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【世界のオンチェーンプロジェクト File.010】 Global Layer One (GL1)

金融機関向けブロックチェーンに「世界共通の道路規格」は作れるか

GL1は一つの巨大チェーンではなく、金融インフラの共通設計図である

最終更新:2026年8月

世界では、金融機関向けのDLT基盤が次々に作られています。

  • Kinexys

  • HSBC Orion

  • Partior

  • Project Ensemble

  • 各国のトークン化証券基盤

  • パブリックチェーン上の機関投資家向けネットワーク

それぞれが異なる技術、ルール、参加者、トークン規格を使っています。

個別の基盤では、債券、ファンド、預金、決済をトークン化できます。

しかし、異なる基盤同士がつながらなければ、資産と流動性は分断されます。

さらに、金融機関が新しいDLTへ参加するには、

  • 法的根拠はあるか

  • 誰が運営するのか

  • 決済はいつ最終確定するのか

  • 障害時に復旧できるか

  • 顧客データを保護できるか

  • AML/CFTを実行できるか

  • 他の基盤へ資産を移せるか

  • 監督当局が確認できるか

を一つずつ評価しなければなりません。

Global Layer One、GL1は、こうした金融機関向けDLTについて、国際的に利用できる共通原則、評価基準、実装テンプレートを作る官民共同イニシアチブです。

「Global Layer One」という名称から、世界の金融機関が一つのLayer 1ブロックチェーンへ参加する構想にも見えます。

しかし、現在のGL1の中心は、一つのチェーンを作ることではありません。

複数の金融ネットワークが、同じ安全性・ガバナンス・相互運用・コンプライアンス要件を満たすための共通規格を作ること

です。

道路に例えるなら、GL1は一つの世界道路を建設するプロジェクトではありません。

異なる国や事業者が作る道路について、

  • 車線の幅

  • 信号

  • 標識

  • 安全基準

  • 接続方法

  • 通行資格

を共通化する取組です。


Project Card

正式名称
Global Layer One:GL1

位置付け
公共部門と民間部門による国際共同イニシアチブ

目的

  • 開放性のある金融機関向け共有台帳インフラの育成

  • ネットワーク間の相互運用

  • 国境を越えるトークン化取引

  • 共通原則・ポリシー・標準の整備

  • プログラマブル・コンプライアンスの実装

主な参加金融機関

  • J.P. Morgan

  • MUFG

  • Société Générale-FORGE

  • HSBC

  • Standard Chartered

公共部門・政策当局
MAS、Banque de Franceなど

主な成果物

  • GL1 Market Infrastructure Toolkit v2.0

  • GL1 Programmable Compliance White Paper

  • GL1 Programmable Compliance Toolkit v1.0

  • GL1 Forum

  • 市場インフラ・規格・テンプレート

2026年の最新動向
2026年6月、金融市場インフラ・ツールキットの更新と、プログラマブル・コンプライアンスのホワイトペーパーおよびツールキットが公表されました。


なぜ個別のDLTだけでは市場にならないのか

金融機関が自行専用のDLTを作ることはできます。

しかし、各金融機関が独自方式を採用すると、

  • A銀行の預金トークンをB銀行が受け取れない

  • ある基盤の債券を別の基盤で担保利用できない

  • 顧客IDを基盤ごとに登録し直す

  • 同じAML確認を各ネットワークで繰り返す

  • 基盤ごとにウォレットと鍵を管理する

  • ファイナリティの定義が異なる

  • 障害時処理が異なる

  • 監督当局が各基盤を個別評価する

ことになります。

これは、トークン化によって照合を減らすはずが、ネットワーク間では新たな照合と接続を増やす状態です。

GL1が解こうとしているのは、特定のユースケースではなく、金融機関が複数のDLTを安全に利用するための共通基盤要件です。

GL1は、支払い、資金調達、証券の発行・二次流通などを、国際的に相互運用可能な共有台帳インフラ上で提供できる状態を目指しています。


GL1は一つのブロックチェーンなのか

結論から言えば、GL1を一つの固有ブロックチェーンとして理解するのは適切ではありません。

GL1の公式説明は、

open, interoperable, shared ledger infrastructures

と複数形で表現しています。

つまり、複数の金融機関向け共有台帳が存在することを前提にしています。

GL1が整備するのは、

  • 共通原則

  • 技術・業務仕様

  • ガバナンス要件

  • 法務・リスク要件

  • 資産ライフサイクル

  • コンプライアンス部品

  • 評価・証明手続

です。

各ネットワークは異なる技術を採用できます。

パブリックチェーンを基礎とするネットワークも、銀行が運営する許可型DLTも対象になり得ます。

重要なのは、技術名称ではなく、金融市場インフラとして必要な条件を満たすことです。


Market Infrastructure Toolkit

GL1の中心的な成果物が、Market Infrastructure Toolkitです。

金融機関やネットワーク運営者が、自らのサービスについて、国際的な金融市場インフラ原則やリスク管理基準との整合性を評価するためのツールです。

評価対象は10原則に分かれています。

1.Legal Basis

取引、資産、決済、台帳記録について、明確な法的根拠があるか。

確認するのは、

  • トークンが表す権利

  • 台帳記録の法的効果

  • スマートコントラクトの有効性

  • 準拠法

  • 破綻時の扱い

などです。

2.Governance

誰がネットワークを運営し、意思決定するか。

  • 仕様変更

  • 参加者承認

  • 障害時の停止

  • 利益相反

  • 運営者の責任

を確認します。

3.Settlement Finality

取引がいつ取消不能となり、法律上最終確定するか。

DLT上でブロックが確定した時点と、法的ファイナリティが一致するとは限りません。

4.Architecture

ネットワーク、スマートコントラクト、ノード、鍵管理などの技術構成が、金融インフラとして適切か。

5.Economic Model and Accounting

手数料、トークン、インセンティブ、会計処理が安定的か。

パブリックチェーンのGasや独自トークンが、費用やリスクへ与える影響も含みます。

6.Resiliency

障害、サイバー攻撃、ノード停止、データ破損から復旧できるか。

  • BCP

  • バックアップ

  • フォールバック

  • 復旧時間

  • インシデント対応

を評価します。

7.Access and Onboarding

誰が参加でき、どのように資格を確認するか。

金融機関、投資家、ウォレット、ノード運営者などの参加条件を扱います。

8.Connectivity and Interoperability

他のDLT、銀行システム、決済システム、カストディ基盤と接続できるか。

9.Identity, Privacy and Compliance

本人確認、AML/CFT、制裁、個人情報、取引プライバシーを管理できるか。

10.Operation

24時間運用、変更管理、監視、問い合わせ、障害対応などの業務体制があるか。

これらの原則はPFMI、デジタル資産向け統制原則、ブロックチェーンのリスク管理フレームワークなどを基礎にしています。


Toolkitは認証制度ではない

ネットワーク運営者は、Toolkitを使って自己評価を行い、必要に応じて独立監査人による確認を受けられます。

しかし、自己評価を完了したからといって、

  • GL1への準拠

  • PFMIへの準拠

  • 規制当局の承認

  • 金融インフラとしての安全性

が自動的に認定されるわけではありません。

公式Toolkitにも、自己証明はGL1や基礎となる国際原則への準拠を意味しないと明記されています。

したがってGL1は、現時点で「合格したネットワークへ国際免許を与える制度」ではありません。

共通の質問と評価軸を用意し、金融機関、監査人、規制当局の対話を容易にする仕組みです。


どのネットワークが評価に参加したのか

Market Infrastructure Toolkitの開発・フィードバックには、

  • Arc designed by Circle

  • Base

  • HSBC Orion

  • Kinexys by J.P. Morgan

  • Prividium by Matter Labs

などが関与しています。

これは、許可型の銀行ネットワークだけでなく、公開チェーンや公開技術を利用する機関投資家向け基盤も、同じ評価フレームワークの対象になり得ることを示しています。

GL1が「一つの許可型チェーン」を作る構想であれば、BaseやArcを評価対象に含める必要はありません。

現在の方向性は、異なる技術のネットワークを排除せず、金融インフラとして必要な共通条件を確認するものです。


プログラマブル・コンプライアンス

トークン化金融では、資産と支払いが自動的に動きます。

しかし、取引速度だけを上げ、コンプライアンスを従来どおり人手で行えば、自動処理は途中で止まります。

例えばクロスボーダー取引では、

  • 顧客が適格か

  • ウォレットが許可されているか

  • 制裁対象でないか

  • 資本規制に違反しないか

  • 取引限度額を超えていないか

  • 必要な送金情報があるか

  • 資産を保有できる法域か

を確認します。

GL1は、こうした規制・ポリシー要件を機械可読な形にし、取引実行前または実行時に自動確認するProgrammable Complianceを検討しています。

2026年6月には、

  • Programmable Compliance White Paper

  • Programmable Compliance Toolkit v1.0

が公表されました。

対象にはAMLや資本移動管理など、取引時に自動確認・執行する政策要件が含まれます。


コンプライアンスをコード化するとは何か

プログラマブル・コンプライアンスは、法律の文章をそのままスマートコントラクトへ書き込むことではありません。

概念的には、次のような部品へ分けます。

Identity

取引者が誰か、どの資格を持つかを確認します。

  • 金融機関

  • 機関投資家

  • 適格投資家

  • 特定法域の居住者

  • KYC完了者

などです。

Policy

どの取引を許可・禁止するかを定義します。

  • 国別規制

  • 資産別保有制限

  • 金額上限

  • 制裁

  • 資本移動規制

  • 投資家区分

などです。

Credential

本人確認や資格確認の結果を、検証可能な証明として提示します。

個人情報そのものを全参加者へ公開するのではなく、「必要な確認を完了している」という証明だけを利用する構成も考えられます。

Transaction Control

取引実行時に資格とポリシーを確認し、

  • 許可

  • 拒否

  • 追加確認

  • 保留

を判断します。

Audit

どの規則に基づき、どの証明を確認して取引を実行したかを記録します。

この構造が標準化されれば、金融機関はネットワークごとにゼロからコンプライアンス機能を構築する必要がなくなります。


Guardianとの違い

Project GuardianとGL1は、密接に関係しています。

しかし役割は異なります。

Project Guardian

  • ファンド、債券、FXなどのユースケース

  • トークン化による業務効率化

  • 金融商品の標準化

  • 実証・商用ネットワーク形成

GL1

  • ユースケースを載せる金融ネットワークの要件

  • 法的根拠

  • ガバナンス

  • 決済ファイナリティ

  • 相互運用

  • コンプライアンス

  • 運用耐性

整理すると、

Guardianは、オンチェーン金融で何を取引するかを検証する。

GL1は、その取引を載せるネットワークが何を満たすべきかを定める。


Appiaとの違い

ECBのAppiaも、トークン化金融市場の長期設計を行います。

ただし対象範囲が異なります。

Appia

  • 欧州金融市場が対象

  • 中央銀行マネー

  • TARGET Services

  • 欧州の証券・担保・市場インフラ

  • 欧州の戦略的自律性

  • 将来のEuropean Shared Ledger

GL1

  • 複数法域で利用できる共通原則

  • 特定地域・特定チェーンに限定しない

  • 複数の民間・公共ネットワークを対象

  • ネットワーク評価と実装テンプレート

  • 国際的な相互運用

Appiaは、欧州がどの金融市場を作るかを設計します。

GL1は、世界の異なる市場インフラが互いに接続できるための共通要件を作ります。


GL1が解かなければならない問題

1.任意規格にとどまる可能性

標準を作っても、金融機関やネットワークに採用する義務はありません。

主要ネットワークが別の規格を採用すれば、GL1自体が一つの規格群にとどまる可能性があります。

2.各国規制の違い

AML、証券規制、個人情報、資本規制は国ごとに異なります。

共通テンプレートを作れても、最終的な判断は各法域に残ります。

3.相互運用の法的効果

トークンを技術的に別ネットワークへ移せても、法的権利が同時に移転するとは限りません。

  • 二重発行

  • 発行総額

  • 凍結権限

  • 償還

  • 破綻時の権利

をネットワーク間で維持する必要があります。

4.誰が標準を管理するか

標準の変更、参加者、知的財産、監査人、認証制度を誰が管理するかが必要です。

5.公開基盤と銀行統制の両立

公開チェーンは接続性に優れますが、

  • 取引データ

  • Gas

  • ガバナンス

  • フォーク

  • バリデーター

  • 緊急停止

について銀行が完全に統制できない可能性があります。

6.チェックリスト化の限界

Toolkitの項目を満たすことと、実際の危機時に安全に運用できることは同じではありません。

運用実績、障害試験、法的判断、監督が必要です。


Global Layer Oneが示したこと

GL1の最大の意味は、新しいブロックチェーンを作ったことではありません。

むしろ、オンチェーン金融の競争軸が、チェーンの処理速度や技術機能だけではなくなったことを示しています。

金融機関が必要としているのは、

  • 法的確実性

  • 決済ファイナリティ

  • ガバナンス

  • プライバシー

  • 相互運用

  • コンプライアンス

  • 障害対応

  • 監査可能性

を備えた市場インフラです。

そして、これらは一社の技術だけでは決まりません。

金融機関、中央銀行、規制当局、ネットワーク運営者、監査法人、法律家が共通の基準を作る必要があります。

タイトルの問いへの答えは、次のようになります。

世界共通の一つの金融ブロックチェーンを作ることは難しい。
しかし、異なる金融ネットワークが守るべき道路規格を共通化することはできる。

GL1は、オンチェーン金融の標準化が、

「同じチェーンを使うこと」から、「異なるチェーンでも同じ信頼要件を満たすこと」

へ移っていることを示しています。



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