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咲乃月音『私たちのおやつの時間』、真下みこと『かごいっぱいに詰め込んで』、上條一輝『深淵のテレパス』…紙魚の手帖vol.19(2024年10月号)書評 瀧井朝世[文芸全般]その2

【編集部から:この記事は東京創元社の文芸誌〈紙魚の手帖〉vol.19(2024年10月号)掲載の記事を転載したものです】


 咲乃さくの月音つきね 『私たちのおやつの時間』(宝島社文庫 七七三円+税)は、映画化もされた『オカンの嫁入り』などの著者の久々の新作。文庫オリジナルだ。

 連作短篇集である。第一話で描かれるのは、京都を舞台にした、日本人女性リコとインド人男性マドの恋のゆくえ。二人の関係に反対するマドの母親がインドから訪ねてきた時、リコはガジャルハルワという、ニンジンで作るインドのスイーツをふるまう。一口食べて「うちの味じゃない」と突き放す母親に対して、マドが発する言葉に感動。

 登場人物たちが緩やかな繫がりを持ちながら、舞台は各国へ飛ぶ。各エピソードに必ず関わるのが、その国のスイーツだ。スペインのポルボロン、香港の湯丸トンユン、ポーランドの鳥のミルクなど、興味を惹かれるスイーツを登場させながら、さまざまな人生模様と人間関係の悲喜こもごもが描かれていく。そのなかで、登場人物たちのささやかな前進を甘いおやつが祝福しているかのよう。優しさにあふれていて、非常に読み心地がよい。

 真下ましたみこと『かごいっぱいに詰め込んで』(講談社 一六五〇円+税)も前向きな気持ちになれる連作集。スーパーを訪れる人々が登場する五篇が収録されている。

 第一篇は、長年主婦業をこなして暮らしてきた美奈子みなこが、社会に出て働こうと一念発起。はじめは就活に苦労するものの、近所のスーパーのレジ係に採用される。その店ではこれまでセルフレジが導入されていたが、高齢の顧客など向けに会話をしながら会計する「おしゃべりレジ」というサービスを始めるのだという。陽気で話好きな美奈子にはうってつけの仕事なのだ。

 第二話以降は、小学生の頃に「ぶた」と呼ばれていじられたことを受け流した自分を許せない女子大学生、SNSで悪評を流されている青年サラリーマン、妊活中の女性、早期退職しハローワークで仕事を探す五十代男性など、何かしら事情を抱える人々が登場。彼らがスーパーを訪れた際にちょっとした、前向きな変化が起きるのだ。エピローグでまた美奈子の視点に戻るのだが、ここで彼女の明るさの裏にある思いを知ってぐっときた。

 誰にでも、ままならないことはある。でもたとえばスーパーのような、ごく日常的な場所にも自分の背中を押してくれる何かがある。そう思わせてくれる温かい作品。

 一方、ホラーとしてちゃんと怖いうえ、エンタメとしての吸引力も抜群なのが、上條かみじょう一輝かずき『深淵のテレパス』(東京創元社 一五〇〇円+税)。創元ホラー長編賞を受賞した作品で、Webメディア「オモコロ」に加味條かみじょう名義で執筆している著者の小説家デビュー作である。

 職場の部下に誘われ大学のオカルト研究会の怪談を聞きに行った高山たかやまカレンは、登壇者の女子大学生から「あなたが、呼ばれています」と語りかけられる。その日からカレンの周囲では怪現象が起きるように――というあたりは非常に怖い。

 が、彼女が相談を持ち掛けるYouTubeチャンネル「あしや超常現象調査」の二人組が登場すると、ちょっぴりコミカルなテイストに。配信者は小さな映画宣伝会社に勤務する芦屋あしや晴子はること後輩の越野こしの草太そうたで、彼らがなんとも楽しく魅力的。晴子はオカルト信奉派でも否定派でもなく、分からないから調べている、というスタンス。なので不可思議な現象に遭遇しても、まずは合理的な解釈・解決法を試みる。草太は彼女にこき使われている状態だ。そんな二人が、カレンが見舞われる怪現象とどう対峙たいじしていくのか。

 場面転換が非常に上手うまく、さまざまな景色を堪能できる。予測のつかない展開で一気読み。いやあ、楽しかった。怖い話は苦手、という人でもギリギリ大丈夫なのではないだろうか(保証はしません)。


■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。