欲を引いた一打が、流れを守ってくれる
『流れが悪い日は、欲を引く』
うまくいかない日ほど、取り返したくなるものです。
でも、そんな日こそ少しだけ欲を引くと、ゴルフの景色は静かに変わっていきます。
朝霧の残る練習場で
土曜日の朝7時。
コース併設の練習場には、まだ朝霧がうっすら残っていました。空気はひんやりとしていて、芝の上には小さな水滴が光っています。
ドライバーを構えると、グリップに朝露の湿り気がじんわり伝わってくる。
ボールを打つ「キィン」という金属音が、静かな朝に響く。少し離れたところでは、カートが芝を踏みしめる低い音が聞こえる。
頬に触れる空気は、まだ夏の熱を持っていません。深く息を吸うと、草の匂いが胸の奥まで届くようでした。
ただ、今日はどうも調子が悪い。
ドライバーは左に外れ、アプローチも思ったより薄く当たってしまう。
素振りのときは気持ちよく振れているのに、いざボールの前に立つと、体のどこかがぎこちない。
こういう朝は、誰でも心の中が少しざわつきます。
「取り返そう」が、深みへの入り口
不思議なもので、調子が悪い日に限って人は「次で取り返そう」と考えてしまう。
左に曲がったなら、次はもっと強く振って距離を出そう。
薄く当たったなら、次はもっと攻めたピンを狙おう。
焦りが、判断を欲張らせる。
その気持ちは、痛いほどよくわかる。
ゴルフを始めたばかりの頃は特にそうだった。
1打のミスを2打で取り返そうとして、結局3打、4打と傷口を広げてしまう。
うまくいかない現実を、一発の強気なショットでひっくり返したくなる。
でも流れが悪い日ほど、欲を出すと傷は深くなる。
ミスの上にミスを重ねて、スコアはあっという間に崩れていく。
僕自身、欲を出して大叩きした朝がある
正直に言うと、私もこの罠に何度もはまってきました。
ある試合前のラウンドで、前半に大叩きした流れを引きずったまま、後半で無理にピンを狙いにいったことがあります。
結果はOBを二つ重ねて、目も当てられないスコア。
あのとき自分に必要だったのは、特別な技術ではありませんでした。
「ここは刻んでいい」
そう自分に許可を出す勇気だったと、今なら思います。
分かっているつもりでも、いざ自分がその場に立つと、欲は簡単に顔を出します。
私自身がいつも上手に欲を引けるわけではありません。
今でも、まあまあ修行中です。
ゴルフの神様は、油断するとすぐ小テストを出してきます。
Tさんが選んだ、勇気ある「刻み」
先日、ラウンドレッスンに同行したTさんも、そんな流れの中にいました。
前半でスコアを崩し、表情がだんだん硬くなっていた。
会話の声も少し小さくなり、クラブを選ぶ手にも迷いが見えました。
18番ホール。
長いミドルホールのティーイングエリア。
ドライバーを握りたくなる場面でしたが、私はこう声をかけました。
「今日はここ、7割の力で刻みましょう」
Tさんは一瞬迷ったあと、小さくうなずきました。
そして、あえてフェアウェイウッドを手に取り、フェアウェイの真ん中へ短く刻んだのです。
芝をさらっとなでるような音。
真っすぐ伸びていく白い球。
派手な当たりではありませんでした。
でも、見ていて安心できる一打でした。
そのあとグリーンに乗せ、二パットでボギー。
ものすごく目立つホールではありません。
誰かが驚くようなスーパーショットでもありません。
それでもラウンド後、Tさんは笑ってこう言いました。
「今日いちばん気持ちよかったのは、あの一打です」
欲を引いたからこそ得られた、静かな満足感でした。
『流れが悪い日は、欲を引く』
これは我慢の言葉であると同時に、次への準備の言葉でもあると思います。
崩れかけた流れの中で、無理に取り返そうとしない。
刻む。安全なところに置く。大きなミスだけを避ける。
それだけで十分な日があります。
ゴルフのスコアは、派手な一打だけでできているわけではありません。
大叩きをしなかったホール。
無理をしなかった一打。
「今日はここまででいい」と引けた判断。
そういう小さな選択が、ラウンド全体を静かに支えてくれます。
今日から試せる、たったひとつのこと
だから今日、もしラウンドや練習で流れが悪いと感じたら、次の一打だけでいいので「安全な場所はどこか」を先に決めてみてください。
ピンではなく、グリーンの真ん中。
フェアウェイの端ではなく、広く使える場所。
一番飛ぶクラブではなく、大きなミスが出にくいクラブ。
狙いを一段階だけ手前に引くだけでいいんです。
クラブを持つ前に、心の中でそっとつぶやいてみてください。
「今日はここまでで十分」
その一言が、次のショットへの余裕を作ってくれます。
静かな18番、明日への種
霧が晴れ始めた練習場を後にするころ、朝の光が芝にやわらかく反射していました。
鳥の声が少しずつ増え、辺りがゆっくりと目を覚ましていく。
今日は欲を出さずに終えられた一日。
手のひらに残るグリップの跡が、ちょっとした誇らしさのように感じられる。
崩れなかった今日は、きっと次の攻める日への種になる。
あなたが今日、そっと引いてみたい「欲」は、どんな場面にありますか?

いいなと思ったら応援しよう!
応援ありがとうございます😊