見出し画像

【世界のオンチェーンプロジェクト File.007】 Great British Tokenised Deposits

英国の銀行預金は、オンライン詐欺を減らせるか

「送金してから取り戻す」のではなく、「条件を満たすまで支払わない」銀行マネー

最終更新:2026年8月

オンラインマーケットで商品を見つけ、売り手へ銀行送金する。

売り手は「入金を確認したら発送する」と説明している。しかし、送金後に連絡が途絶え、商品も届かない。

これは、英国で大きな問題となっているAuthorised Push Payment fraud、APP詐欺の典型例です。

APP詐欺とは、犯罪者が被害者を欺き、被害者自身に銀行送金を実行させる詐欺です。取引操作そのものは本人が承認しているため、盗まれたカード番号を使う不正決済とは構造が異なります。

UK Financeによると、2025年のAPP詐欺被害額は5億7,640万ポンド、件数は24万8,070件でした。購入詐欺は全APP詐欺件数の71%を占め、被害額は1億1,810万ポンドに達しています。APP詐欺の66%はオンライン上で始まりました。

英国の銀行業界が、この問題に対して試そうとしているのが、Great British Tokenised Deposits、GBTDです。

GBTDは、ポンド建て銀行預金をトークン化し、支払い条件をプログラムによって制御します。

オンライン取引で考えるなら、

買い手が送金した瞬間に売り手へ資金を渡すのではなく、
資金をいったんロックし、商品が届いたことを確認してから支払いを確定する

仕組みです。

しかし、ここで重要なのは、単にブロックチェーンを使うから詐欺が減るわけではないということです。

GBTDが試しているのは、

  • 銀行預金

  • 売買条件

  • 本人確認

  • 商品の受渡し

  • 支払いの確定

  • 取消し・返金

を、一つの取引フローとして結び付けることです。

問いは、

銀行預金をプログラマブルにすれば、詐欺被害が発生した後に補償する仕組みから、被害が発生する前に支払いを止める仕組みへ移れるか

です。


Project Card

正式名称
Great British Tokenised Deposits:GBTD

主催者
UK Finance

開始時期
2025年9月にライブ・パイロットを発表

参加金融機関

  • Barclays

  • HSBC

  • Lloyds Banking Group

  • Monzo

  • NatWest

  • Nationwide

  • Santander

支援企業

  • Quant:技術基盤

  • EY:事業・プロジェクト支援

  • Linklaters:法務支援

対象となるマネー
ポンド建てのトークン化商業銀行預金

主なユースケース

  1. オンラインマーケットにおける個人間決済

  2. 住宅ローン借換え

  3. デジタル資産・債券の決済

現在の段階
実価値を使った複数銀行参加型パイロット

関連プロジェクト

  • UK Regulated Liability Network:RLN

  • Bank of England Synchronisation Lab

  • Digital Securities Sandbox

  • デジタル国債DIGIT

UK Financeは、GBTDを英国初のトークン化ポンド預金によるライブ取引を実現する共同パイロットと説明しています。トークン化預金を自前で発行できない金融機関も参加できるよう、Tokenisation-as-a-Serviceも提供する方針です。


GBTDは、どこから生まれたのか

GBTDは、突然始まったプロジェクトではありません。

その前身は、UK Regulated Liability Network、英国RLNです。

RLNは、中央銀行マネー、商業銀行預金、電子マネーなど、規制された複数の負債を共通のプラットフォーム上で扱う構想として検討されてきました。

2024年の実験では、次の三つのユースケースが対象になりました。

  • 商品到着時に支払うオンライン購入

  • 住宅購入

  • デジタル債券決済

この段階では、模擬取引を使い、技術、事業性、法律構成を検証していました。参加者は、Barclays、Citi、HSBC、Lloyds、NatWest、Nationwide、Santander、Standard Charteredなど11社でした。

実験の結果、UK Financeは、共有プラットフォームとスマートコントラクトによって、支払資金をロックし、商品やサービスの受領などの条件が成立した場合にだけ解放することで、APP詐欺を減らせる可能性があると整理しました。

GBTDは、このRLNを次の段階へ進めたものです。

整理すると、

RLN:共通基盤の技術・法務・事業性を模擬環境で検証する
GBTD:実際の銀行預金をトークン化し、ライブ取引で検証する

という関係です。

名称がRLNからGBTDへ変わったことにも意味があります。

RLNは、中央銀行マネーを含む複数の規制負債を扱う広い構想でした。

一方、GBTDは対象を、現実の経済で最も広く使われている商業銀行預金へ絞っています。


トークン化預金とは何か

GBTDで利用するのは、暗号資産でも、中央銀行デジタル通貨でもありません。

銀行が顧客に対して負っているポンド建て預金債務を、プログラムから利用可能なデジタル記録として表現したものです。

通常の銀行預金では、残高は銀行の勘定系に記録されています。

トークン化預金では、その預金を、

  • 移転する

  • ロックする

  • 条件成立後に解放する

  • 償還する

  • 別の資産と同時に交換する

といった処理をプログラムから制御できるようにします。

UK Financeは、GBTDのトークン化預金について、従来のポンド建て商業銀行マネーのデジタル表現であり、通常の預金が持つ信頼と規制上の保護を維持すると説明しています。

ただし、銀行が異なれば、預金の法的債務者も異なります。

Barclaysの1ポンドはBarclaysに対する預金債権です。

HSBCの1ポンドはHSBCに対する預金債権です。

同じポンド建てであっても、法的には同じ負債ではありません。

したがって、複数銀行が参加するGBTDには、

  • どの銀行が発行した預金か

  • 別の銀行の預金とどう交換するか

  • 額面どおり1対1で利用できるか

  • 銀行間の資金をどう決済するか

  • 発行・消却をどう同期するか

という問題があります。

GBTDの難しさは、トークンを作ることではありません。

異なる銀行の預金を、同じ1ポンドとして安心して利用できる状態を維持すること

です。


オンライン購入詐欺は、なぜ起きるのか

現在の銀行送金は、原則として「支払指図」と「売買契約」を別々に扱います。

買い手が銀行へ送金を指示すると、銀行が確認するのは主に、

  • 送金人の認証

  • 残高

  • 送金先口座

  • AML・制裁

  • 不正利用の兆候

です。

銀行は通常、

  • 本当に商品が存在するか

  • 売り手が発送したか

  • 商品説明と現物が一致するか

  • 買い手が受け取ったか

までは確認しません。

つまり、銀行送金が正しく実行されたことと、売買契約が正しく履行されたことは別です。

Confirmation of Payeeによって、入力した受取人名と口座名義が一致するかを確認することはできます。

しかし、

口座名義が正しいことと、相手が約束どおり商品を送ることは同じではありません。

APP詐欺では、本人が支払いを承認しているため、取引が一度確定すると、資金回収は容易ではありません。

英国では2024年10月から、対象となるFaster PaymentsとCHAPSのAPP詐欺について、原則として金融機関が被害者へ補償する制度が始まりました。補償上限は8万5,000ポンドで、2025年末までの15か月間には対象損失額の89%、2億4,300万ポンドが被害者へ返還されています。

これは被害者保護として重要です。

しかし、補償は基本的に被害発生後の仕組みです。

GBTDが目指すのは、その前段階です。


GBTDは支払いをどう変えるのか

GBTDの前身となるRLN実験では、Payment upon Delivery、商品到着時支払いが検証されました。

概念的な処理は、次のようになります。

Step 1|商品と売り手を確認する

買い手がオンラインマーケットで商品を選びます。

市場運営者または連携する本人確認サービスが、

  • 売り手の本人情報

  • 銀行口座

  • 商品情報

  • 取引履歴

  • 必要な認証情報

を確認します。

Step 2|買い手が支払いを承認する

買い手は、自分の銀行口座から支払うことを承認します。

ただし、この時点では売り手へ資金を渡しません。

Step 3|預金をトークン化し、ロックする

買い手の銀行は、必要な金額について、

  • 既存預金を利用不能にする

  • 対応する預金トークンを発行する

  • スマートコントラクトにロックする

などの処理を行います。

売り手から見れば、買い手が支払可能な資金を確保済みであることを確認できます。

買い手は勝手に資金を取り戻せず、売り手も条件成立前には受け取れません。

Step 4|商品を発送する

売り手が商品を発送します。

配送事業者の追跡情報、マーケット運営者の情報、買い手の受領確認などが取引へ関連付けられます。

Step 5|条件成立を確認する

あらかじめ決めた条件を確認します。

例えば、

  • 配送事業者が配達完了を通知した

  • 買い手が受領ボタンを押した

  • 一定期間、異議申立てがなかった

  • 本人確認済みの受取人へ引き渡された

といった条件です。

Step 6|売り手へ預金を移転する

条件が成立すると、ロックされたトークン化預金を売り手側へ移転します。

買い手と売り手が異なる銀行を利用している場合は、

  • 買い手銀行の預金の減額

  • 銀行間決済

  • 売り手銀行での預金の発生

を同期する必要があります。

Step 7|不成立時は返金・紛争処理へ進む

商品が発送されない、取引が取り消された、期限内に条件が成立しない場合は、資金を買い手へ戻します。

商品の品質や説明との相違について争いがある場合は、自動処理ではなく紛争解決へ移します。

この構造の経済的な機能は、エスクローに近いものです。

ただしGBTDでは、別の民間事業者が預り金を管理するのではなく、規制された銀行預金を銀行業界の共通基盤上で条件付きにすることが狙いです。


どの詐欺を減らせるのか

GBTDが効果を発揮しやすいのは、支払いと売買条件の時間差を悪用する詐欺です。

商品を送らない売り手

売り手が商品を発送しなければ、支払条件が成立しません。

資金がロックされたまま期限を迎え、買い手へ戻される設計にできます。

存在しない商品を販売する売り手

商品情報、売り手ID、配送情報を支払条件へ組み込めば、単なる口座番号だけで支払いを成立させるより、詐欺のハードルを上げられます。

支払能力のない買い手

売り手は、発送前に買い手の資金がロック済みであることを確認できます。

これにより、商品を渡したのに支払われないリスクも減らせます。

別人を装う売り手

デジタルIDや認証済みの資格情報を組み合わせることで、売り手の本人確認を支払処理へ接続できます。

RLNの関連ハッカソンでは、Companies Houseの企業情報、運転免許証、パスポートなどを使い、事業者や個人の本人性を確認する案も検討されました。


すべてのオンライン詐欺を防げるわけではない

タイトルの問いに対する答えは、

一部の購入詐欺を減らせる可能性は高い。
しかし、トークン化預金だけですべての詐欺を防ぐことはできない。

です。

商品の品質は台帳だけでは判断できない

配送事業者が「配達完了」と通知しても、中身が空箱だった可能性があります。

注文した商品と異なるものが入っている場合もあります。

ブロックチェーンは、入力された情報を正確に処理できますが、現実世界の情報が正しいことまでは保証しません。

買い手と売り手の紛争は残る

「商品説明と違う」「傷がある」「買い手が故意に受領を否定している」といった問題は、単純な自動判定には向きません。

紛争処理、証拠提出、第三者判断が必要です。

配送情報自体が不正な可能性がある

偽の追跡番号、誤った配達情報、関係者の共謀があれば、条件判定も誤ります。

外部情報をスマートコントラクトへ伝えるオラクルの信頼性が必要です。

アカウント乗っ取りは別の問題

犯罪者が買い手本人の銀行アプリやマーケットアカウントを乗っ取れば、正規の認証情報で取引を開始する可能性があります。

認証、端末管理、行動分析は引き続き必要です。

被害者を説得して条件を承認させる詐欺もある

犯罪者が被害者を誘導し、「商品を受け取った」と虚偽の操作をさせれば、プログラムは条件が成立したと判断する可能性があります。

プログラマビリティは、人間の判断ミスや心理的操作を完全には取り除きません。


本当に重要なのは、ブロックチェーンではなく「支払状態」

通常の銀行送金には、非常に単純な状態しかありません。

  • 未送金

  • 送金済み

  • 入金済み

GBTDでは、より細かな状態を扱えます。

  • 本人確認待ち

  • 支払承認済み

  • 資金確保済み

  • 資金ロック済み

  • 発送待ち

  • 配送中

  • 到着確認待ち

  • 異議申立て期間

  • 支払確定

  • 返金

  • 紛争処理中

この状態管理によって、

「銀行口座から資金が出たら取引終了」

という現在の決済を、

「売買契約の進行に合わせて、資金の利用可能性を段階的に変える」

仕組みへ変えられます。

Bank of England総裁Andrew Baileyは、トークン化とプログラマビリティによって、商品提供や本人確認を支払い条件にでき、支払いの確認を事後から事前へ移せる可能性を指摘しています。

GBTDの核心は、預金を見栄えの違うトークンへ変えることではありません。

預金に状態と条件を持たせることです。


カード決済やエスクローでは足りないのか

同じ問題は、既存の仕組みでも一定程度解決できます。

クレジットカード

カード決済には、加盟店審査、オーソリ、チャージバックなどの仕組みがあります。

消費者保護も比較的強く、商品が届かなければ支払いを争える場合があります。

一方で、

  • 個人間取引では利用しにくい

  • 加盟店契約が必要

  • 手数料が発生する

  • 売り手への精算に時間差がある

  • 銀行預金と商品引渡しを直接同期するものではない

という違いがあります。

エスクロー

エスクローでは、第三者が資金を一時的に預かり、条件成立後に売り手へ支払います。

GBTDと機能的には近い仕組みです。

違いは、GBTDがエスクローを一つの事業者の個別サービスとしてではなく、

  • 複数銀行

  • 複数マーケット

  • 銀行預金

  • デジタルID

  • 配送情報

  • スマートコントラクト

を接続する共通金融インフラとして提供しようとしている点です。

APP詐欺補償制度

補償制度は被害者を救済します。

しかし、金融機関が被害額を負担しても、犯罪者へ資金が渡った事実は変わりません。

GBTDは、資金が犯罪者へ渡る前に止めることを目指します。

したがって、GBTDは既存制度をすべて置き換えるものではなく、

本人確認、支払条件、補償、紛争処理を組み合わせた多層的な詐欺対策

の一部と考えるべきです。


複数銀行の預金をどうつなぐのか

GBTDには英国の大手銀行と住宅金融組合が参加しています。

買い手と売り手が同じ銀行を利用するとは限りません。

そこで必要になるのが、銀行間のオーケストレーションです。

オーケストレーションとは、複数の銀行台帳と外部システムの処理順序・状態を調整することです。

GBTDの技術提供者であるQuantは、基盤が銀行台帳、RTGS、Faster Payments、Open Banking、トークン化預金基盤の間を接続し、プログラマブルな支払いを調整すると説明しています。

概念的には、

  1. 買い手銀行で資金を確保する

  2. 取引条件を共有基盤へ登録する

  3. 商品受渡しを確認する

  4. 銀行間の支払義務を成立させる

  5. 買い手銀行側の預金を減額する

  6. 売り手銀行側の預金を増額する

  7. 銀行間資金を決済する

という処理が必要です。

Quantは2026年、GBTDで二つの口座モデルをライブテストしたと説明しています。

Mirror Model

勘定系を正本として維持し、預金トークンを1対1で同期する方式です。

既存の銀行帳簿を中心にしながら、オンチェーン処理を加えます。

Omnibus Model

一つのプール口座を裏付けとしてトークンを発行し、トークン台帳を個別残高の中心とする方式です。

大量の利用者へ提供しやすい一方、プール口座と個別トークンの整合、顧客資産管理、障害時復旧が重要になります。

これは技術提供者による説明であり、UK Financeの最終報告として確定した標準モデルではありません。ただし、GBTDが単に一種類のトークンを試すのではなく、銀行勘定系とトークン台帳の正本関係まで検証していることを示します。


Tokenisation-as-a-Serviceの意味

大手銀行は、自行でトークン化預金基盤を構築できるかもしれません。

しかし、英国には多数の中小銀行、住宅金融組合、決済事業者があります。

すべての金融機関が、

  • DLTノード

  • スマートコントラクト

  • ウォレット

  • 鍵管理

  • トークン発行

  • 状態管理

  • 監査

  • 24時間運用

を個別に整備するのは現実的ではありません。

そこでGBTDは、独自のトークン化機能を持たない組織も参加できるTokenisation-as-a-Serviceを提供します。

これは、GBTDを「大手7行だけの共同商品」ではなく、英国の銀行マネー全体を対象とする共通参加基盤へ拡張するための設計です。

ただし、サービスを共通化するほど、

  • 誰が基盤を運営するか

  • 誰が障害責任を負うか

  • 各銀行がどこまで制御できるか

  • 顧客データをどこへ置くか

  • 特定ベンダーへ依存しないか

というガバナンスの問題が大きくなります。


オンライン詐欺だけのプロジェクトではない

GBTDには、オンラインマーケット以外に二つのユースケースがあります。

住宅ローン借換え

住宅ローンの借換えでは、

  • 旧金融機関への返済

  • 新金融機関からの融資

  • 土地登記

  • 抵当権の解除・設定

  • 弁護士・コンベヤンサーの確認

  • 顧客への差額支払い

が連続します。

資金、抵当権、登記の状態を同期し、すべての条件が成立した場合にだけ支払いを実行すれば、処理時間と詐欺リスクを減らせる可能性があります。

デジタル資産・債券の決済

トークン化債券を売買する場合、債券と資金を同時に移転するDvPが必要です。

GBTDは、トークン化預金をデジタル資産取引のキャッシュレッグとして利用します。

GBTDはBank of EnglandのSynchronisation Labにも参加しており、債券または英国国債の決済とGBTDのオーケストレーション層を接続する検証を行っています。Synchronisation Labは実資金を使わない試験環境であり、中央銀行の新しいRT2と外部資産台帳を同期する将来機能を検証するものです。

Bank of Englandは、この同期決済機能を2028年に本番提供する目標を示しています。


三つのユースケースに共通する構造

オンライン購入、住宅ローン、債券決済は、まったく異なる業務に見えます。

しかし、構造は共通しています。

オンライン購入

商品預金を同期する。

住宅ローン

不動産・登記・抵当権預金を同期する。

デジタル債券

証券預金を同期する。

共通するのは、

資産または権利が移転した場合にだけ、銀行預金を移転する

という条件付き決済です。

GBTDが本当に検証しているのは、個別の三つのサービスではありません。

銀行預金を、外部の資産・契約・業務イベントと同期できる汎用決済資産へ変えられるかです。


法律上の問題

スマートコントラクトが「配達完了」と判定しても、それだけで法律上すべての紛争が解決するわけではありません。

少なくとも、次の事項を決める必要があります。

  • 預金トークンの法的性質

  • 預金債権が成立・消滅する時点

  • 資金ロック中の預金者の権利

  • ロック資金に利息が付くか

  • 発行銀行が破綻した場合の扱い

  • スマートコントラクトと売買契約の優先関係

  • 配送情報を提供する者の責任

  • 取引を取り消せる条件

  • 民事上の紛争と詐欺の区別

  • 個人情報の共有範囲

  • マーケット運営者の責任

特に重要なのが、商品未着と民事紛争の違いです。

商品がまったく届かなければ、比較的明確に条件不成立と判断できます。

しかし、品質、傷、説明との相違については、単純なコードだけでは判断できません。

プログラムによる自動処理と、人間による紛争解決を切り分ける必要があります。


GBTDが証明しようとしていること

GBTDのパイロットでは、少なくとも次の点が問われます。

1.実際の銀行預金をトークン化できるか

模擬トークンではなく、銀行の帳簿と対応する実価値のポンド預金を安全に発行・消却できるか。

2.複数銀行間で利用できるか

異なる銀行の預金債権を維持しながら、買い手銀行から売り手銀行への支払いを一つの取引として処理できるか。

3.支払条件を確実に執行できるか

商品の受渡し、本人確認、期限、取消しなどの条件を正しく判定し、資金をロック・解放できるか。

4.既存システムと接続できるか

勘定系、Faster Payments、RTGS、Open Banking、外部資産台帳との整合を維持できるか。

5.利用者にとって分かりやすいか

利用者が、

  • 資金がどこにあるか

  • いつ支払われるか

  • どう取り消すか

  • 問題時に誰へ問い合わせるか

を理解できなければ、技術的に動いても普及しません。

6.商用モデルが成立するか

詐欺損失や事務コストの削減が、基盤開発、本人確認、配送連携、24時間運用の費用を上回るかを確認する必要があります。


現在地を過大評価しない

UK Financeの公開ページは、GBTDを英国初のライブなトークン化預金取引を行うパイロットと位置付け、実施期間を2026年半ばまでと説明しています。一方、2026年8月時点で、三つのユースケースについて、取引件数、詐欺削減率、コスト、障害結果などをまとめた最終報告書は、同ページ上ではまだ公表されていません。

したがって、

「GBTDによってオンライン詐欺が減った」

と結論づける段階ではありません。

現時点で正確に言えるのは、

英国の主要銀行が、実際の銀行預金を条件付きにし、商品到着と支払いを同期することで、購入詐欺を事前に防ぐ仕組みをライブ環境で検証している

ということです。


Great British Tokenised Depositsが示したこと

GBTDが興味深いのは、トークン化預金を銀行間決済や証券決済だけの技術にとどめていない点です。

一般消費者がオンラインで商品を購入するという、日常的な問題を対象にしています。

そして、その問題を、

  • より速く送金する

  • より強い警告を表示する

  • 被害後に補償する

だけで解こうとしているのではありません。

支払いと契約履行を分離しない

という、取引構造そのものの変更を試しています。

商品が届くまで資金を動かさない。

売り手には、資金が確保されていることを保証する。

条件が成立すれば、自動的かつ確実に支払う。

成立しなければ、資金を戻す。

この構造が実現すれば、銀行預金は単なる残高ではなく、

誰に、いつ、どの条件で支払えるかを持つプログラマブルな権利

になります。

しかし、詐欺を減らすのはブロックチェーンそのものではありません。

本人確認、配送情報、取引条件、銀行間決済、紛争処理を正しく結び付けた場合にだけ効果が生まれます。

タイトルの問いへの答えは、こうなります。

英国の銀行預金は、オンライン詐欺を減らせる可能性がある。
ただし、それは預金をトークンに変えるからではない。
「支払ってから確認する」を、「確認してから支払う」へ変えるからである。


次回予告

次回のProject Fileでは、香港のProject Ensemble/EnsembleTXを取り上げます。

英国のGBTDが、消費者の購入、住宅取引、債券決済を一つの共通基盤で検証しているのに対し、香港はトークン化預金とトークン化資産を組み合わせ、管理された環境で実価値取引へ進んでいます。

  • トークン化預金でトークン化MMFをどう決済するのか

  • 複数銀行の預金を共通基盤でどう扱うのか

  • 実証環境から実取引環境へ何を変えたのか

  • 香港ドルのホールセール・デジタルマネーはどこに位置付くのか

を読み解きます。



主な参照資料

  • UK Finance, Delivering tokenised sterling deposits – the Great British Tokenised Deposit initiative.

  • UK Finance, UK Finance announces live pilot phase to deliver tokenised sterling deposits.

  • UK Finance, Regulated Liability Network Experimentation Phase – Final Reports.

  • UK Finance, The launch of the RLN Experimentation Phase reports.

  • Bank of England, Synchronisation Lab.

  • Payment Systems Regulator, APP scams reimbursement dashboard for Q4 2025.

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集