楽しめる人は、ミスからも学べる
『楽しむ人ほど学びが深い』
うまくいかない日ほど、この言葉を思い出します。
悔しさの中にも、次につながる小さな気づきは、ちゃんと隠れているのかもしれません。
練習場に、静かな夕暮れが落ちてくる
ボールを打つ音が、マットに響く。
カキン、カキン、カキン。
ボールを打つ音が、マットの上に乾いて響く。
照明が少しずつ白くなり、打席の向こうのネットが、橙色の空に溶けていく。
手のひらには、グリップのざらりとした感触。
足の裏には、人工芝の少し硬い踏み心地。
深呼吸をすると、湿った草の匂いがほんの少し混じっている。
「ああ、この時間が好きだな」
そう思いながらクラブを振っているのに、ある瞬間、ふと気づく。
あれ。
今日は、全然当たらない。
さっきから同じミスばかりしている
ボールは思った方向に飛ばない。
フェースは開く。
体は少し突っ込む。
頭では分かっているつもりなのに、体がついてこない。
悔しい。
そして、少し不安になる。
「私、ちゃんと進んでいるのかな」
「センスがないのかもしれない」
「このまま続けても変わらないのかな」
そんな声が、頭の中にひっそり顔を出す。
ゴルフを始めたばかりの方から、よく聞く言葉です。
でも正直に言うと、私自身も今でも同じような気持ちになることがあります。
インストラクターをしていても、迷う日はあります
ゴルフには、グリップや構えなど、大切な基本があります。
でも一方で、プロゴルファーのスイングを見ても、本当にいろいろな形があります。
体の使い方も、力の出し方も、リズムも違う。
まるで同じように見えて、細かく見るとそれぞれ違う。
だからこそ、私はレッスンの中でよく考えます。
この方にとって、本当に続けやすい形は何だろう。
この方が「できた」と感じられる入り口はどこだろう。
ゴルフを嫌いにならずに、楽しめる道はどこにあるのだろう。
プロや競技ゴルファーがしている練習や動きが、週に1回、2回楽しむアマチュアの方にそのまま合うとは限りません。
大切なのは、型にはめることではなく、
その人の中にある「気持ちよく振れる感覚」を一緒に探すことなのだと思います。
生徒さんが見せてくれた、あの顔
以前、ずっとスライスに悩んでいた生徒さんがいました。
何度練習しても右に曲がる。
直そうとすればするほど、体が硬くなる。
そして、ある日のレッスンでぽつりとこう言いました。
「もう、楽しくないかもしれません」
その言葉を聞いたとき、私は少し胸が痛くなりました。
そこで、その日は細かいフォームの話をいったん横に置きました。
代わりに、こう聞くようにしました。
「今の一球、どこか気持ちよかったところはありましたか?」
最初は、なかなか答えが出ませんでした。
でも何球か打つうちに、
「今のは、振り抜きが少し気持ちよかったです」
「これは、当たりは悪いけど、力まなかった気がします」
と、少しずつ言葉が出てきました。
すると、不思議なことに表情が変わっていきました。
ミスショットでも、
「あ、今の少し分かった気がします」
と笑うようになったんです。
その日から、その方のスイングは少しずつのびのびしていきました。
うまく打てるようになったから、楽しめたのではなく。
楽しむ目で見始めたから、気づきが増えていったのだと思います。
『楽しむ人ほど学びが深い』——この言葉の意味
私も、ゴルフ場で研修生として働いていたころ、このことを痛感しました。
当時はツアープロを目指して、毎日必死に練習していました。
朝から晩までボールを打ち、ラウンドをして、また練習する。
その時間を、私はどこかで「過酷だ」と感じていました。
もちろん、真剣でした。
でも心の奥には、苦しさや焦りもありました。
そんなとき、一流の選手たちの話を聞く機会がありました。
驚いたのは、あれだけの練習量をこなしているのに、あまり「頑張っている」という雰囲気がなかったことです。
むしろ、
「楽しいからやっている」
「もっと知りたいから打っている」
そんな空気がありました。
そのとき、私は少しだけ分かった気がしました。
本当に深く学んでいく人は、無理やり自分を追い込んでいるだけではない。
知りたい。試したい。感じたい。
その気持ちが、体を自然に前へ運んでいるのだと。
うまくなろうと必死になりすぎると、体は緊張して固まります。
でも、楽しもうとすると、全身が少しだけほどける。
そのほどけた瞬間に、気づきが入ってきます。
「あ、この感覚か」
「こっちに重心があると振りやすいな」
「今の打感、さっきと違う」
難しい日は、ただ苦しい日ではありません。
見方を少し変えると、発見の宝庫になります。
今日から試してほしいことは、一つだけです
練習の最後に、
「今日いちばん気持ちよかった一球」
を思い出してみてください。
ナイスショットじゃなくても大丈夫です。
少し力が抜けた一球。
音がよかった一球。
振り抜きだけ気持ちよかった一球。
ボールの行方は悪くても、体のどこかに良い感覚が残った一球。
それを一つだけ持って帰る。
全部を直そうとしなくていい。
全部を分かろうとしなくていい。
「今日はこれが少し分かった」
それだけで、練習場に来た意味は十分にあります。
夜の練習場を出るとき、空には星がひとつ
帰り際、ふと空を見上げると、薄暮の中に星がひとつ光っている。
うまくいかない日でも、その一打の先に、少し楽しいものが待っている気がする。
ゴルフは、ただうまくなるためだけの旅ではないのかもしれません。
楽しみながら気づいていく。
失敗しながら、自分の感覚に出会っていく。
そんな発見の旅なのだと思います。
今日の練習が、思うようにいかなかったとしても——それで大丈夫。
次の一打が、きっと少し楽しみになります。
あなたにとっての「楽しい瞬間」は?
皆さんがゴルフをしていて、「あ、今ちょっと楽しいかも」と感じるのはどんな瞬間ですか?
ナイスショットの時、緑の中を歩いている時、あるいは練習後のコーヒー。 ぜひ、コメントで教えてください。

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