ちょっと気持ち悪いような、怖いような。不思議な人形だね。」

「創作物を見分ける目があるね。」

私はニッコリとした。




「これは友人の陶芸家の作品なの。」

「へえー。すごっ。昔から友だちだった?」

「ううん、最初は、私がただのお客だった。」



私は気に入った作家に対し、長く傾倒する傾向がある。年に数回だけ、彼女の出展するイベントに足を運び、邂逅を重ね続けた。

そうやって、意識もしないままに、自然と友人関係になっていったのだ。





私が彼女の展示に足を運ぶだけではなく、いつしか、彼女が私の展示に足を運ぶようになった。

彼女の主催するイベントに私が出展することもあった。


──今度は創作を通じて仲を深めていったのだ。









「知り合って5年くらいかな。でも友人歴としては3年くらい。そんな彼女も、いつの間にか、階段を駆け上がって、人気陶芸家になってしまったよ。今日もN美術館でグループ展をしているよ。」


仕事相手も友人も私の中では境界はなかった。
みな推し並べて対等であり、心を尽くす対象だからだ。








「──実は、創作を介さずに、人と深く仲良くなる方法は、今も分からない。創作を介さないと、ほとんど顔も覚えられないくらいなの…。」








私は、子供の頃から、会話よりも表現が好きだった。


普段は、気を使いすぎて、人の話を聞くばかりになってしまう子どもだったからだ。




「誰かが話し始めると、口を挟むタイミングを見失ってしまう。セリフだけが頭の中を静かに流れ続けて、いつまでも来ない出番を待ち続けている感じだよ。」

「みんなそうなんだから、話せばいいじゃないですか。」

「優奈。みんながあなたみたいなタイプじゃないんだよ。」

南が優奈に呆れたような顔を向けた。







私は優奈に話を続けた。

「あたりを見回せば、みんな話したそうな顔をして、次の順番を待っているじゃない。……だから、話せなかったんだよ。」

だから譲ってしまう。
──聞き役に回ってしまう。

そんな私であったが、表現を介することができれば、人と対話ができたのだ。








──ふと、小学生の私が行った「創作」の記憶が呼び覚まされた。



✳︎

次回⇩第2話「単色見取り図」

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