車窓のバッタ。どこから来たの?
車窓のバッタ。どこから来たの。
道東から、都市部へ向かう特急列車。7月上旬の、午前中のことだ。
海外から帰郷した友人に会うために、前の日は道東の街に泊まった。その帰り道だった。
【緑の中を走る】
北海道の列車は、緑豊かな山あいを駆け抜けていく。
窓の外は、ほとんど草原と森だ。曇りときどき晴れ。都会に住んでいる私にとって、この車窓の時間は、ちょっとした癒しでもある。
この日は団体のお客さんが多くて、車両はけっこう混んでいた。私の隣にも、若い男性が座っている。
そういえば、前の晩に泊まったホテルでも、中国語を話す人が多い印象だった。列車の中も、似たような感じだ。いろんな人が、いろんなところから来ている。
【窓に、虫がいた】
ふと、窓に目をやったときだった。
バッタの幼虫が、窓ガラスにとまっていた。
いや、正確には「バッタの形をした虫」としか言えない。小さくて、緑がかっていて、たしかにバッタに見えた。でも、断言できるほど、よく見えたわけでもない。
問題は、それが車内にいたことだ。
窓の外は草原だけれど、私がいるのは列車の中である。窓は閉まっている。この虫は、どこからやってきたのだろう。
駅でドアが開いたとき、紛れ込んだのだろうか。誰かの服にくっついて、乗り込んできたのだろうか。考えても、答えは出ない。
【撮れなかった】

慌てて、スマホを取り出した。
でも、うまく撮れない。ピントが合わない。列車は揺れる。窓の外の景色が明るすぎて、虫が影になってしまう。
何度か構え直しているうちに、その虫は、動いた。
そして、車窓の向こうに、消えていった。
——いや、向こう側に行けるはずがないのだ。窓は閉まっているのだから。たぶん、窓枠のどこかに移動しただけだと思う。でも、そのときの私の目には、たしかに「窓の向こうに消えた」ように見えた。
【残ったもの】
結局、撮れたのは、草原の写真、この中にいるのか、いないかはわからない。
何も残っていない。あの虫が本当にバッタだったのかも、どこから来たのかも、どこへ行ったのかも、私にはわからない。
残っているのは、「見た」という記憶だけだ。
でも、なんだかそれでいい気もしている。写真に撮れていたら、私はきっと、この話を書かなかった。撮れなかったから、こうして言葉にしている。
中国語を話す旅の人たち。そして、どこから来たのかわからない、小さな虫。
みんな、この列車に乗り合わせていた。ただ、それだけの朝だった。

