印刷用書体の開発とデジタルフォントの未来 #26|良いフォントとは
前回までは「文字デザインとは」をテーマに、デバイスの変遷と文字デザインとの関係を考えてみました。
ここからは「良いフォント」とはどういうものかを考えてみます。
きちんと設計されたフォント
「良いフォント」とは何か。ここでは株式会社写研の創業者・石井茂吉氏の偉業を振り返りながら考えていきます。
写研に籍を置いていた私にとって、良いフォントの意味を探る上で、どうしても欠かせない人物だからです。
きちんと設計されたフォントは、いずれも良いフォントです。
ここまで述べてきた通り、一つの書体で大きさのばらつき、寄り引き、濃淡がないこと、標準字面や構成要素が統一されていること、用途に応じた文字種がそろっていることです。
例えばアポストロフィー(MODIFIER LETTER APOSTROPHE)のような文字を正しく入出力できる、こういったフォントであれば、いずれも良いフォントであると言えるでしょう。
ただ、近年の高度にルール化された文字デザインのフォントは奇麗なのですが、私はなぜか物足りない思いをしています。
そこで、写植時代の代表的なフォントと類似するデジタルフォントを、いくつか比較してみることにします。

(MM-A-OKLは「写研アーカイブ」の書体見本より参照、以下同)
図1左は「石井中明朝体オールドスタイルかな」(以下、MM-A-OKL)で、写植時代のデザイナーに最も愛された書体です。
図1右は「ヒラギノ明朝 W3」です。当初からデジタルフォントとして開発された書体で、macOSの標準フォントの一つでもあります。
「当初からデジタルフォントとして開発された」というのは、写植書体の復刻ではないということです。
デジタルフォントとしてきちんと設計され、効率的に生産できるように標準化を徹底しています。

図2左は同じくMM-OKLで、右の書体は「游明朝体」です。
最近のMicrosoft Office、あるいはWindows OSにも標準書体としてバンドルされているポピュラーな書体のひとつです。こちらもヒラギノ書体同様に、デジタルフォントとして開発されたものになります。

続く図3は、MM-A-OKLと「小塚明朝 R」の比較です。
小塚明朝もバンドル書体としてポピュラーな書体で、もちろんデジタルフォントとして開発されました。

最後の図4はMM-A-OKLと「MS 明朝」です。
MS明朝はWindows OSのバンドル書体として最も古典的な書体でしょう。
こちらも当初からデジタルフォントとして開発された書体です。
さて、皆さんはこれらの書体に違いを感じるでしょうか。
多少太さの差はありましたが、これらの書体はいずれもきちんと設計されたフォントです。
縦組み、横組みにおいても均一な字間になるとか、字面を大きくして可読性を高めるなど設計上の配慮があると評価できます。
ですが石井中明朝体と比べると、私にはどうしても物足りなさを感じてしまうのです。
この差はどこから来るのか。この違いが、もしかすると「良いフォントとは」という問いかけへの回答になるのではないかと思います。
そこで、写植書体のデザイン方法を振り返ることで、その理由を探ってみたいと思います。
写真植字機の構造
まず、写植書体の話をする前に、写植とはどんなものなのかを簡単に紹介します。
写植とは、写真植字機による植字(しょくじ)、つまり文字を配列するという行為を意味します。
図5は、写真植字機の簡単な構造を表したものです。

掲出の写植機はPAVO-KY(出典:『写真植字 No.46』1978年 写研刊)
一番下に「光源」があり、その上に「文字盤」(もじばん)があります。文字盤には書体ごとに文字の陰影がネガフイルムのように埋め込まれています。この文字盤を変えることで、明朝体やゴシック体といった様々な書体を選ぶことができます。
文字盤の上には「級数レンズ」という複数のレンズの束が備わっています。このレンズを切り替えることで文字の大きさを指定します。
さらにその上には、文字を変形するためのレンズがあります。長体、平体、斜体といった文字の変形が必要な時、変形の度合いをコントロールするレンズです。
光源からの光が「文字盤」→「級数レンズ」→「変形レンズ」を通過して印画紙を感光し、文字の印影が写し取られます。
写真植字機はこのような原理で文字を印字していました。
印字する時には組版も行われます。
文字を写し取る印画紙は写真植字機のドラムの中に装填されています。
このドラムを横方向に移動したり、縦方向に回転したりすることで、印画紙の適正な位置に文字を印字し、文字組みを行う仕掛けです。
ドラムの左右方向、あるいは回転方向を操作するには歯車を用いています。
この歯車の一つ一つのピッチが文字間や行間の尺度の基準になります。
字間や行間を表すために「1歯」(いっぱ)とか「歯数」(はすう)と呼ぶことがありますが、この単位はドラムを動かす歯車の「歯」(は)を意味しています。ちなみに1歯は0.25ミリになります。
図6は写植機のある風景です。左図は比較的新しい写植機で「PAVO-KYシリーズ」かと思います。右図の棚に並んでいるのが文字盤です。文字盤の一番小さいタイプになります。

(共に著者撮影)
図7は文字盤の全体イメージです。左側の大きなものは「メインプレート」と呼ばれていて、大体JISの第1水準から第2水準を含む3000字ぐらいが入っていたかと思います。
右側の小さな文字盤を「サブプレート」と呼んでいました。図6で棚に並んでいた文字盤は、このサブプレートです。

(文字盤提供:杏橋達磨、撮影:bird location)

図8は文字盤(メインプレート)を近くから見た様子です。
こうした文字盤に搭載される文字はどのように作られていたのか。次回は写植書体の原字の作りと書体設計の理念について見ていきます。
【次回予告】
次回は、写研の創始者である石井茂吉の書体設計を振り返りながら「良いフォント」について考えていきます。
