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印刷用書体の開発とデジタルフォントの未来 #12|アウトラインフォントの製造工程〈1〉

ここからはアウトラインフォントを製品化するまでの工程を紹介します。
なお、ここで紹介する内容は私が写研に在職していた当時、写研独自の「Cフォント」というアウトラインフォントの制作工程です。

写研では、大きく3つの工程で制作を進めていました。

1|原字の準備
2|アウトライン化(アウトライングリフの作成)
3|
デジタルフォント化

原字は大元になるマスターとも言える文字で、手作業で書いていきます。

写研では1980年中頃以降、Cフォント搭載の出力機が本格的に出荷され始めましたが、これと共に文字盤とCフォント両方のために原字を制作していました。
その原字をスキャンしてアウトライン化を進めます。
いわゆる「アウトライングリフ」を作る工程ということになります。

アウトライングリフに様々な情報を加えて、デジタルフォントが完成することになります。

写研の原字には2種類ありまして、一つは従来の写植時代からある、既存の原字を使う場合です。

もう一つは新規に原字を書き起こしていく場合です。
新書体を作る時はもちろんですが、その他にも既存の書体に足りない文字を追加する時に行います。
業界用語で「特注」であるとか「外字」と呼ばれる文字を加えるために、新たに書き起こすということです。

1|原字の制作

まず原字について、ここでは新規に制作する場合の制作工程を見ていきます。
原字の制作では、極めて精緻なデザイン計画と下書きを繰り返しながら、大量の文字を手作業で作り上げていきます。

原字は墨入れまで行なうものと、鉛筆書きまでのものがあります。

写植時代は墨入れが書体制作の最終工程でした。
完成した原字の写真撮りをして、文字盤というネガに焼き付けていくため、「原字に墨入れをする」というのが最終工程だったのです。

アウトラインフォントの時代になると、原字をデジタルトレースすることが最終工程になったため、原字はいわば下書きです。そのため、必ずしも墨入れまでする必要はなくなりました。

ただし仮名などは原字の段階でかなり厳密にデザインするので墨入れまでやります。

漢字はある程度のルール化さえできればシステマチックに制作できますから、墨入れまでやらず、鉛筆書きだけでトレースできます。
その分、若干の省力化が図れるようになりました。

図1が仮名の原字を作っている光景です。
仮名は凄く難しいんです。誰もができるというわけではないので、特定の担当者が一人で書き上げるケースがほとんどだと思います。

図1 仮名の原字を制作する様子。左:鉛筆書きによる下書き、右:墨入れの様子(出典:『「印刷文字の生成技術」書体設計・字游工房の場合』編著:森啓 女子美術大学刊)
図1 参考図版:仮名の原字を制作する様子。左:鉛筆書きによる下書き、右:墨入れの様子
(出典:『「印刷文字の生成技術」書体設計・字游工房の場合』 編著:森啓 女子美術大学刊)

図2は漢字を書いているところです。
漢字はある程度ルール化でき比較的作りやすいので、複数名での制作も可能です。
特にウロコハライをパターン化した「エレメント」と呼ばれる部品をいくつか作り、下書きに当てはめていくという作り方もできます。
ですから漢字の原字は必ずしも墨入れまでする必要はないかと思います。

図2 漢字の原字を制作する様子(出典:『「印刷文字の生成技術」書体設計・字游工房の場合』編:森啓 女子美術大学刊)
図2 参考図版:漢字の原字を制作する様子
(出典:『「印刷文字の生成技術」書体設計・字游工房の場合』 編著:森啓 女子美術大学刊)

2|アウトライン化(アウトライングリフの作成)

次の工程はアウトライン化アウトライングリフデータの作成です。
墨入れした原字、あるいは鉛筆で下書きした原字をスキャニングし、そのデータを下絵として精密にトレースしていきます。
漢字は規則性が高いので作りやすい一方、明朝体の場合、打ち込みウロコが一つの文字に多数出現します。
しかも同じ形に見えるようにしなければならないので、一からトレースするのに苦労します。
そこで先述のようにあらかじめ多数のエレメントを用意し、はめ込んでいく方法もあります。
図3左は、墨入れした仮名原字をスキャンした後、トレースしている様子です。
図3右は、漢字をトレースしている様子です。この例では漢字に墨入れをしていません。またエレメントを組み合わせ、調整しながら制作している工程が分かると思います。

図3 イカルスで原字をトレースする様子左は墨入れした仮名、右は鉛筆書きの漢字をそれぞれトレースしている(出典:『「印刷文字の生成技術」書体設計・字游工房の場合』編:森啓 女子美術大学刊)
図3 参考図版:イカルスで原字をトレースする様子
左は墨入れした仮名、右は鉛筆書きの漢字をそれぞれトレースしている
(出典:『「印刷文字の生成技術」書体設計・字游工房の場合』 編著:森啓 女子美術大学刊)

◉アウトライントレースのツール

ここでいくつか、アウトライントレースに使われるツールを紹介します。
まずは「IKARUS(イカルス)」です。イカルスは独URW社のヒット商品です。
現在でも書体制作業界のデファクトスタンダードと言っていいかもしれません。大変高価なツールです。

図4 IKARUSのアウトラインイメージ図(図版出典:Volker Schnebel - Own work, CC BY-SA 3.0, ウィキメディア・コモンズより)
図4 IKARUSのアウトラインイメージ図
(図版出典:Volker Schnebel - Own work, CC BY-SA 3.0, ウィキメディア・コモンズより)

この他には「Glyphs(グリフス)」(図5)というツールも最近よく使われているようです。
また「Fontographer(フォントグラファー)」というツールも昔から有名ですが、両者ともどちらかというと個人向けと言っていいかもしれません。

図5 Glyphs(グリフス)のホームページより
図5 Glyphs(グリフス)のホームページより

とはいえ最近では作業工程が工夫され、ツールの性能も向上しているため、企業向け、個人向けといった区別は段々なくなってきているのではと思っています。

これらのツールは単に文字をトレースするだけではなく、フォントデータ化するツールでもあります。
ですからトレースツールというより「デジタルフォント制作ツール」と呼ぶべきかもしれません。

【参考】実際にアウトラインフォントやビットマップフォントを制作する様子が、株式会社イワタのnoteで紹介されています。下記よりご覧ください。


◉デジタルフォントの文字セット

写研ではIKARUSとともに、当時大変有名なワークステーションの会社だったDEC社(Digital Equipment Corporation、デック社)のワークステーションに、写研専用のソフトを組み込んで制作していました。
専用ソフトはカスタムメイドだったかと思います。

IKARUSは主に文字開発部隊、つまり新しい書体を開発する部隊で使っていました。
DECのワークステーションは写植書体で使われた既存原字のアウトライン化を進める部隊で使っていて、私はそのラインの一つを管理する責任者でした。

既存原字のアウトライントレースは、まさに人海戦術になります。新書体のように最初からアウトライングリフを作ることができないからです。
既存書体を忠実に再現する必要があるため、膨大な数の漢字も、仮名のようにすべて手作業でアウトラインを作っていかなければなりません。

では実際にどのくらいの文字を作る必要があるのか。
図6に示したデジタルフォントのトレンドはイワタの資料を参考にしたものです。

図6 拡大するデジタルフォントの文字セット(イワタの資料を参考に作成)
図6 拡大するデジタルフォントの文字セット(イワタの資料を参考に作成)

この資料によると、JIS X 0208(97JIS)の頃は、7,500字位を制作していれば十分でした。

ところが今日では、およそ2倍近い15,000字が一般印刷用に必要とされています。さらにそこから、徐々に拡張が行われてきました(出版物の本文用など)。
2025年現在、23,000字程度まで拡張することが標準的になっています。

* * *

【編集註記】

本稿の図1〜3は、関係各位のご厚意をいただき、下記の資料から参照させていただきました。書誌情報等の詳細は以下をご覧ください。

『「印刷文字の生成技術」書体設計・字游工房の場合』(2010年、女子美術大学刊)

図版出典(図1〜3)
「印刷文字の生成技術」書体設計・字游工房の場合
発行年:2010年6月
発行:女子美術大学  販売:日本エディタースクール
編著:森啓  設計・解説:鳥海修・岡澤慶秀  撮影:世利隆之

CiNii 書誌情報参照元 https://cir.nii.ac.jp/crid/1970867909777839138



【次回予告】

次回、「3|デジタルフォント化」では、デジタルフォントの内部構造である「フォントフォーマット」について見ていきます。


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