春彼岸|シロクマ文芸部
花びらを口元からはらはらと零しながら、一頭の鹿が花を咀嚼している。
墓前に手向けられた仏花の命を、静かに食んでいる。
視線が交わりそうになった瞬間、鹿は跳躍し、距離を取った。
菩提寺の苔生した湧き水を手桶に入れ、整備されていない道をゆっくり登る。
昔、この道はあまり通らなかったが、大人になり他の道の行き方を忘れ、今はこの道ばかりを選んでいる。
なだらかに崩れつつある道は、両足を揃えるほどしか幅がなく
「ここで眩暈を起こせば、崖に落ちてしまう」と危機感を持たされる。
感覚で進み、迷う地点はいつも同じだ。
現世では出会ったことのない祖父と叔母、幼い頃に会った記憶がない叔父の眠る墓なのに、なぜかこんなにも懐かしい。
先に供えられた花を見て、母親が供えたと感覚的に察した瞬間、身体が硬直する。
だが、それも仕方ないのだろう。
血とは一体、何なのか。
どれほど囚われ、どれほど逃れることが真実なのか。
花立を洗い、透き通る水を満たす。
枯れた花を分け、まだ命の宿っている花と共に手元の花を挿す。
母の花と私の花を、同じ器に供える。
わずかな悔しさが、ゆらゆらと込み上げてくる。
久しぶりにシロクマ文芸部に参加させていただき、ありがとうございました🍀
着想は、2023年11月に拝見したこちらのアート展です。
深く感覚的に多くのことを感じましたが、言語化するのに時間がかかりました。
会場で頂いた資料と、映像作品冒頭に現れた下記の言葉も印象的でした。
石はなぜ美しいのだろう。
美は石から静けさを奪い去るものなのに。
まるで石みずから
運ばれてゆくことを望んでいるかのようだ。
血はなぜ赤いのだろう。
赤は森の中でとても目立ってしまう色なのに。
まるで命みずから
食べられることを望んでいるかのようだ。
過去の体験をまとめた記事です。
※虐待の記述を含みますので、閲覧はご自身の状態に合わせてお願いいたします。
現在の身体状況は、帰省に伴うトラウマ記憶の想起はゼロではありませんが、フラッシュバックなどはありません。
同様のトラウマを持つ方に、帰省やトラウマを強く思い出す場所へ無理に行くことは、個人的にお勧めできません。
