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ムーンコール

私が手にしたものってなんだろうか?
ふと、そんな想いが過った。いつもと変わらない夜の7時。会社を出て、そこそこ混雑している電車に乗って最寄り駅に着いて、駅前のスーパーに寄って、その日の夜の食事と、明日の朝ご飯の食材を購入。取り立てて贅沢などしない。ありきたりの豆腐や納豆、野菜カット、今日は豚コマで野菜炒めくらいは作って、お味噌汁はワカメでいいか。セルフレジも使いこなせるようになったし、ポイントも付けて、マイバッグだって忘れることはない。買ったばかりの食材を詰めてスーパーの出口を通り過ぎて、自宅のマンションへと向かう道に出たとき、ふとそんな想いが過ったのだ。
なにかを思い出した訳ではない。誰かを思い出したのでも、今日、誰かに言われたなにかを思い出したのでもない。ただ単に、ふと、そんな考えが過ったのだ。
私は目の前に両手を広げて見せた。食材が入ったマイバッグは左の肘あたりにかかっている。通勤に使用している黒いバッグは右肩にかかっている。両手の平を自らの目の前まで持ち上げてみる。
なんにもない。
ただの手の平だ。なにもつかんでいやしない。
四〇歳も過ぎたというのに一体なにをしているんだろうかと、そんな気さえしてくるのだけれど感傷的になる暇などない。センチメンタルに浸ったところでなにも起きやしないことくらい、良く知ってる。
友だちに会いたい訳でもない。両親とか、家族とか、親戚とか、会うのはむしろ面倒に感じているじゃない。前のあの人がどうのなんて…、いやいや、そんなこと思い出したくもない。
旅行に行きたい?出会いを求めている?
そうじゃないよね。なにもないこの手を確かめたかった。…かなぁ。
その場に立ち尽くす私をもろともせず、一人、また一人と人々が通り過ぎてゆく。怪訝そうに私の顔を見てから通り過ぎていく人もいる。チッと舌打ちをして、さも私が邪魔であることを知らせてくれる人もある。
それでもね、たまにはこうしてただ立ち尽くしたって、いいじゃない。
深呼吸だって、しようよ、たまには。
 
そしてまた、ふと、夜空を見上げた。暗い空に満月が輝いていた。
ああ、これか。
月が私を呼んでいたのかと、そう思った。お月様が「私のことをちゃんと見てね、ここで輝いているからね」と語りかけてくれたのだ。そんな風に思えた。
私の手の平にはまだなにもないけれど、ちゃんとなにかをつかんで見せる。お月様に見せびらかしてあげるからね。金銀財宝か、札束か、人にはゴミにしか見えないようなものかしらん。名声かもしれないよね。運命かもね。飴玉くらいはつかめるかな、この手の平いっぱいに。あぁ、あのお月様だってつかめるかもよ。なんてね。
 
ふふふ。
思わず一人で笑ってしまった。しかも道端で。
あ、笑うのなんて久しぶりかも。
 
でもね、私、頑張っているよ。こうやって。ときに小休止も必要だけど。深呼吸だって必要だけど。お月様にも応援してもらって、慰めてもらって、ちゃんと、見守ってくれてるの、知ってるからね。
さ、明日も頑張ろうか。


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