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2026年ドイツ🇩🇪の旅⑫~ベルリン西地区を歩く

前回はこちら。

 ベルリンの主要観光地は東地区に集まっているが、西地区にも見所は多い。ブランデンブルク門から西側が西ベルリンで、冷戦中に開発が進んだ。
 しかし、東西ドイツ統一後は観光客が東地区に移り、インフラ整備や再開発も東地区を中心に進められていく。それでも、東地区の開発ブームが落ち着いた近年は西地区の賑わいも戻っているそうだ。

 時代の変遷による浮沈を経験した西地区には、どんなスポットがあるのだろうか。


ドイツ現代史の象徴・国会議事堂

 ブランデンブルク門のすぐ近くに、ドイツ連邦議会議事堂(国会議事堂)がある。帝政時代の1894年に完成した帝国議会議事堂がもとになっている。

 ヒトラーが首相に就任した直後の1933年2月27日には火災により全焼する。この事件を共産党員による放火としたナチスは、共産党を非合法化して独裁的な権力を掌握した。

 ナチス政権下~戦後まで、焼け落ちた国会議事堂は長い間放置される。西ドイツの首都はボンに移ったため、国会議事堂の建物は展示室として利用されるにとどまった。東西ドイツ統一後の1999年、ようやく現在の姿が完成した。

たなびくドイツ国旗

戦争の惨禍を伝える教会

 ベルリン中央駅から1駅の「ツォー駅(動物園駅)」から徒歩5分の距離に、カイザー・ヴィルヘルム記念教会がある。

 ドイツ帝国初代皇帝のヴィルヘルム1世(1797~1888)を記念し、1895年に建設された。第二次世界大戦中の1943年に爆撃で破壊される。戦争の悲劇を忘れないために損傷した建物が保存され、その傍らに新しく礼拝堂が建てられた。

 外からもうかがえる破壊の跡が生々しい。ガイド類には「年中無休」とあるが、歴史的建物は月曜休館なので注意されたい(新しい建物には入れる)。

ベルリン市内に残る唯一の宮殿

 ベルリン中心部の北西には、ベルリンにあるプロイセン時代の唯一の現存する王宮であるシャルロッテンブルク宮殿がある。ベルリン中心部からはバスで移動する。

 プロイセンの初代国王フリードリヒ1世(1657~1713)が、王妃ゾフィー・シャルロッテのために夏の離宮を建設。彼女の死後にシャルロッテンブルク宮殿と呼ばれるようになった。

 のちの王が増改築を繰り返し、フリードリヒ大王の時代に現在の姿になった。そのため、異なる建築様式が混在している。

 フリードリヒ1世と王妃が集めた中国や日本の陶磁器が並ぶ磁器の間は圧巻である。

美しい庭園

クラシックの殿堂

 ドイツといえばクラシック音楽の本場。ベルリン・フィルハーモニーは欧州を代表するコンサートホールで、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地でもある。

 オーケストラ公演には日程が合わなかったが、小ホールで管弦楽団メンバーによるベートーヴェンの弦楽四重奏曲を鑑賞した。

恐竜たちが出迎える博物館

 厳密には東地区なのだが、前回紹介しきれなかったベルリン自然史博物館(フンボルト博物館)も取り上げたい。

 中央ホールに入って目に飛び込んでくるのは、ジュラ紀を生きた竜脚類・ブラキオサウルスの全身骨格である。

 他にも、ジュラ紀の肉食恐竜・アロサウルスの模型など恐竜関連が充実している。

 恐竜や古代生物だけでなく、現生生物の剥製や標本も所狭しと並べられている。下はベルリンの動物園で人気者になったホッキョクグマ・クヌートの剥製だ。

 同博物館で最も重要な標本の一つが、ジュラ紀に生息していた始祖鳥(アーケオプテリクス)の化石だろう。中央ホールの奥の小部屋にひっそりと展示されている。

 きめ細かい石灰岩中の化石であり、骨格だけでなく細かな羽毛の痕跡も残っている。「恐竜が始祖鳥に進化し、やがて鳥類になった」という理解は否定されているが、鳥類の起源を考えるうえで重要な生物である。

 恐竜時代から現代まで、ドイツの歴史を体感できる魅力的なスポットをめぐってきた。ドイツの名所紹介はひとまず終わりになるが、まだまだ訪れたい場所は残っている。またいつか再訪したい国である。

〈了〉


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