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【風景画像】果代の山が呼んでる・番外編 果代の町を歩く

我が家の先祖と郷土の歴史を題材に、シリーズものの創作を書いています。よかったら各回の記事も読んでいってください。

 連投中の文章の舞台、果代の町のモデルとなった地区を実際に歩いた様子を断片的に紹介する。

 本編は全て文章で展開しているため、イメージが掴みにくい、と思ったら参考に。
 なお、実在の場所を一応のモデルにしてはいるが、地名をずらしているのをはじめ、必ずしも事実の通り編んでいくとは限らない。
 要するにあくまでフィクションです。あしからず。

 もともと脇街道の藩による間宿だった経緯から、宿場や商業を主として生計を立てる家がなく、現在も観光地でも史跡でもなんでもない住宅街になっている地域。そのため、プライバシー等にできるだけ配慮したいと考え、AI画伯に作画を依頼してみた。
 提示した写真とまるきり違うものが仕上がったところも若干あるが、それもまた味ということで。
 まずは前編、奥山街道から荒町までの道のり。

散策スタート。奥山街道の脇にある古社の前から歩き始めます。
街道は用水堰の横を通る細い道
堰は鎌倉時代にはすでにあったとされ、江戸時代、奥山街道と荒町が整備された後と思われる時期に藩が改修している
右手に寺と、その背後にかつての村の中心や先ほどの神社の社地があったと思われる台地がある
ここで堰をまたぎ、荒町に入る
本陣などがある荒町の坂。
古い蔵の残る家も。坂道の先に果代街道との交点、枡形と番所跡がある
枡形のあった場所。二つの街道の視界を石垣がさえぎっていたようだが、道路の切れ込み具合からかなり大きかったと想像する。荒町はここまで
(カーブミラーがデカすぎる気がする)
戦後になって作られた番所跡を示す石碑
奥山街道、荒町と果代街道とがぶつかるところで右手を見れば、町の突き当たり、台地の先端に観音堂。
果代街道はさらにその左手から登り、果代坂へ

 続いて後編。竪町を降り果代街道を進む。

果代街道をくだる。竪町の公民館と火の見櫓
奥山街道が分かれていくところにある石碑。
道の対面には先ほどのものより少し小さい枡形がある
堰とふたたび落ち合うところで竪町はおわり
街道はすぐ隣村に入り、右手に神社がある
線路の向こうに街道は続く

最後に、位置関係を地図にしてみる。

位置関係はざっとこんな感じ。当たらずといえども遠からず。実在しない道や建物が足されたり、その逆もあったりする。

(作画担当:Copilot画伯)
 かなり精密なモノトーンの鉛筆画風が描けるらしく、優秀だった。
 余談だが、高低差と変化に富む景色を何種類か描いてもらったが、一発でOKが出たものと、AI先生の独自解釈があらぬ方向に行き、編集担当から「ボツ」を出して何回かリテイクしたものがある。
 特に坂道の上り下りを表現するのが苦手らしく、その二枚はとくに苦戦していたようだ。
 面白いので今後も機会があれば、こういうものも使っていきたい。

考察編↓

歩き疲れたら、一服しましょう。おしまい


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