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印刷用書体の開発とデジタルフォントの未来 #27|写植書体の文字デザイン

図1第12話でも紹介した原字制作のシーンです。
原字用紙に印刷されている50ミリ弱の正方形の中に、手書きで文字を書き込んでいきます。

図1 原字制作中の様子。第12話より再掲。(出典:『「印刷文字の生成技術」書体設計・字游工房の場合』 編著:森啓 女子美術大学刊)
図1 原字制作中の様子。第12話より再掲。
(出典:『「印刷文字の生成技術」書体設計・字游工房の場合』 編著:森啓 女子美術大学刊)

写植の原字制作のことは、石井茂吉図2左)の紹介なくしては語れません。
株式会社写研の創始者であり、写植書体の先駆者であり、諸橋大漢和辞典用に4万5000字あまりを手がけた大偉人です。
その文字にかける情熱とポリシーは、今も頂点にあると言ってよいと思います。

図2 原字制作中の石井茂吉(左)と七つ道具(右)(出典:『文字に生きる:写研五〇年の歩み』 編:「文字に生きる」編纂委員会 1975年 写研刊)
図2 原字制作中の石井茂吉(左)と七つ道具(右)
(出典:『文字に生きる:写研五〇年の歩み』 編:「文字に生きる」編纂委員会 1975年 写研刊)

図2右は石井茂吉が原字制作に愛用した、いわゆる七つ道具です。複数の面相筆とカッターを駆使していました。

驚くべきは原字用紙です。写真左上に置かれた原字用紙は現在も使われている50ミリ弱の仮想ボディの原字用紙ですが、右側はその約3分の1の大きさで17.55ミリしかありません。

写研が発行した記念誌『文字に生きる:写研50年の歩み』(1975年)には、石井茂吉氏の仕事ぶりが記されています。その一文を抜粋して紹介します。

「字を書くには一辺一六ミリの正方形の中に、一五ミリの正方形がうすく入っている原字用紙を用い、そのわくの中に、初め、鉛筆でおよその下書きをし、ガラスの丸棒を定規代わりに器用に使って、直線は丸ペンで、曲線は小筆を使って、巧みに書いていく。定規とか、烏口はほとんど使わなかった。書き終わると次は気に入らないところを修整刀でけずり、更に筆を入れ、でき上ったところでコロジオンで仕上げるという具合だった。」

文字に生きる:写研50年の歩み』64頁より

図3は杏橋達磨氏が文字情報技術促進協議会の特別講演で、石井茂吉と石井明朝体について講演されたときの資料です。

図3 大漢和辞典の原字制作(杏橋達磨特別講演「石井茂吉翁と石井明朝体をめぐってー初期写植機時代のタイポグラフィ全般ー」資料より)

大漢和辞典に掲載されている漢字で最も画数の多い文字は図3龍を4つ並べた64画の漢字(テツ、テチ:言葉が多い、多言の意。つまり「おしゃべり」)だそうです。

これを15ミリ正方の中に描かれたというのは、もう驚くほかありません
単に仕事が細かいということではなく、龍の1文字1文字が実に個性を持っていて、のびやかであり、さらにそれぞれのバランスを微妙に整えながら全体をまとめています。

今なら龍の字をコピペして作りそうですが、もしそうやって作ったとしたら、おしゃべりどころか、居住まいを正しているだけの無口な4匹の龍になるだけでしょう。

図4が諸橋大漢和辞典です。漢和辞典ですので、見出しの文字が必要になります。この見出しの文字4万5000字を、石井茂吉氏一人で4年間かけて仕上げていたということです。

図4 諸橋大漢和辞典
(出典:『文字に生きる:写研五〇年の歩み』 編:「文字に生きる」編纂委員会 1975年 写研刊)

石井茂吉のこだわり

石井茂吉の目指す文字設計とは何か。
これを知るにはもう一人の人物に登場していただきます。現在、書体設計士として活躍中の橋本和夫氏です。
橋本氏は石井茂吉から直に書体設計の技術を学ばれただけではなく、その後の写研の文字設計の監修者として写研書体の要でありました。

私にとって石井茂吉は歴史上の人物ですが、橋本氏とは同じ写研文字部でご一緒させていただきました。
といっても、私は主にデジタルフォント、橋本氏は原字制作の監修を務めておられたため、仕事上での関わりは多くありませんでした。

しかし、仕事に取り組まれるその厳しい姿は、まさに写研文字デザインの鑑であり、私など及びもつかない存在だったわけです。

橋本氏を紹介した雪朱里著『時代をひらく書体をつくる。』(2020年、グラフィック社刊)を見ると橋本氏の言葉を通して石井茂吉のこだわりがうかがえます。

図5 雪朱里著『時代をひらく書体をつくる。
(2020年、グラフィック社刊/撮影:bird location)

橋本氏は「石井先生はよく“味”ということをいわれました」と石井茂吉から指導を受けたときのことを紹介しています。
この字には味がない」「文字には味がなくてはいけない」と、石井茂吉からよく言われていたそうです。
それがどんな意味なのか、橋本氏は次のように語っています。

「いろいろな文字を見て、自分でも描いてみて、その文字の線の特徴や性質を理解しなくては、味をもたせることなど不可能です。先生は、自分の加える修整を見ながら、みずから習得しなさいと思っておられたのでしょう。」 

時代をひらく書体をつくる。』47頁より

まさに「背中を見て覚えろ」です。
今ならマニュアルを作って、というところかもしれませんが、このような感性の世界をマニュアルにできるでしょうか。

基本的な設計ルールはあっても、文字一つ一つの状態は文字の数だけあります。原字制作者は、この一つ一つに、何度も何度も修整を加えていきながら、立ち向かっているわけです。

この本の中で橋本氏はもう一つのエピソードを紹介しています。大事な部分だと思いますので、そのまま引用させていただきます。

「書道の文字は、書いた文字です。一方、活字書体の原字は、つくっていく文字です。つくった字をいかに書いた文字に近づけるか、それがぼくたち書体設計士の仕事において大切なことのひとつでした。そして、そのことにとてもこだわっていらしたのは、写研創業者の石井茂吉さんなんです。石井書体はいわゆる活字書体ではあるのですが、いかに書の雰囲気をもたせるかを考えて、手足を長く伸ばし、優雅な雰囲気をもたせた活字書体だったのです。」

時代をひらく書体をつくる。』161頁より

これが石井書体の神髄であり、写植時代のグラフィックデザイナーが、こぞって写研書体を愛した理由だと思います。「写研知らずばデザイナーにあらじ」と、そんな言葉も聞いたことがあります。

「良いフォント」の二つの観点

さて、ここまで述べた中で「良いフォント」と評価するには、二つの観点があるように思います。批判を承知の上で、あえてここではその観点を「技術面」と「感性面」としてみます。

技術面」というのは、前回の冒頭で述べた「一つの書体で大きさのばらつき、寄り引き、濃淡がないこと、標準字面や構成要素が統一されていること、用途に応じた文字種がそろっていること」などです。これはどのような文字デザインであっても共通しています。

感性面」というのは、石井茂吉など、作家ごとのデザインポリシーによるものです。
フォントを技術面で評価することは比較的簡単です。若干の鍛錬は必要ですが、見た目ですぐ分かるからです。
では、感性面の評価はどうか。文字を使う側に見る目がなければ、文字の評価もできないのではないでしょうか。

石井茂吉や橋本和夫が鍛錬してきたように、文字を使う側もいろいろな文字を見て、自分で描いてみて、その文字の線の特徴や性質を理解するというような鍛錬が必要ではないのかなと思います。
さらには文字の使い方の鍛錬をして初めて文字が評価でき、文字を活かせる作品ができるのではないでしょうか。

すなわち「良いフォント」とは文字の設計を理解し、文字組を鍛錬し、そしてできれば人々の様々な営みを感じながら、自分で導き出すもの、発見するものと私は思います。



【次回予告】

次回は、文字を扱う側からの視点として、文字組版について考えてみます。


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