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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」10   張赫宙と金史良(その2)

↑*ヘッダー写真:3.1独立運動レリーフ(タプコル公園)
撮影:Cinnamon (ja:User:Cinnamon )
 http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/6/6f/March_1st_movement.jpg
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張赫宙と金史良──在日朝鮮人文学の嚆矢こうし(その2)


2 日韓併合と総督府支配


 1919年1月12日、李氏朝鮮の第26代国王で大韓帝国初代皇帝だった高宗コジョンが突然死して、朝鮮全土に哀悼の動きを現れるとともに、朝鮮の独立を祈念する運動が各地で起きた。

運動の引き金となった高宗の葬儀
(撮影者:不明 - Korean book "Yi-Dynasty through Pictures(II)" published by Seomundang. )
パブリック・ドメイン/ 作成: 1919年3月3日

 2月8日には東京神田のYMCA会館で独立宣言書と決議文が朗読され、「独立宣言書」等が各国大使館、国会議員などに郵送された。
この二・八独立宣言に影響を受けた朝鮮の知識人崔麟チェリン崔南善チェナムソンやらの民族主義者、キリスト教者らは孫秉煕ソンビョンヒを筆頭にした「民族代表」33名の連名で、3月1日に独立宣言を発表した。
 京城の学生たちも高宗の国葬に合わせて、パゴダ公園(現・タップコル公園)に集結して、独立宣言書を読み上げて「大韓独立万歳」を高唱し、太極旗を掲げて万歳を叫びながら示威行進を行った。運動はあっという間に全国に広がり、長谷川好道総督が率いる朝鮮総督府は武力で独立運動を抑え込んだ。多くの犠牲者を出したがなかでも堤岩里ジェアムニの虐殺は凄惨だった。

 三・一運動の結果、暴力で支配する武断政治では独立運動を抑えることは困難と判断され、斎藤実が新朝鮮総督に就任し文化統治が始まった。憲兵警察は廃止され普通警察に移行された。
斎藤は親日派の団体と親日的人士を育成して民族を分断する政策をとった。

 親日派が日本の統治機構の末端で活動し、朝鮮民族の日本皇民化が進められる同化政策がとられた「日韓融和」の時代に張赫宙や金史良は生きた。

 しかし一方では朝鮮人に対する差別意識は煽られていて、1923年9月におきた関東大震災時には「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などのデマが流され、各地で結成された自警団などによって6000人とも8000人とも言われる朝鮮人、中国人、社会主義者等が殺されるなどの被害にあった。

 朝鮮においても、日本から移住してきた日本人による朝鮮人差別は根強かった。

 張赫宙が大邱の普通学校で教員をしていた1929年、朝鮮人学生と日本人学生の乱闘事件に端を発した光州学生運動がおこり、運動は朝鮮全土に広がった。張赫宙も少なからず影響を受けたと思われる。

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◆参考資料

*本文の著作権は、著者(林浩治さん)に、版権はけいこう舎にあります。

◆著者プロフィール

林浩治(はやし・こうじ)
文芸評論家。1956年埼玉県生まれ。元新日本文学会会員。
著書に『在日朝鮮人日本語文学論』(1991年、新幹社)、『戦後非日文学論』(1997年、同)、『まにまに』(2001年、新日本文学会出版部)。『在日朝鮮人文学 反定立の文学を越えて』(新幹社、2019年11月刊)は、図書新聞などメディアでとりあげられ好評を博す。
そのほか、論文多数。
2011年より続けている「愚銀のブログ」http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/は宝の蔵!

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