書店業界は「マニエリスム期」に突入
書店の機能はすでに、単なる本の販売場所から、イベント、テーマや文脈による棚作り、都市、地域のコミュニティ拠点としてのキュレーション空間に変質している。「本を売る場所」から「メディア」への変質は、1980年代に花開いたカルチャー系書店が、時を経て高度にリバイバルしたようにも見える。背景にあるのは、日本のコンテンツ文化、書店文化のかつてないほどの洗練と爛熟であろう。それが書店マニエリズムを日本に出現させている。
こんにちは。本屋を始めたい夫婦の夫です。
本屋を始めたい!と言い出してから、本屋開業や書店業界に関する本を何冊か読んでいます。先週、妻の実家に帰る際の高速バスの中で読んだ「書店再興」が、書店業界の現在地と未来が見える内容だったので学んだこと、考えたことをシェア。
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本書の主な主張は「書店業界がマニエリズム化している」というもの。
マニエリスムとは西洋美術史の中で、レオナルド・ダ・ヴィンチらが活躍したルネサンス期と、カラヴァッジョらが活躍したバロック期の間に位置する様式。ルネサンス初期に確立された油絵の技法が様々な天才芸術家の手によって練り上げられ、美術史史上もっとも豊かな時期を作ったのち、技術が行き着くところまで行き着いて、技巧に凝りすぎたり、ユニークすぎて理解できなかったりする作品が多く生まれた時期(マニエリスムはマニエラ=技法という言葉からできており、マンネリの語源でもある)。
ルネサンスという黄金期が終わり、卓越した技術だけが残された時代。しかしまだバロックのような新しい表現は見つかっておらず、みんなが試行錯誤していた時代。
書店業界も今、それと同じような状況にあるということ。
確かに、書店業界は業界が苦しむ中、ユニークさを追い求めた独立系書店、シェア本棚など新たなビジネスモデルなどが生まれてはいるものの、既存の商習慣やインフラの中でもがき、みんなが試行錯誤しながら、まだ正解が見つかっていない状態に見える。
この本は書店の現在地を押さえた上で、書店業界の中で試行錯誤する様々なプレイヤーへのインタビューを行う構成で、その試行錯誤の苦しみや未来への希望がよく見えてくる。
書店を取り巻く夢のようなシステム
まず、日本の書店業界は少し前まで、西洋美術史におけるルネサンス期のようにものすごく栄えていた。2023年のデータだと、人口10万人あたりの書店の数は日本が6.5店舗、アメリカは1.8店舗、ドイツは4.7店舗、フランスは3.5店舗と、かなり多い。これは本屋が半減したと言われる最近の数字なので、本屋全盛期はもっと多かった。
そしてこのものすごく豊かな業界を支えるために、世界トップクラスのサプライチェーン(物流インフラや様々な制度、業界慣習)が構築されてきた。
しかし問題は、そうした高度に発達したサプライチェーンが、書店業界が落ち込んだ今となっては、変化の足枷や非効率につながってしまっているという点。
サプライチェーンの流れの中のそれぞれの取り分は、著者七~十%、出版社六十~七十%、取次七~八%、書店二十二%といわれている。状況によってこれらの配分は変わるので、ざっくりと、著者十%、出版社六十%、取次十%弱、書店二十%強と、アタマに入れておく。各ステークホルダーにとって、その配分で手にする利益がビジネスの大本になるわけだ。
本屋の粗利が20%程度というのは知っていたけど、ふと気になってアメリカの場合はどうなんだろうと調べたところ、アメリカで本屋の粗利は30%〜50%くらいらしい。つまり日本の書店の1.5〜2.5倍くらいの粗利率があるということ。
粗利20%と粗利50%はもはや全く別のビジネス。
ちなみにフランスだと31〜37%、ドイツだと40~49.5%くらいらしい。要するに他国に対して日本の本屋の粗利率は低すぎる。
とはいえアメリカなどは基本的に「買い切り販売」なのに対し、本屋は「委託販売制度」と「再販売価格維持制度」によって、守られてきた側面もある。
委託販売制度というのは文字通り、販売を委託されている状態。委託されているだけなので、もし売れ残ったら出版社に返していい。本屋側が仕入れ・在庫リスクを負わない仕組みになっている。
再販売価格維持制度も文字通り、本屋で売られている本の価格を全国一律、同じにしましょう、というもの。なので本においては売り手側の価格競争が起きない。もしこの制度がなければ、Amazonのような大資本が赤字で本を売り捌いて、資本力に劣る本屋を価格競争に巻き込み、さらに悲惨な状態になっていたかも知れない。
実際、アメリカでは「ウォルマート問題」と呼ばれる問題があるが、これはウォルマートのような大資本が圧倒的な安売りで地域の小売店を駆逐し、駆逐しきったあとに値段を釣り上げたりすることが問題になっていたこともあるが、少なくとも日本の本屋業界ではそうしたことが起きない。
本が貴重な物で、店においておけばとにかく売れた前世紀に、それを回す本の取次システムができあがり、再版制度と委託販売制度という保護制度もがっちり付いた。売れても、売れなくても、本を次から次へと世に出していけば、作家、出版社、取次、書店は、業界内でなあなあと回っていく。その中にいる人にとっては、ある意味、夢のようなシステムです。
しかしこの本屋をはじめとする関係者にとっての都合がいい、守るための仕組みが、書店業界が右肩下がりに停滞し始めると、圧倒的な非効率を生むようになる。
著者や出版社は本を出せばいったん取次が買ってくれるので、手元にキャッシュが入る。
取次は見計らい配本で本屋に本を送りつければ、いったん手元にキャッシュが入る。
本屋はそれを並べておいて売れたらキャッシュが入るし、売れなければ返せばいい。
都合よく見えるけど、最終的に売れずに余る本の数が増えたら、配送、管理、処分にかかるコストがどんどん重しになってくる。ただでさえ薄利多売なのに、買われることなく本屋と取次と出版社の間を行ったり来たりして配送コストだけ二重、三重にかかり、最終的に処分される本があれば、最終的な利益はどんどん悪くなっていく。
しかもこの仕組みのせいで、潰れかけた出版社ほど多くの新刊を出すという悪循環が起こるらしい。なぜなら、新刊を出して取次に卸しさえすれば、いったんキャッシュが入るから。最終的に返本されたとしても、それまでに次の新刊を出せばなんとかキャッシュを回すことができる。赤字でもキャッシュフローが維持されていれば、倒産することはない。
その結果、出版不況と言われながらも、出版点数はほとんど変わっていない。本が売れなければ売れないほど、出版社が手元のキャッシュを得るため次から次へと新刊を出す。本が売れないのに出版点数が変わらないから、本一冊あたりが生む利益はさらに低くなり、色々な本を小部数で大量に作るから印刷コスト、配送コストも高くなり、結局、出版社も本屋も、取次も著者も、印刷所さえ、儲かりにくくなってしまっている。
本の売り上げカーブの下降線と、出版点数に乖離があること。売れなくなっているのに、点数がそれほど減っていないこと。それらは作る”源流”でも、自費出版、小規模出版、電子書籍などジャンルが細分化し、マニエリズム状態であることを意味する。それは日本の本文化の多様性の証である一方、需要と供給という市場論理が通じていないことでもある。本というものや、出版という事業が「文化」の名の下に、日本で手厚く保護されてきた経緯がそこには見える。
前回の記事でも触れたけど、本が価値を失った、人が本を読まなくなったわけではない。
外商が自宅に来て一冊数万円、セットで数十万円の百科事典を応接間に置くことがステータスだった時代(うちの実家にもある)とは、本の購入方法やお金の使い方が変わってきただけ。
その変化に対応しないといけないけど、以前は良かった「守る」制度が重しになり、様々なステークホルダーの利害関係が絡み合い、動くに動けないまま、みんなが試行錯誤しているのが今。
取次が一番苦しい
本屋業界についての本を読むと感じるのは、「取次」が悪者扱いされがちということ。取次は中抜き業者で、独占的な地位から本屋を圧迫している、本屋が必要としない本まで送りつけてくる、非効率の象徴。そんな雰囲気を感じる。
では実際どうか。取次が独占的な地位で利益を貪り、出版社や著者、本屋を食い物にしているのか。
どうもそうではない。
取次は現在、日販、トーハンの2社でシェア80%を占める寡占状態にある。その決算はというと…

明らかな右肩下がり。2019年の日販が大きく減少しているが、これは会社の体制変更によって下半期の成績となっているため。単純に2倍したくらいと見積もっても、長期的に右肩下がり傾向は明らか。
じゃあ営業利益はどうか?

驚いたことに、営業利益がぜんぜんない。ないどころか、ここ数年は営業赤字も珍しくない状態になっている。10年分の決算を合計して営業利益率を出したところ、日販が0.05%、トーハンが0.5%という数字。
営業利益なので、純利益はもっと小さくなっていると思う。
オンラインビジネスのマーケティングを何年もやっている僕としては、信じられない状態だし、一つの業界を2社で寡占している状態でこの利益率は、もはやビジネスとして成り立っていないと思う。
一方、他のプレイヤーたちはしっかり利益を出している。
講談社は108億円の黒字、小学館は49億円の黒字、集英社は195億円の黒字、KADOKAWAは55億円の黒字。大手書店の紀伊國屋書店は52億円の黒字、丸善CHIホールディングスは48億円の黒字。
(いずれも書店再興p.85の数字)
つまり、大きなプレイヤーに限っていえば、書店業界で赤字になっているのは取次だけ。
書店業界が衰退しているのではなく、取次が苦しんでいるのが課題。
数千社の出版社が新刊を次々出し、それを発売日きっかりに全国1万店の書店に届ける。この役割を果たしてきた取次が、出版社のキャッシュフローを守り、書店の在庫リスクを下げる旧体制システムの中で苦しんでいる。
そして取次が限界を迎える中で、徐々に書店との契約が厳しく(地方の書店には送料を負担してもらったり、返本の基準を引き上げたり)する中で、まちの書店にも皺寄せがきている。
そして小資本のまちの書店には皺寄せを負担する余裕がないため、どんどん潰れている。大手はそうした皺寄せがきていないし、相変わらず在庫リスクを抱えないという夢のシステムの中にいるので利益を出せている。
他の小売りと同じく、本の販売も、出版社と取次によるプロダクトアウトから、書店の需要に応えるマーケットインの方向への転換を迎えている。しかし、その原理に合った仕組みが構築できていないから、まちの書店という中間層が空洞化し、周縁だけが多様に広がっている。
それらの周縁は本が持つ「文化」という不可視の社会資本に貢献しているが、それが経済資本に結び付く機会は、現状では限られている。その結果、不動産資産や知的財産(IP)を持つような一部の層だけが富裕で、中間層が抜け落ちた二極化が、出版・書店業界でも拡大している。
取次ビジネスの課題を解消するゲームプレイヤー
本書ではここから、こうした業界の課題を解決するために動き出したゲームプレイヤーへのインタビューに入る。
ゲームチェンジャーたちはIT業界など全く別の業界からの参入や、行政、自治体、さらには既存の大手プレイヤーたちまで様々。が、そこまで書くと長くなりすぎるので次の記事に譲ります。
ここまで読んで思ったのは、「本」や「書店」が神聖視され、甘やかされてきたということ。その神聖さのベールが剥がれ始めたことで、いろんなボロが出てきたということ。
「本」はいいものだ、という刷り込みから、書店はリスクを負わず、出版社は多様性だといって売れない本を量産してきた。多くの人に知識を届けるという大義名分の上、本の値段も非常に安い価格に据え置かれ、素晴らしい価値を提供してくれる著者が儲からなくなってしまった。
個人的に、著者が儲からない状態が一番課題だと思う。科学や歴史分野の本だと、一人の人間が何十年も研究した集大成を、論文という閉じられた空間にとどめるのではなく、多くの人にもわかりやすく届けるために本という形式になる。
一人の人間の研究の集大成を数千円で手に入るというのは、ものすごくいいことではある反面、あまりに安すぎるとも思う。
値段を上げたら手に届く人が減ってしまう。しかし今の値段だと、人生の集大成ともいうべき知識の結晶を世に送り出した人が、ほとんど儲からない。
このジレンマが重たい。
今はまだ「本はいいものだ」「本の著者はすごい人だ」という神聖さのベールがあるから、儲からないとわかっていても書いてくれる著者はいるけれど、10年、20年後も第一線で活躍する人たちの知恵が、本という形でアウトプットされるのか、正直わからない。
僕は本というメディアの中で一番重要なのは、著者だと思う。著者がいいものをアウトプットしてくれることから、全てが始まる。
著者が世に送り出した価値に対して、正当な対価を受け取れるようにしないと、本というコンテンツの質そのものが下がる。それだけは避けないといけない。
本屋としてできることはなんだろう?
元々、本屋をやるなら、小さくても出版機能を持ちたいとは思っていた。
著者が送り出した価値に見合う対価を受け取れるようにする。小さくてもそんな出版機能を持つためにはどうすればいいだろう。校正やデザインをAIで効率化できれば、著者への取り分をもっと増やせるのだろうか?出版業界も調べてみたい。
to 妻へ
この記事で妻が言っていた「まずはシェア本棚からチャレンジしたい」「そのために自分たちの出版社を作りたい」ということには90%賛成。
10%の反対は何かというと、自分たちの出版物を作ってシェア本棚を初めて、成功したとしても失敗したとしても、本屋を経営することのヒントにはほとんどならないんじゃないかと思うから。
ビジネスモデルが全く違うので、シェア本棚で「思ったより売れなかったな…」というのを理由に、自分たちで本屋をやるのを諦めるという判断にはならない。逆に「シェア本棚めっちゃ儲かるやん!思いっきり借金してデカい本屋作ろう!」という判断にもならない。
その点だけ考慮しておけば、本を売るという経験は間違いなく糧になるし、本を作るという経験もものすごくいい経験になる。なにより、やってみたい。
なので、iPad買ってOKです。せっかくだし、いいものを買おう。ZINEの出版は一度限りで終わるものじゃないし、お店をやるとなったらポップなどデザイン作成で活躍する機会が一杯あると思う。
今日紹介した「書店再興」は本屋業界の色んなプレイヤーが出てくるけど、最初と最後は今村省吾さんが立ち上げた「ほんまる」というシェア型書店の話。
書店はまちに絶対必要な存在だと僕自身は思っています。シェア型書店の仕組みを通して、本好き、本屋さん好きの人たちが、いわば「ミニ本屋さんの経営」を楽しんでくれて、そこから「本当に書店を経営してみたい」という人がでてきたら、サポートできる仕組みまで整えていきたい。ほんまるに関していえば、それが一義的なゴールですが、さらにはほんまるという仕組みを使って、書店のビジネスモデル全体を変えていきたい。それがもっと大きな目標です。
本屋を始めることを目標に、まずは小さくシェア型書店からスタートするなら「ほんまる」が面白いかも。東京なので気軽にいけないけど、新刊の発注なども行ってくれるので、新刊書店の仕入れと販売を部分的に体験できる。
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