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村田沙耶香『世界99』上下、真下みこと『春はまた来る』…紙魚の手帖vol.22(2025年4月号)書評 瀧井朝世[文芸全般]その1

【編集部から:この記事は東京創元社の文芸誌〈紙魚の手帖〉vol.22(2025年4月号)掲載の記事を転載したものです】


 村田むらた沙耶香さやか『世界99』(集英社 上下各二二〇〇円+税)は上下巻の大作。著者がこれまで書き続けてきたテーマが詰め込まれた衝撃作である。

 近未来的な世界を舞台に、如月きさらぎ空子そらこという女性の十歳からの日々が描かれる。父親は海外に単身赴任中のため、クリーン・タウンで母とペットのピョコルンと暮らす空子は、喜怒哀楽を持たず、その場に合わせて自分を演じている。学校でいじめが起きようと、男性からセクハラされようと、ラロロリン人に対する差別が高まろうと、時に極端にキャラクターを転換させながら、つねにその場でいちばん安全な態度をとっている。大人になった彼女は、自分の日常をシチュエーションによって「世界1」「世界2」などと区分し、さらに演じ分けていく。

 ピョコルンとかラロロリン人って何? と思われただろう。ピョコルンはパンダとイルカとウサギとアルパカの遺伝子が偶発的に組み合わさって生まれた高級なペット。ラロロリンは国籍や人種に関係なくラロロリンDNAを持ち、優秀とされている人たちのことだ。空子が大人になっていくにつれ、ラロロリン人やピョコルンの社会での立ち位置が変わっていく。特にピョコルンには震え上がるような秘密があり、それが明かされた時はもう、心の中で悲鳴を上げた。絶叫モノである。

 現代社会にも通じる違和感や理不尽をたっぷり盛り込みつつ、やがて来る世の中のグロテスクなありようを浮かび上がらせる作品。安全で清潔で優しくて楽な世界を選び続けた人類がどこに至るのか。実に恐ろしいが、そこには「ありえなさすぎて怖い」という思いと「ありえそうで怖い」という思いが混じる。

 難しいテーマを真摯しんしに、深く掘り下げているのが真下ましたみこと『春はまた来る』(幻冬舎 一六〇〇円+税)だ。タイプの異なる女性二人の繫がりをじっくり描いている。

 W大学の理工学部二年生の牧瀬まきせ順子じゆんこは、規則正しく生活し、勉強に追われる日々を送っている。周囲に女子学生は少なく、授業で一緒に課題に取り組む班も男子ばかりだ。そんな班仲間が、インカレサークルで一緒だという女子大の華やかな学生を学食に連れてくる。それは、高校で同級生だった倉持くらもち紗奈さなだった。高校時代、可愛いともてはやされてた紗奈と、地味だった順子は接点がなかったが、再会を機に二人は少しずつうちとけていく。

 ある夜、紗奈がインカレの先輩男性の家での飲み会で性被害に遭って逃げ出し、順子に助けを求めてくる。家に連れ帰り事情を聞いた順子が真っ先に感じたのは、「自業自得ではないのか」という思い。だが、紗奈をケアするうちに、順子の気持ちは変化する。

 二人は語り合ううち、インカレの男子たちが、順子の前では女子大の学生を馬鹿にし、紗奈の前では理工学部の女子をけなしていたことを知る。紗奈いわく、「あいつらの目的はさ、私たちを分断することだったんじゃないかって、思うわけ」。インカレ内に限らず、女性が年齢や容姿などを男性目線でジャッジされ、女性もそれを内面化してきたことに、二人は気づいていく。途中でタイトルの「春はまた来る」が、なんとも恐ろしい意味を持つことが分かって震えた。性加害について泣き寝入りするのは辛いなと思っていたら、終盤でちゃんと(?)順子が復讐を企ててくれて胸がすく。重いテーマであるが、後日譚もあり、希望のあるラストが待っている。


■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。