天国で待ち合わせする短編「天国記念日」
短編企画小説!今月のお題!
表向きは「生きる時間」の「死」をテーマにしたブロマンス〜BLの小説
文字数は〜1万字以内。
とても長い常連さんな気がしていたけど、実は出会って数ヶ月の四四田鹿辰さんの呟きから始まったお題!
自然と作品に盛り込んで書く事もあるお題ですが、焦点を置いてあえて書く機会は少ないかなぁ、と思います。
改めて四四田さんありがとう。
誰にも必ず訪れる死を今一度考えさせてくれるお題でみんなで創作しております。
後ほど他の参加者様の小説も集めてまとめ記事を出します!
まとめ読みしたい方はそちらからどうぞ!
さぁレッツ #noteでBL !
*男性同士の恋愛を含みます!
*ほのぼのしてます。
本編『天国記念日』
海の吊り橋を渡ると小さな島がある。
渓谷の吊り橋は高いが、海の吊り橋は低く、通行人を確認して立ち止まると両手でロープを持って海面を覗いた。
海と空が同じ色で水平線が溶ける。
真夏の早朝みたいに湿度が爽やかで心地良い。
白に近い水色の海には小舟が浮いていて、三角系に編んだ傘をかぶった船頭がのんびり船棹を操っている。
色豊かな蝶がひらひらと戯れ、頬に羽の刹那の風を感じながら島に入ると、細波が砂を運んでビーチサンダルを汚した。
砂はどこまでも白く粉みたいで、指の間に入っても痛まない。
低く屈んだヤシの木のゲートを潜ると、潮より花と果実の匂いが強くなる。
奥に木造の平屋が建っていて、ノブを回しても濃ゆい茶色の扉は開かなかった。
「鍵」
首から下げてたイメージが浮かんで胸元をまさぐる。
でも手に触れるのはさらりとしたリネンの肌触りと鎖骨の硬さ、慌てて首元を摘んで中を覗いてもヘソとしか目が合わない。
そうだ、鍵はリキが持っている。
到着はいつになるか分からないのに。
カシャン。
音に振り向くと、ヤシの木のゲートの脇のペンキのハゲた白い郵便受けから小舟がスーッと離れた、どうやら彼は郵便屋らしい。
ヤシに寄生した淡いピンクと紫の胡蝶蘭が郵便受けの上に降り、報せのようにゆっくり開花し、触れると花弁がひんやりして粒々と光っていた。
「きれい」
中には3通の案内状と一通だけシンプルな白い封筒。
見覚えのある筆跡で「有時さん」と書かれていて、封をしている赤いハートのシールを取った。
『ぐっすり寝てたから出発前に左のポケットの中に鍵を入れました。すぐに追いかけるね。待ち合わせ場所、覚えてる?』
ポケットを探ると細いチェーンの鍵があり、ピッタリと鍵穴に合った。
「天国記念日に大きなホタルの下で待ち合わせ」
鍵を大事に首からさげて、来た道を振り返った。
確かにそれって誰が決めたんだ?
付き合って1年の初めての記念日。
当たり前のように家に押しかけたら、恋人は玄関で寝起きの目を擦った。
「記念日ですよ?有時さん!」
「記念日だね。おはようリキ」
そしてデートする気満々でビチっとセットした俺の髪をくしゃくしゃにした。
ここから1時間、リビングで押し問答。
「ほら、3時のおやつも老舗カステラ屋が甘い物を買ってもらうために広めたんだ。諸説あるけどそれと一緒だよ、リキ」
「確かに食わないといけない気になるけどさ」
「都合の良い言い訳は絶対悪みたいな優しさでもある。実に素敵な刷り込みだよね」
「まぁ、付き合った記念日におっしゃれ〜なデートや旅行をするってのも絶対じゃねぇけど」
「そうゆう事。俺は家でゴロゴロしたい」
なるほどなぁっ…て、違う。
駄々だ、言い訳だ、ワガママだ!
俺から湧き出る入道雲みたいな理不尽オーラを背に、有時さんは枇杷のゼリーを食べ歩きながら振り向いた。
透明なゼリーの中に種ぬきの果肉がころっとしていて、付属のヘラみたいなプラスティックスプーンですくえずコロコロしている。
「もしかしてお店予約してくれた?」
そこは気を遣えるのかよ。
「してないっす。昔の仲間と酒飲むって聞いてたから、時間と体調次第で臨機応変にと思って」
「リキは、恋人をブルース・ウェインみたいに恭しく扱うね。助かる」
「…なんすか?聞き取れたけど何言ってるか一つも分かんないっす」
バットマンの執事のね…と言いかけてゼリーのカップに口をつけると、行儀を気にぜず枇杷の果肉をぽこっと口に入れた。
今日の有時さんは雑だ、何かがおかしい。
洗いざらしの髪に、薄いピンク色フーディのセットアップの短パンで、裸足のままキッチンカウンターに入ると、ゼリーのカップを水で流して捨てて、首を捻ったままの俺の隣を抜けてしれっと寝室のドアノブに手を伸ばす。
させるかよ!!
俺はすかさず手を掴んで阻止する。
リビングにエアコンがきいてない時点で怪しいと思ってた。
確かに今日が記念日だから遠出しようとか、高い飯食おうとか事前に何も言ってなかった。
でもだからってこの扱いはない!
記念日だって分かってんだから、なんかもっとあるじゃんか!
家で祝うにしても、もっとなんかあるじゃんか!
「寝るの?!」
「寝る」
「記念日ですよ!」
「じゃあリキは。建国記念日は建国をしのび国を愛する心を養いながら過ごすのか?」
「有難くダラダラ休みます!」
「それだよ」
切れ長の目がいつもより開いてない、二日酔いの言い訳にしははっきりしてるから、酒の痺れがまだ脳に残ってるだけだろう。ちょっと顔も浮腫んでる。
「デートダルいだけじゃん!!」
「うん。分かってくれてありがとう。シャンパン開けちゃった」
「もぉ〜…記念日の前夜にそんな事する?信じらんねぇ」
「じゃあリキは。建国記念日の前夜、祝日の開放感を前に建国をしのび国を愛する心を養うために早めに帰宅し消化のいい物を食べ、翌日の為に10時に就寝するか?」
「朝まで肉食って飲みます!」
「それだよ」
ほらデニムは窮屈だから脱いで横になろうよ、なんて呑気に俺のデニムの前を開く。
「それ全部屁理屈じゃんか!」
「正解」
「決めた!次またワガママ屁理屈言ったら尻で挟んで捨てる!」
「それは嫌だし斬新だし御免被る」
細い指がボタンダウンを力任せにバラバラバラ開き、今夜の為に買った新品のパンツが見えて恥ずかしい。
両手で顔を隠す俺の向かいで、有時さんはついに開き直る。
「今日は記念日で絶対リキがいてくれるから、俺は心ゆくまで酒を楽しめた。感謝してる」
「俺が来るの分かって羽目外したんですか!」
「そうだよ俺のアルフレッド?」
「誰だよそいつ!!」
ちなみに有時さんが昨夜寝たのは3時らしい、それは夜じゃない朝だ。
記念日の今朝まで羽目外してたって事だ!
なんて考えている間に慣れた手つきでデニムが引き下ろされた。
「パンツかわいいね?」
ちょん、っと細い人差し指で股間をつつかれぐぅっと、肺から周知の吐息を漏らしながら内股になる。
くすくす笑って、お泊まり用に置いているスウェットをとってきて手渡された、もう完全に俺の負けだ。
俺をクリアし入室を果たした有時さんはベットに倒れ込む。
「ふあぁあ」と気の抜けた声をあげてしばらく静止し、体温で温まったシーツから逃げて寝返りを打つ。
有時さんはシーツの冷たいところが好きだ。
寝具は全部紺色に統一して、間接照明はオレンジ色。
それ以外に何もない寝室は、テレビでよく見るエジプトのピラミッドの中みたいだ。
何もない密室で二度寝を企む、いつになく横暴なファラオはうっとり目を閉じた。
「一年前の有時さん、そんな人でしたっけ?」
そっちがその気なら、こっちもこの気と感じていた違和感を口にした。
付き合い始めの有時さんは、昭和のドラマに出てくる上品な妻!みたいにテキパキした人だった。
いつ行っても常にTPOに合わせた服装でパタパタとスリッパを鳴らして玄関で出迎え、真っ先に荷物や上着をとる、サザエさんの母ちゃんみたいなイメージがある。
いつもニコニコ上品に微笑んで話を聞き、今みたいな屁理屈やだらしない姿は絶対見せない。
「リキの言うそんな人がどんな人か100%分からないけど、多分34年間、俺はそんな人だったよ」
「そっすよね?!まぁ有時さんに変わりはないけど」
「それよりねぇ、早くきて?」
「う……え?」
「エアコン」
「あ、はい、すんません」
今年で人間35年目になる恋人はイメージチェンジを図っているのか?
今まで猫をかぶってたにしても、おろした猫がデカすぎる。
ベットに近付くとちゃんと俺が寝る分を開けて「こんな事、彼女にしてたらフラれてたね」なんてくすくす笑ってコメカミを指で揉む。
有時さんはついに俺の腕時計まで外して、サイドテーブルに置いた。
「すいませんけど、彼氏でも怒る人は怒りますよ!」
「うん。そうだね」
「あ、ごめん…でかい声出ちった。頭痛い?大丈夫?」
「うん。ごめんね」
「いいですもう。2人で過ごしたくて来たんだし」
俺と有時さんは一年前に同じチームに移籍して、すぐ恋人になった。
アスリートという特殊な仕事柄、シーズン中は公私共に一緒が当たり前になっていく。
常に一緒の毎日の中で、有時さんは誕生日や季節のイベントを律儀に楽しみ上手に変化をつけた。
だからきっと記念日もさぞかし楽しんでくれると思ってたのに。
今日は俺の癖毛を指に巻きつけて遊び、整髪料を気にして腕で頭を支えて横になる俺に「楽にしなよ」と囁いた。
記念日に外出するのは面倒だけど、整髪料がついた枕カバーを洗うのは平気らしい。
飲み込め俺、1年で人は把握できないと。
考えを改めて枕に頭を下ろし、間接照明しかない薄暗い部屋で向かい合わせに見つめ合った。
「電柱が電柱にもたれかかって2本で立ってるの見た事ある?」
「え?あ〜…人、の字みたいになってる電柱っすか?」
「うん。リキはあれをどう思う?」
有時さんの質問はいつも取り止めなく、こんな取り止めない事をぼんやり話すのが好きらしい。
「ラブラブしてると思う」
「どうゆう事?」
ポッと火が灯るみたいに目が開く。
「隣の電柱好きすぎて、ジリジリにじり寄ってチューしてんです。けどね、俺達人間は電柱の求愛行動を知らないから、有時さんみたいに気付かないんすよ!でもたまに電柱登ってる作業着のおじさんにバレたら怒られる」
「ふふ!パッと見、怪奇現象じゃん」
「うわぁ、可愛い顔してこの人ちっともロマンチックに受け止れねぇ!」
そしてこの取り止めのない会話の答えを楽しみにしていて、星を繋げて星座の成り立ちを聞くように、俺の思考にワクワクと耳を傾ける。
「初めてのデートでショッピングモールで俺が有時さんにチューした時も誰も気づかなかったじゃん?堂々は案外気が付かない」
「たまたまだよ、俺達の身長が高すぎて周囲の視界に入ってなかったんだ」
「いやいやぁ、電柱のチューと一緒っすよ!誰も俺がこんなとこで求愛行動すると思ってないから見逃した!」
「ふふ。それは一理あるかもね。でも、風紀を乱しちゃダメだよ。俺達は日本の国旗を背負ったアスリートだ」
特殊な職業はイメージが先行する。
最後まで言い切らないうちに溜め息を吐くと、有時さんはまつげを伏せて俺の鎖骨を指でなぞった。
俺はちょっと安心する、こっちが普段の有時さんだって。
「昨日ね。店を出て飲みすぎた友人を介抱してたんだ。そしたら連れの1人が「有時は昔から良い子が上手いし今も変わらないよな」って言って、例の電柱を指差したんだよ。あれに似てるって」
「人の字電柱に?」
「うん、支えてる方の電柱ね。各家庭に電気を送りながら、平気な顔して仲間も支える。立派だけど、しんどくないか?って、気遣ってくれてたんだけどね」
なんとなくの不安と気だるさ、相当思う事があるみたいだ。
「実は帰ったの11時。そこから悶々として1人でキャビアでシャンパン開けちゃった…」
「ヘコみ方が意識高いセレブ!」
辛い時に辛いと言えない人は、決まって大体1人遊びが上手い。
「リキは何歳まで生きるか考えた事ある?」
「選手生命は考えたけど、そっちはないな?80歳ってとこかな?」
「同じだね。リキが80歳まで生きるとしたら……人生全部で4000週間、それだけしか生きない」
「4000週間?!少なくない?」
起きて飯食って練習して、飯食ってワークアウトとケア、帰りに寄り道して飯食って寝る。
そんな繰り返しの毎日の中で時間は確かに口に入れた綿飴くらいみるみる溶ける。
4週間だって大した記憶のないまま終わったところだ。
「てか、んなの考えながら1人で飲んでたんすか?!」
「うん。そしたら、急に俺は「素敵な有時さん」で生きるのが嫌になった」
みんなの愛する「素敵な有時さん」は、人の出方を見て言われる前に動き、出来る限り欲望や願望を受け入れ、いつも静かに笑って出しゃばることはなく、側にいる人の理想の「有時さん」であり続ける事。
まさに俺が感じていたサザエさんの母ちゃんみたいな有時さんだった。
そんな自分もしたたかで好きだ。
進んで嫌われたい人間がいないように「綺麗な有時さん」でいる事で円満に生きやすくしていたらしい。
でも。
たった4000週間しか生きない自分の人生の折り返しが近付いている事に気がつき、不意に嫌になった。
自分ももたれる側の電柱になってもいいんじゃないか?自分の人生なのに、なんで他人の顔色ばかり見ているんだろう?と馬鹿らしくなったらしい。
「約1772週間、俺は常温でも腐る事なく綺麗に生きてきた。でも…昨夜、いや今朝か。ついに俺は腐りかけた。
だから、今日は俺を冷やしてほしい」
だから朝からなんか雑だったのか。まぁ別に良いけど…
「…それって八つ当たりじゃね?俺今、有時さんの人生の負の部分の流れ弾喰らってない?」
「鋭いな、リキ」
「最悪…」
「こんな俺嫌?やっぱり綺麗でいてほしい?」
「いやぁ?他の人の前でやんないなら俺だけの特権だろ?いいじゃん!どんと来い腐れ外道っす」
「リキにしか見せないよ。誰とは言わないけど俺が裸足で床を歩いただけで気絶する人もいるし」
「ぶっちゃけ、周りの癖が強すぎるんすよ」
俺はどっちか言うと好きな人はドロドロに甘やかしたいし、べろべろに甘えたいから逆にこの流れは好都合かもしれない。
「よし!今日から今日は有時さんが腐る記念日にしました。俺も一緒にドロドロに腐ります」
「腐らせてくれてありがとう」
「どういたしまして。んで、俺の記念日もどっかに作っていいっすか?」
「分かった。その日は目一杯俺を好きにして」
「うほっ!前向きに腐れる気がしてきたぁ!」
腐った有時さんは、俺を無視してうとうとと寝てしまった。
隣に呼んだくせに暑くなるところっと背中を向けてしまったのをいい事に有時さんのむっちりしたお尻を撫で回して時間を潰す。
俺のデカい手でも収まりが良く、テンピュールのベットのマットに負けぬ揉み心地を噛み締めていると、鬱陶しかったのか手を叩かれた。
それでも触ろうとしたら、今度は手を掴まれてをガブっと噛んだ。わざと歯で関節をぐりぐりと軋ませる。
「いででででっ!ちょ、俺の知ってる有時さんこんな事しな……いやいや、あ、お、俺!トイレの後に手洗ってない!ばっちいっすよ!」
俺の苦肉の策に口を離してこちらを向いたと思ったら、今度はこれ見よがしに舌を出して指の間をぬるん、と舐めた。
「…いいよ別に。セックスなんてもっとどうかしてる事してるじゃん」
なんか、好きかも。
きれいで怪しい生き物にいけないところを舐められてるみたいで、本日2度目の内股になる。
普段の恥じらう姿とは真逆のギャップに心がザワザワしてきた。
「つ、つか、起きてんなら構ってよ!」
「うるさいなぁ」
更に吐き捨てられてドキッとする。
俺が知ってた有時さんはこんな事しないし、そんな事言わない。
今まさに恋人が家族になっていくような遠慮のなさがジワジワと心を侵食し、愛しさが弾けて。
「も、もっかい言って!」
無意識にドMなおかわりが飛び出てた。
それを白い目で見た有時さんが、のそりと起き上がって馬乗りになる。
「リキは無駄にデカくて熱くて邪魔」
「……あれ?さっきそんな悪口言ってた?いつの本音だよっ怖いって!」
「ついでにこっちも大きすぎて大変」
股間の上で下品に反らせた腰をぐりぐりする。
「ちょ、いつも良さそうにしてんじゃん!…はっ、もしやそれも綺麗な有時さん?」
「でも、ギチギチで苦しいの好き」
「キタコレ、腐っても有時さん!!ヒャッホイィ!!」
ふざけて思いきり下から腰を突き上げたら、バランスを崩した有時さんがベットの淵から膝を滑らせ、そのまま下にずり落ち消えた。
ヤベ!っと体を起こして上から覗くと、にゅっと下から伸びた手が首に回って、俺も引き摺り落とされた。
慌てて床に手をついて覆い被さったが、腿に膝をかすらせてしまい、有時さんの薄手の短パンの生地が俺の体重に耐えかねてビィッと裂けた。
ピンクの生地から白い肌が見えて、俺がごめん、としゅんとすると破れた裾を摘んで揺らし「夏らしくなったね」とケラケラ笑い転げた。
「俺が惚れたのは、リキのそんなとこなんだよな」
「そんなってどんな?」
「誰より自然に、人の当たり前を受け入れるとこだよ」
有時さんはぴたりと笑うのをやめ、パタっと力なく首に回していた手を床に落とした。
「ねぇ。こんな風にさ、2人同時に死ねたら素敵だと思わない?」
雲の上から糸が降りてくるみたいに、ふーっと静かに肺をへこます。
「決めた。精一杯、今世は綺麗な有時さんで生きて、あの世では腐った俺で過ごす。だから、リキに一緒にいてほしい」
「それってどうゆう意味ですか?」
「一生以上、俺の側にいろって事っ…」
最後まで待てずにキスをした。
腐りかけの有時さんはよく冷えていて、体温の高い俺の手が滑ると白い肌に水滴が尽きそうだった。
床に押し付け体を弄り合うと、いつもならされるがままに健気に体を震わせているだけだったのに、今日は大胆に俺の体を触った。
今日の有時さんは経験豊富で芳醇で甘くて美味しい。
誰も知らない蜜の味に夢中になりながら、息継ぎの間に唇を離し、このまま続行するならベットに上がるか、と体を起こすと恍惚の声がぽつりと耳に入った。
「リキ、今のうちに待ち合わせしておこうか」
「え?」
「天国で、待ち合わせ」
「はい」
おとぎ話みたいな、でもちょっとお化けの話みたいな、昔父ちゃんが観てた丹波哲郎の映画みたいなお誘いに頷く。
よく分かんないけど反射的に頷くほど、魅力的なのはすぐ分かったから。
「もしも俺が先に死んだらリキが天寿を全うするまで待つね、その逆も然り。
災害も多いし、巻き込まれて死んだらあの世も混雑だろう?行った事のない所だし、上手く会えないかもしれない。順番で考えても4歳上の俺が先だしね。
ちゃんと天国で会えるように段取りしておこう」
「でもさ、天国って皆んな同じような事言うけど聞く人によって少しずつ風景が変わるじゃん?一目で分かる絶対に会える待ち合わせ場所ってムズくない?」
「うんそうだね。でも、聞く人によって変わるって事は、みんな心の中にそれぞれの天国を持っていて、死んだらそこに行けるんだと俺は思う。
だから、具体的なリキの天国を俺に共有して?そこで待ち合わせるんだよ」
俺の天国。
そういえば、俺も天国って言葉を知った時に自分で想像した気がする。
確かに皆んなが各々の天国で暮らせたら、そんな天国はマジで天国だ。
「あ、でも、有時さんの天国はいいんですか?」
「いいよ。俺は想像力が乏しいから、死ぬと意識も全て無に帰すと思ってる。俺に天国はない」
だからリキの天国に住みたい。
有時さんはリビングからノートとペンを持ってきた。
高級なチョコレートみたいな価値観の滑りのいい紙と、紙に1番相性のいいペンは、筆まめな親友からのプレゼントでもらったきり仕舞っていたらしい。
「リキの天国はどんな場所?何があって何がいる?」
エンジンみたいにカチカチとペンを鳴らす。
「海に囲まれてる。
俺達寒いとこ出身でしょ?だから次は暑いとこがいい。服とかあんま着なくていいから、有時さん見放題だし…は、置いといて!」
「そこは、島?」
「あ、そうっすね。イメージは東南アジアみたいな小さい島がいっぱいあって自由でのんびりしてる」
「東南アジア。なるほど、想像しやすいね」
「あそこってなんか良くないですか?スンゲェ狭いのにジャングルも海も川もあって、全部見渡せて。自分の一生ものの人を見つけたら、一緒に行きたいなぁって思ったんですよ」
「一生ものの人を連れて行きたいのか。いいね、そう思える場所は絶対に天国だ」
俺はいっぱい天国を考えた、有時さんと永遠に暮らすところだ。
天国本部の波打ち際の砂浜から吊り橋が出ていて、先に緑と花に囲まれた白い砂浜の島がある。
2人で住むテラスがついた風通しのいい木造の平屋には、太い梁からハンモックもぶら下がってる。
フルーツの木もいっぱいあって年中いい匂いがして、モーゼみたいに海が割れて色んな場所に行けるし、近くに友達の島もある。
「あ!そうだ。ベットはずっと冷たいシーツがあります、有時さん好きでしょ?」
「それは解釈違いだよ、リキ。俺はね、好きなところを自分でずっと探していたい。シャリ感のある綿のシーツでいい」
「はい」
隣にベットがあるのに固い床の上に寝そべったまま、俺の頭は整髪料で寝癖だらけ、有時さんは破れたピンクの短パンでご機嫌に足をパタパタしながらずっとパンツが見えている。
リビングで座れば良いのにわざわざ食べ物まで運んで、寝転んだままフルーツのゼリーを食べた。
有時さんが淹れた冷たい緑茶はふわっと桃の匂いがして、昨日より緑茶が大好きになった。
夢中で肩をぶつけ合いながら天国をノートに書き出すと、ページは10ページに及んで、久しぶりにこんなに字を書いたと、有時さんが手首を回す。
「でもこれはまだ、ただのハリボテの楽園です!」
「あ、そうか。この楽園に2人が揃うと、永住する“天国“になるんだね」
「そっす!人目も何のしがらみも無く暮らすんだよ、ずっと2人で」
見つめ合うこの瞬間とこの言葉が、自分達の全てだと思った。
「ずっと、2人で」
特別なことは何もないけど、これが永遠になればこれほど確かな幸はない。
「そだ。…ホタル、好きっすか?」
「うん。好きだよ」
サリサリと「蛍」と書いた指が止まる。
「じゃ、待ち合わせ場所はでっけぇホタルの下にしましょう」
「大きい蛍?」
「はい!カヌーに乗って夜のマングローブの林に入れる所があるんです。川の水も墨汁くらい真っ黒だから星が映って綺麗なんですよ!んで、そこがホタルの住処なんです!」
「真っ暗な川のマングローブの林に蛍が住んでいるの?」
「そっす!決まった時間になったらホタルがふわ〜って星に向かって飛び上がって、空の星と地上のホタルの境界線が無くなるんですよ!」
「幻想的だね。でも夜のカヌーは怖いから手を繋いでてね」
「はい!任せてください!で、そのカヌー乗り場の入り口にでっけぇホタルのオブジェがあります、そこで待ち合わせ」
「ずいぶん具体的だね」
「実は見た景色なんです」
水平線の星は目の前にでる。
真っ暗な空と真っ黒な水に月の光と満天の星。
マングローブの林で浮いているとホタルの黄色い光が昇り出し、ホタルが星になり星もホタルになる。
ぶちまけられた無数の光で空と地上が混じり合う数分があった。
「天国の初デートここがいい。なぁ、この日は腐ってても綺麗でもいいから、絶対にデートして?もう一度俺と愛を誓って?」
「喜んで誓うよ」
「この日は天国記念日だからね?」
「それは、命日じゃなくて?」
「天国の始まりだから記念日だよ!」
「はいはい、分かったよ」
仕方なさそうな返事したくせに俺を見る有時さんの目は星空みたいにぎっしりとキラキラで、水面みたいなうるうるが交ざってた。
そして、忘れないようにとマジックを持ってきて表紙の裏に大きく書いた。
『天国記念日に大きなホタルの下で待ち合わせ』
俺の記念日に、有時さんは突然キーモチーフの一点物のネックレスをプレゼントしてくれた。
「これは「天国の鍵」だよ。リキが持っていてね」
「2人お揃いじゃねぇの?」
「こうすると絶対に合流しないと困るでしょ?浮気防止の天国保険」
有時さんの目が本気だ、だから俺も本気になる。
「もしも…もしもね?有時さんが先だったら俺が必ず鍵を持たせます。絶対に持たせますから、この鍵で俺達の家に入ってのんびり過ごしてて」
「分かった」
「毎月季節の花を贈ります」
「嬉しいよ、花は大好きなんだ」
有時さんは俺の鎖骨に乗った鍵を記憶に刷り込むように何度もなぞった。
お願い神さま、早く時を進めて。
この人と睦まじく歳をとり、死んで逝きたい。
朝から届いたミモザを活けて、郵便受けを覗きに出た。
天国本部からの郵便は1日2回。
主に身内の入国知らせやイベントのフライヤー。
リキの天国の神様はパリピのようで、入国したての世界的DJを早速呼んでナイトプールをするらしい。
庭のブーゲンビリアの木陰で便りを読むのがすっかり俺の日課になり、今日も郵便受けを開けようとすると、初めて来た日と同じ淡いピンクと紫の胡蝶蘭がひょこっと俺を覗き、息をのんだ。
開けると「有時さん」と書かれた白い封筒が一通、震える指でぎゅっと胸元を掴む。
あぁ、もう死んでるのに鼓動で死にそう。
赤いハートの封も切らずに走り出した。
リゾートの裏までまわるとモーゼのように海が割れ、勢いそのまま海底の砂を蹴り上げて海の断面を指で水切りし、ジャングルに駆け込むと、一日中夜の真っ暗なマングローブの林の入り口がある。
ここが俺達の天国の始まり。
カヌー乗り場の前に大きな蛍のオブジェがお尻を光らせていて、その下で大好きな人影が両手を広げた。
「リキ!天国記念日おめでとう!」
「うはっありがとう!有時さん!」
臨終は魂の引っ越し
文字数の加減で、カットしましたが、有時は享年70歳と3ヶ月と16日で、リキは宣言通りの80歳で臨終します。
昔“匿名さん“の記事で書いたんですが。
過去に「自分の最期を小説で書いてほしい」と無茶振りリクエストを受けたことがあり、その時に書いた小説をアレンジして書きました。
完全版は2万字です。
2人の馴れ初めと、一時の別れから再会までで、伝えたい事は「しを恐れるな」です。
読んでみたい人いたらお声がけください。
リキの天国マップ
海の上の吊り橋を渡ると小島にたどり着く。
ヤシの木のゲートを潜ると木製の平屋の家があり、裏にはバスケットコート、海を渡ると他の人の天国の島に行ける。
島の周りには緑と花で囲まれていて、外からの干渉はない。
天国で郵便をしたり、海を割ってくれているのはイタズラ好きの「ジン」精霊達です。
「アラジン」のジン、ランプの精のジーニーみたいなあれです。
海を渡る際は、小船を出すか、ジンに海を割って道を作ってもらうか、遠浅なので筋トレがてらざぶざぶ歩いて途中から泳ぐことも可能。
リキが高校生の時に亡くなった「父ちゃん天国」も近くにあって、母ちゃんと切り盛りする不定期居酒屋「俺達」を経営中。
ラムと豚の甘辛サテーが大人気!父ちゃん激選のハルビンソーセージと青島ビールは通もうなる味。
ふわふわの子犬にひたすらに囲まれる「犬パラ」や、寝落ち必須のふかふかのソファベットで寝転がって観れる映画館、海で遊んだ後は「カップヌードルが出る水道」で腹ごしらえも出来る。
最後にこちらがリキ曰く「チューしてる電柱」です。

