琥珀の残高
一、売る、と決める夜
深夜二時の会議室は、生き物の腹の中に似ている。
蛍光灯を落とすと、窓の外に街の血管が光っていた。
倉持怜(くらもち・れい)は四十歳。この会社を、売る。
三度目だ。
三度、俺は同じことをしてきた。何もない場所に会社を立ち上げ、百人規模まで育て、売上を百五十億の手前まで押し上げ、そして――売る。人はそれを「イグジット」と呼ぶ。出口。だが出口という言葉は嘘だ。出口の向こうには、また入口しかない。俺は毎回、自分の手で育てたものを他人に渡し、また裸で、何もない場所に戻る。三度、そうしてきた。四度目を、いま決めようとしている。
机の上に、意向表明書。今度は俺が受け取る側だ。買い手は大手の通信インフラ企業。金額欄には、俺が三年かけて積み上げた数字が、他人の筆跡で書かれている。悪くない額だ。悪くない、というのがいちばん厄介だ。感情が入る隙間がない額を、人は「妥当」と呼ぶ。妥当は、いちばん腹の底に効く。
「本当に、売るんですか」
財務の甲斐が、缶コーヒーを二つ持って入ってきた。片方を俺の前に置く。あたたかい。あいつはいつも、俺の缶を先に温めておく。三社目からずっと、俺についてきた男だ。俺が会社を売るたびに、あいつも一度、路頭に迷う。そして毎回、俺が次に立ち上げる会社に、また来る。
「売る」と俺は言った。
「なぜ、今なんですか。まだ伸びますよ、この会社は」
「伸びるからだ」と俺は言った。「伸びきってから売る奴は、素人だ」
二、いちばん高く売れる瞬間
会社を売るのに、いちばんいい瞬間がある。
素人は、頂点で売ろうとする。売上が最大化して、利益率が最高になった瞬間を狙う。だが、それは間違いだ。買い手が見ているのは、過去の数字じゃない。これから三年、自分が経営して、どこまで伸ばせるかだ。頂点で買った会社は、買った翌日から下り坂に見える。だから頂点の会社は、意外と高く売れない。
俺が売るのは、いつも「あと二段、伸びしろが見えている段階」だ。百人規模、売上百五十億の手前。この位置には、買い手にとっての物語がある。「この会社を二百億、三百億にするのは、自分だ」という物語。俺は、その物語を、値段と一緒に売る。数字を売るんじゃない。数字の続きを売るんだ。続きは、俺が書くより、大手が書いたほうが速い。資本も、看板も、営業網も、向こうのほうが持っている。俺が持っているのは、ゼロを一にする力だけだ。一を十にするのは、俺の仕事じゃない。
これは、負け惜しみじゃない。役割分担だ。世の中には、ゼロを一にできる人間と、一を百にできる人間がいる。両方できる人間は、ほとんどいない。俺は前者だ。だから前者の仕事だけをやって、後者に渡す。渡すたびに、俺は少し金を持って、また裸に戻る。裸に戻るのが、俺の仕事の本体だ。
甲斐が言った。「もったいない、とは思わないんですか。ここまで育てて」
「思うさ」と俺は言った。ハードボイルドってのは、感じないことじゃない。感じても、顔に出さないことだ。「毎回、内臓を一個置いてくる気分だ。三回やって、俺にはもう、置いてくる内臓が残ってない気もする」
「じゃあ、なぜ」
「置いてこないと、次を作る場所が、体の中にできないんだよ」
三、片手の経営
八年前、俺は病院のベッドで天井を数えていた。
一社目を売った直後だった。金は入った。だが、体が壊れた。事故だ。雨で光っていた交差点のアスファルトと、それから、長い空白。目が覚めたとき、俺の右手は自分のものじゃないみたいに動かなかった。リハビリの担当が「倉持さん、指、一本ずつ意味を思い出させましょう」と言った。意味を、思い出させる。人間の指は、意味を忘れることがあるのだと、そのとき初めて知った。
同じ頃、息子は北海道にいた。義母が「あなたは、あなたの体を治しなさい」と言って、連れて行った。正しい判断だった。壊れた体で、六歳の子は育てられない。正しい判断ほど、腹の底に効く。
そのリハビリの最中に、世界が止まった。街から人が消えて、マスクで顔が半分になった。俺は誰もいない廊下で、車椅子を自分で漕ぐ練習をしながら、左手で電卓を叩いていた。会社を売った金が、いくら残るか。税金がいくら持っていくか。次に何を、何もない場所から立ち上げるか。
あのとき、俺は自分の仕事の正体を、初めて言葉にできた。
俺は、会社を「持つ」のが下手なんだ。持ち続けると、会社と自分の区別がつかなくなる。会社が伸びれば自分が偉く、会社が凹めば自分が死ぬ。そういう経営者を、俺は嫌というほど見てきた。彼らは会社を、自分の延長にしてしまう。延長にした会社は、社長が倒れると一緒に倒れる。俺の一社目が、まさにそうなりかけた。俺が病室にいる二か月、会社は何も決められなかった。決裁できる人間が、俺しかいなかったからだ。
――経営は、片手でもできる。だが、片手でしかできない経営は、いつか折れる。
退院してから、俺は経営の作り方を変えた。二社目からは、最初から「俺がいなくても回る会社」を作った。決裁権を金額で三段に割る。五十万までは現場が即決、五百万まではマネージャー、それ以上だけ俺。俺の机に来る判断が、月四十件から六件に減った。六件だけを、本気で考える。
そして、気づいた。「俺がいなくても回る会社」は、いちばん高く売れる会社でもある、と。買い手が怖いのは、創業者が抜けた瞬間に会社が空っぽになることだ。だから俺は、最初から、自分が抜けても空っぽにならない会社を作る。売るために作るんじゃない。折れないために作る。折れない会社は、結果として、高く売れる。この順番を、間違える創業者が多い。売るために整えると、会社は薄くなる。折れないために整えると、会社は厚くなって、勝手に高くなる。
四、承継のデューデリジェンス
買い手のデューデリジェンスが始まった。向こうの会計士と弁護士が、うちの帳簿を三週間、裸にしていく。簿外債務はないか。係争はないか。キーマンは辞めないか。労務の未払いはないか。
俺は、隠さなかった。一つだけ、言いにくい数字があった。二年前、大口の取引先を一社、俺が自分から切っていた。売上の一割を占める客だった。理由は、そこがうちの若い社員に、無理な納期と暴言を繰り返していたからだ。売上一割を捨てるのは、経営判断として褒められたものじゃない。デューデリで、必ず突かれる。
甲斐が「あれは、伏せておきましょう」と言った。
「切った理由まで説明する義務はない」
俺は首を振った。「先に言う」
先に言う情報には、利息がつかない。後から出てくる情報には、複利で利息がつく。俺はM&Aを――売る側も買う側も含めて――何度も見てきて、これだけは確信している。隠した瑕疵は、契約後に必ず表に出る。そして表に出たとき、それは金額の問題じゃなくなる。信頼の問題になる。信頼が壊れると、統合が壊れる。統合が壊れると、俺が残していく百人の社員が、割を食う。
俺は買い手の役員に、直接説明した。「売上一割の客を、私は自分から切りました。うちの若い社員を守るためです。この判断を、御社が『甘い』と思うなら、この売却はやめたほうがいい。なぜなら、御社はこの会社の文化ごと買うからです。文化に値段がつかないと思っているなら、三年後、社員が半分辞めます」
役員は長いこと黙っていた。そして言った。
「その客、切って、売上はどうなりました」
「半年で、別の客が埋めました。無理を言わない客が」
「なぜ埋まった」
「無理を言われない現場は、離職率が下がる。人が辞めない現場は、品質が上がる。品質が上がると、紹介で客が来る。切ったのは売上の一割。得たのは、辞めない現場です」
役員が、初めて笑った。「その話、契約書には書けませんね」
「書かなくていい」と俺は言った。「三年後、御社の帳簿が書きます」
五、片方ずつ
家に帰ると、午前一時を回っていた。
玄関に、娘の三歳のサンダルが片方だけ転がっている。おかっぱの、あの子だ。もう片方はいつも見つからない。妻が「あの子、片方ずつ生きてるのよ」と笑ったことがある。片方ずつ。俺はサンダルを揃えて、廊下に上がった。
妻とは、あの子を連れてランチに来たのが最初だった。ワンブロック隣に住んでいたと知ったのは、後のことだ。彼女は初対面のとき、子どものことを先に話した。「連れ子がいます。それでも良ければ」と。誠実さというのは、隠さないことじゃない。先に言うことだ。俺は取引先を切った理由も、妻は子どものことも、先に言った。先に言う人間は、後で強い。これはビジネスの話でもあり、家族の話でもある。俺は両方を、同じ勘定で生きている。冷たいと言う人間もいる。だが、勘定できる誠実さのほうが、勘定できない愛情より、長く続く。
妻に、会社を売ると話したのは、先週だ。彼女は「また、ゼロからやるの?」と聞いた。俺は「ああ」と答えた。彼女は少し黙って、それから「じゃあ、今度は、少し家にいる時間を作ってね」と言った。責めなかった。彼女は、俺が会社を持ち続けられない人間だと、もう知っている。持ち続けたら壊れる人間だと、知っている。知ったうえで、隣に住むと決めた人だ。
リビングのソファで、八歳の息子が寝落ちしていた。学校の宿題のプリントを握ったまま。「しょうらいのゆめ」と書いてある。その下に、鉛筆で。
「ぱぱみたいに、かいしゃをつくって、うる」
俺は、その字を長いこと見ていた。
作って、売る。継ぐ、じゃない。持ち続ける、でもない。この子は、俺が何をしている人間かを、正確に見ている。俺は会社を持ち続けたことが一度もない。全部、作って、育てて、渡してきた。息子はそれを、寝る前に見ている。売ることは、逃げることじゃない。渡すことだ、と。渡すために、命がけで作るのだ、と。八歳が、それを鉛筆で書いている。
俺はプリントを、そっと抜き取らなかった。握らせたまま、毛布をかけた。意味を、忘れさせたくなかった。
六、両手で渡す
最終契約の日、俺は百人の社員の前に立った。
売却を、俺の口から伝えた。契約書に書く前に、社員に話した。順番が逆だと怒る買い手もいる。だが俺は、この順番だけは譲らなかった。育てた人間に、他人の口から「明日から親会社が変わります」と聞かせるわけにはいかない。
「お前たちを、売ったんじゃない」と俺は言った。
「お前たちに、もっと大きい船を、用意したんだ」
嘘じゃなかった。うちの規模では、そろそろ社員に払える上限が見えていた。ポストも、頭打ちだった。大手の傘に入れば、部長で頭打ちだった人間が、事業部長になれる。海外案件にも触れる。給料のレンジも上がる。俺が一人で育てられる高さには、限界がある。俺はゼロを一にする男で、一を十にする男じゃない。だから、十にできる場所へ、みんなを渡す。
これは、負けの言葉に聞こえるかもしれない。実際、負けだ。俺は、自分が最後まで育てきれないことを、認めている。だが経営者にとって、いちばん難しい意思決定は、始めることじゃない。やめること――正確には、渡すことだ。始めるのは、勢いでできる。渡すのは、勘定と覚悟でしかできない。
一人だけ、若い社員が泣いていた。
二年前、俺が売上一割の客を切って、守った現場の子だ。
「社長がいなくなるなら、俺、辞めます」と、その子が言った。
俺は、その子の肩に、動くようになった右手を置いた。
八年前、意味を忘れていた指。いまは、ちゃんと動く。
「辞めるな」と俺は言った。
「俺は、船を降りるだけだ。船は、沈まない。俺が、沈まないように作ったからだ。お前が守った現場は、お前が守れ。俺がいたから守れたんじゃない。お前がいたから守れたんだ。それを、忘れるな」
その子は、しばらく泣いて、それから、うなずいた。
窓の外で、朝の血管が光り始めていた。俺は缶コーヒーを飲んだ。
甲斐が温めておいてくれた缶は、まだ、あたたかかった。
甲斐が、隣で言った。「社長。次は、何を作るんですか」
「まだ、決めてない」と俺は言った。
「決めてないが、一つだけ決めてる。次も、いつか渡すために作る」
「また、僕を呼んでくださいよ」
「呼ぶさ。缶コーヒーを温める人間が、俺には要る」
深夜二時の会議室は、生き物の腹の中に似ている。だが朝が来れば、そこはただの、人が働く場所に戻る。今日から、この場所は、俺のものじゃない。他人の腹の中だ。それでいい。俺は毎回、自分の腹を空にして、また何もない場所へ戻る。空にした腹にしか、次は宿らない。
――経営は、片手でもできる。だが、俺はもう、片手で生きるのはやめたんだ。作るのに片手、渡すのに片手。両手で、やる。
最終契約書に、俺はサインをした。琥珀色の朝の光が、俺の右手の甲を照らしていた。動く指が、今日は少しも痛まなかった。
三度、内臓を置いてきた腹の中に、もう、次の会社の匂いがし始めていた。灯油じゃない。まだ名前のない、これから作る何かの匂いだ。
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