【世界のオンチェーンプロジェクト File.005】ECB Pontes/Appia
「橋」を先に架け、「道路網」を後から設計する
欧州が中央銀行マネー決済を二段階で実装する理由
最終更新:2026年8月
前回取り上げたProject Agoráは、商業銀行預金と中央銀行準備をプログラマブルな基盤で結び、複数通貨・複数法域にまたがる支払いをアトミックに決済する構想でした。
欧州中央銀行、ECBが進めるPontesとAppiaも、トークン化された金融取引を中央銀行マネーで安全に決済することを目指しています。
ただし、進め方はAgoráとは異なります。
ECBは、最初から欧州全体を新しい共通台帳へ移行しようとはしていません。
まずPontesによって、
市場で使われているDLT基盤と、既存の中央銀行決済インフラであるTARGET Servicesを接続する
短期的な仕組みを提供します。
その運用経験を踏まえながら、Appiaによって、
資産の発行、取引、決済、カストディ、担保、中央銀行マネーまでを含む、欧州全体のトークン化金融市場
を長期的に設計します。
Pontesはラテン語で「橋」を意味し、Appiaは古代ローマの街道Via Appiaに由来します。ECB自身も、Pontesを既存インフラとDLTを結ぶ橋、Appiaを欧州のトークン化金融市場へ続く道として説明しています。
欧州の戦略を一言で表すなら、
橋を先に架け、市場を止めずに利用を始める。
その間に、将来の道路網を市場参加者と設計する。
という二段階戦略です。
Project Card
Pontes
正式名称
Pontes
運営主体
Eurosystem
ECBおよびユーロ圏各国中央銀行
目的
市場のDLT基盤とTARGET Servicesを接続し、DLT上のホールセール金融取引を中央銀行マネーで決済する
対象取引
トークン化証券のDvP
DLT上のホールセール資金決済
条件付き決済
複数基盤をまたぐ同期決済
決済資産
中央銀行マネー
現在の段階
2026年第3四半期の初期提供に向けたテスト・参加者オンボーディング
特徴
市場DLTと既存TARGET Servicesを接続
DLT上のキャッシュトークンとT2決済の二方式
T2に法的ファイナリティを置く
Hash-Linkを用いた同期決済
段階的に機能を拡張
Pontesの初期提供は2026年第3四半期に予定されています。2026年7月には稼働準備に関する説明会が開催され、利用者テストは同年8月に開始する計画が示されました。
Appia
正式名称
Appia
運営主体
Eurosystem
目的
欧州の長期的なトークン化ホールセール金融市場の設計
検討対象
欧州共通のDLT基盤
複数の相互接続DLT基盤
トークン化中央銀行マネー
民間決済資産
証券・ファンド・担保
金融政策と担保管理
クロスボーダー接続
法規制・ガバナンス
現在の段階
市場・公共部門との分析、実験、標準化
成果物
2028年に欧州トークン化金融市場のBlueprintを公表予定
Appiaは特定システムの名称ではなく、将来の欧州金融市場を設計するためのロードマップです。2026年3月にロードマップが公表され、2028年までに長期構想をBlueprintとしてまとめる計画です。
なぜ二つのプロジェクトが必要なのか
トークン化証券やファンドをDLT上で発行しても、その代金を中央銀行マネーで支払えなければ、取引全体はオンチェーンで完結しません。
例えば、DLT上で債券を売買する場合、次の二つのレッグがあります。
証券を買い手へ渡す証券レッグ
買い手が売り手へ資金を渡すキャッシュレッグ
証券だけをDLT上で動かし、資金側を後から通常の銀行送金で処理すると、二つの処理の間に時間差が生じます。
そこで必要になるのがDvP、Delivery versus Paymentです。
DvPは、
証券が移転する場合にだけ資金を移転し、資金が移転する場合にだけ証券を移転する
という同時決済です。
欧州ではすでに複数の金融機関、市場インフラ、フィンテックが、それぞれ異なるDLT基盤を構築しています。
しかし、すべての市場参加者が同じDLTを利用しているわけではありません。
この状況で中央銀行が「将来の理想的な共通基盤が完成するまで待つ」と判断すれば、市場側のトークン化は先に進み、中央銀行マネーの提供が追いつかなくなります。
逆に、一つのDLTへ早期に統一すれば、技術や市場の将来を誤って固定する可能性があります。
そのためECBは、
現在の市場基盤を使いながら決済を可能にするPontes
将来の統合市場を設計するAppia
を並行して進めています。
Pontesの前に何が行われたのか
Pontesは、ゼロから設計されたプロジェクトではありません。
Eurosystemは2024年5月から11月にかけて、DLT上の金融取引を中央銀行マネーで決済する探索的作業を行いました。
この取組には中央銀行、金融機関、DLT基盤運営者など64の参加者が関与し、50件を超える試験・実験が実施されました。
実資金を使ったTrialsと、模擬取引を使ったExperimentsの両方が行われています。
探索的作業では、三つの相互運用方式が提供されました。
1.Trigger Solution
ドイツ連邦銀行が提供した方式です。
市場のDLT基盤からトリガーを送り、既存のT2で中央銀行マネー決済を実行します。
資産はDLT、資金はT2に置かれます。
両方の処理を連携させ、証券と資金の移転を同期します。
2.TIPS Hash-Link
イタリア銀行が提供した方式です。
市場DLTと、TIPSを基礎とする中央銀行決済環境をHash-Linkで接続します。
Hash-Linkは、一方の取引結果をハッシュ値として他方へ伝え、異なる基盤間の処理を同期する技術です。
3.Full DLT Interoperability Solution
フランス銀行が提供したDL3Sです。
Eurosystemが運営するDLT上に、中央銀行マネーを表すキャッシュトークンを置き、市場DLTとの間でDvPを実行します。
これらの試験を通じ、異なる技術構成でもDLT上の金融取引を中央銀行マネーで決済できることが確認されました。
同時に市場からは、
実証用の三つの方式ではなく、継続して利用できる一つのEurosystemサービスが必要である
という要望が示されました。
Pontesは、三方式の成果を統合した単一のEurosystemソリューションです。
Pontesは何を提供するのか
Pontesの設計は、五つの特徴に整理できます。
1.単一のEurosystemサービス
探索的作業では、三つの中央銀行が異なる方式を提供しました。
Pontesでは、それらを一つのサービスに統合します。
市場参加者は、取引ごとに異なる中央銀行の実験環境を選ぶのではなく、共通の参加条件、運用、法的枠組みの下で利用できるようになります。
2.二つの決済モデル
Pontesでは、中央銀行マネーの決済方法として二つのモデルが用意されます。
DLT上のキャッシュトークン
EurosystemのDLT環境上で、中央銀行マネーを表すキャッシュトークンを使って決済します。
証券と資金の両方をDLT環境で扱えるため、スマートコントラクトとの組合せや自動処理を実装しやすくなります。
T2での決済
市場のDLT基盤から決済指図を送り、既存のRTGSであるT2で中央銀行マネーを移転します。
証券は市場DLT上、資金はT2上に残ります。
Pontesは、この二つを一つのEurosystemサービスとして提供する計画です。
3.ファイナリティはT2にアンカーする
Pontesの法的な決済ファイナリティは、T2で対応する中央銀行マネー取引が完了した時点に置かれます。
つまり、DLT上で「成功」と表示されただけではなく、既存の中央銀行決済システム上で資金移転が完了することを最終確定の根拠とします。
これは、Pontesが新技術を導入しながら、既存の法的確実性と中央銀行マネーの安全性を維持しようとする設計です。
4.Hash-Linkによる同期
Pontesは、異なる基盤間でDvPなどのall-or-none決済を実現するためにHash-Linkを利用します。
例えば、証券が市場DLT上にあり、資金がT2にある場合、
証券をロックする
資金決済をT2で実行する
決済結果をHash-Linkで市場DLTへ伝える
証券移転を確定する
という形で処理を同期します。
一方だけが完了する状態を避けることが目的です。
5.TARGET Servicesとの自動接続
Pontesは、DLT上の取引とT2とのやり取りを自動化します。
決済指図、状態確認、完了通知をシステム間で連携し、人による再入力や照合を減らします。
ただし、Pontesが市場のDLT基盤を一つに統合するわけではありません。
複数の市場DLTを、中央銀行決済側から接続可能にする仕組みです。
Pontesの取引フロー
トークン化債券を中央銀行マネーでDvP決済する場合を考えます。
Step 1|売買の約定
買い手と売り手が、市場DLT上でトークン化債券の売買を約定します。
市場DLTは、証券の種類、数量、価格、決済日、買い手、売り手を記録します。
Step 2|証券のロック
売り手のトークン化債券を、他の取引へ利用できない状態にします。
これによって、同じ証券が二重に売却されることを防ぎます。
Step 3|中央銀行マネーの確認
買い手側の決済銀行について、必要な中央銀行マネーが利用可能かを確認します。
資金が不足していれば、取引は決済へ進みません。
Step 4|資金決済
Pontesを通じて、次のいずれかを行います。
Eurosystem DLT上のキャッシュトークンを移転する
T2上で中央銀行マネーを移転する
Step 5|Hash-Linkによる結果連携
中央銀行マネーの決済結果を、市場DLTへ連携します。
Step 6|証券移転の確定
資金決済が完了した場合にだけ、トークン化債券を買い手へ移転します。
資金決済が完了しなかった場合は、証券のロックを解除し、取引を不成立にします。
実際の取引フロー、タイムアウト、取消し、障害時処理は各市場DLTやPontesの規則によって具体化されますが、基本構造は、
市場DLT上の資産と、Eurosystemが提供する中央銀行マネーを同期する
ものです。
Pontesが変えるものと、変えないもの
Pontesは欧州の金融市場を一度に置き換えるプロジェクトではありません。
変えるもの
DLT取引の中央銀行マネー決済へのアクセス
市場DLTとT2のシステム接続
DvPの自動処理
取引状態の連携
証券・資金間の照合作業
決済までの処理時間
変えないもの
中央銀行マネーの発行主体
T2の法的役割
金融機関の参加資格
証券の発行者やカストディアン
市場DLTの運営主体
各金融機関の規制・コンプライアンス責任
Pontesは、既存金融を新しいDLTへ移すのではなく、
新しいDLT市場を既存の中央銀行決済へ接続する
プロジェクトです。
誰がPontesを利用できるのか
Pontesの初期提供では、参加者とDLT運営者に一定の資格要件があります。
市場参加者は原則としてT2へのアクセス資格を持つ必要があります。
市場DLTの運営者としては、次のような規制主体が想定されています。
CSD規則に基づく中央証券預託機関
EU DLT Pilot Regimeに基づくDLT決済システム
DLT取引・決済システム
EUまたはEEAの監督対象となる決済システム
EMIRに基づく中央清算機関
銀行、証券会社、市場運営者などの認可金融機関
Pontesは一般のパブリックチェーン利用者が直接アクセスするサービスではなく、規制されたホールセール金融市場向けのインフラです。
なぜPontesだけでは足りないのか
Pontesが提供するのは、主として相互運用です。
市場DLTと中央銀行の既存決済インフラを橋でつなぎます。
しかし、市場ごとに異なるDLTが増え続ければ、次の問題は残ります。
証券の形式が異なる
スマートコントラクトの仕様が異なる
ウォレットや参加者IDが異なる
各基盤に流動性が分散する
担保を別のDLTへ移せない
同じ証券を複数市場で利用できない
取引規則と法的構成が異なる
接続先が増えるほど個別接続が増える
Pontesは分断された市場を接続できますが、分断そのものを解消するとは限りません。
そこで必要になるのがAppiaです。
Appiaは何を作るのか
Appiaは、現時点で特定のシステムを構築するプロジェクトではありません。
欧州の将来のトークン化金融市場について、
どのようなネットワーク構造にするか
誰がインフラを運営するか
中央銀行マネーをどこに置くか
民間マネーをどう扱うか
証券・担保をどう移転するか
既存のTARGET Servicesをどう変えるか
欧州域外の市場とどう接続するか
を設計するプロジェクトです。
Appiaが対象とする範囲は、中央銀行マネーの決済だけではありません。
資産のライフサイクル全体を含みます。
発行
取引
清算
決済
カストディ
利払い・償還
担保管理
金融政策オペレーション
ECBは、DLTによってこれらを同一または相互接続された基盤上で処理し、照合を減らし、スマートコントラクトによる自動化を実現できる可能性を示しています。
一つの共通台帳か、複数ネットワークか
Appiaで最も重要な検討テーマの一つが、将来の欧州市場のネットワーク構造です。
ECBは、まだ一つの答えを決めていません。
選択肢1|European Shared Ledger
欧州の市場参加者が利用する一つの共通DLT基盤を作る構想です。
この基盤上に、
中央銀行マネー
トークン化預金
ステーブルコイン
証券
ファンド
担保
決済・カストディサービス
を配置します。
利点
資産と流動性が分断されにくい
個別接続が減る
DvP・PvPを実装しやすい
共通のデータ形式を使える
市場参加者が同じ基盤へアクセスできる
課題
一つの基盤への依存が大きい
運営主体の権限が強くなる
ガバナンスが複雑になる
技術選択を長期固定する可能性がある
インフラ間競争が失われる
一つのShared Ledgerを採用した場合、競争はネットワークそのものではなく、その上で提供される金融サービスの品質と価格を中心に行われます。
選択肢2|相互接続された複数DLT
複数の市場DLTを維持し、標準化された相互運用技術で接続する構想です。
利点
技術・運営主体を選択できる
障害時の冗長性を確保できる
ネットワーク間の競争が生まれる
個別市場に適した設計を維持できる
課題
相互運用が複雑になる
資産移転時の法的連続性が必要
流動性が分散する
各DLTの規格を揃える必要がある
クロスチェーン障害が発生し得る
ECBは、一つの共有ネットワークと、複数の相互接続ネットワークの両方を検討対象としています。
Appiaを構成する6つのBuilding Block
Appiaは、将来の金融市場を六つの論点に分けて検討します。
Building Block 1
資産の相互運用と標準化
異なるDLT基盤間で、トークン化証券やファンドを移転できるようにします。
検討対象には、
トークン規格
データ形式
スマートコントラクト仕様
資産移転の法的効果
クロスチェーン技術
発行者による資産管理権限
が含まれます。
単にトークンを別チェーンへコピーするのではなく、移転後も法的権利、発行総額、凍結・償還権限を維持する必要があります。
Building Block 2
金融政策と担保管理
DLT上の資産を、中央銀行の金融政策オペレーションで利用できるかを検討します。
例えば銀行がDLT上の国債を担保として中央銀行へ差し入れ、中央銀行マネーを調達する構造です。
必要になるのは、
担保資格の判定
資産のロック
担保評価
マージン管理
担保の移転
中央銀行による処分権限
外部DLT上の資産に対する統制
です。
トークン化資産が中央銀行担保として利用できれば、その資産の流動性と市場価値を高める可能性があります。
Building Block 3
欧州のトークン化中央銀行マネー基盤
中央銀行マネーを、どのDLT上で、どのような形で提供するかを検討します。
主な論点は、
単一基盤か複数基盤か
Eurosystemが直接運営するか
民間運営基盤へ中央銀行マネーを置くか
Eurosystemがノード・検証者になるか
民間の信頼された主体へ運営を委任するか
証券や民間決済資産と同じ基盤へ置くか
TARGET Servicesとどう共存するか
です。
中央銀行が中央銀行マネーの発行、供給、利用資格、移転、償還を常に制御できることが前提になります。
Building Block 4
国際接続とクロスボーダー取引
欧州のDLT市場を、欧州域外の市場へどのように接続するかを検討します。
接続先としては、
各国中央銀行のDLT基盤
Project Agorá型の共有台帳
国際的な民間ネットワーク
トークン化預金ネットワーク
グローバルなデジタル資産市場
などが想定されます。
クロスボーダー接続では、技術だけでなく、
準拠法
ファイナリティ
AML/CFT
通貨主権
民間ユーロ建てトークンの域外流通
外国中央銀行との役割分担
を整理する必要があります。
Building Block 5
安全で強靱な制度・市場
金融市場の役割が変われば、法律と監督も変わります。
Appiaでは、
金融安定
市場監督
決済システム監督
サイバーセキュリティ
スマートコントラクト障害
DLT運営者の責任
カストディと秘密鍵
破綻時の資産保護
法的ファイナリティ
欧州内の制度調和
を検討します。
DLTによって仲介機能が減る場合でも、法的責任が消えるわけではありません。
誰が取引を止め、誰が障害を復旧し、誰が損失を負担するかを再設計する必要があります。
Building Block 6
実装戦略と既存インフラへの影響
将来構想を、実際にどう導入するかを検討します。
TARGET Servicesを残すのか
一部機能をDLTへ移すのか
市場参加者をどの順番で移行させるか
新旧インフラを何年間並行運用するか
障害時のフォールバックをどうするか
費用を誰が負担するか
既存FMIの役割をどう変えるか
などが対象です。
Appiaは、完成した設計を一度に導入するのではなく、実験、パイロット、段階移行を前提としています。
Appiaが重視する「欧州の戦略的自律性」
Appiaは単なる効率化プロジェクトではありません。
ECBは、欧州の金融市場が外国のインフラ、法律、技術へ過度に依存することを避けるという、戦略的自律性を明確な目的に挙げています。
欧州のトークン化金融市場を支える基盤について、
欧州で運営される
欧州法に従う
欧州当局が監督できる
緊急時に介入できる
特定の外国事業者へ依存しない
技術・人材を欧州内で確保する
ことを重視しています。
これは、パブリックチェーンを全面的に否定するという意味ではありません。
Appiaでは、私設許可型ネットワークと公開型ネットワークの両方を検討対象としています。
ただし、どの基盤を利用する場合でも、中央銀行マネーと金融市場インフラに対するEurosystemの統制を維持できることが条件になります。
トークン化預金とステーブルコインは排除されるのか
Appiaは中央銀行マネーだけの市場を作る構想ではありません。
将来の欧州市場には、
中央銀行マネー
トークン化銀行預金
規制ステーブルコイン
その他の民間決済資産
が共存する可能性があります。
中央銀行マネーの役割は、民間マネーを排除することではなく、
異なる民間マネーを中央銀行マネーへ額面で転換できるという信頼を維持する
ことです。
ECBは、トークン化中央銀行マネーが、トークン化預金やステーブルコインなどの規制された民間決済資産を橋渡しし、マネーの一体性を維持する役割を担うと説明しています。
これは現在の二層型通貨制度を、トークン化市場にも維持する考え方です。
PontesとAppiaは別々に進むのではない
Pontesは短期、Appiaは長期ですが、完全に別のプロジェクトではありません。
Pontesの運用から得られる情報は、Appiaの設計へ反映されます。
例えば、
どのDLT基盤が多く利用されたか
どの資産の決済需要が強いか
Hash-Linkの運用上の課題
T2接続の処理時間
DvPのタイムアウト
参加者の流動性需要
法的契約の課題
などです。
一方、Appiaの分析結果も、Pontesの機能拡張へ段階的に反映されます。
AppiaのBlueprintが2028年に完成するまで何も変更しないのではなく、結論が得られた部分からPontesへ実装していく方針です。
最終的に、拡張されたPontesはAppiaが描く将来のエコシステムの一部になる可能性があります。
Project Agoráとの違い
Pontes/AppiaとProject Agoráは、いずれも中央銀行マネーをトークン化金融へ組み込むプロジェクトです。
しかし、対象範囲と実装順序が異なります。
Project Agorá
クロスボーダー銀行決済が中心
商業銀行預金と中央銀行準備を組み合わせる
複数通貨の支払いをアトミック決済する
共通プログラマブル基盤をプロトタイプとして検証
法域別台帳と共通層を同期する
次段階は限定的な実価値取引
Pontes
欧州のDLT市場取引の決済が中心
市場DLTと既存TARGET Servicesを接続する
中央銀行マネーの決済を短期的に提供する
既存インフラを維持しながら導入する
2026年第3四半期の提供開始を目指す
Appia
欧州ホールセール金融市場全体が対象
資産の発行から決済・担保までを扱う
単一共有台帳と複数ネットワークの両方を検討
金融政策、戦略的自律性、法規制も対象
2028年に長期Blueprintを作成する
整理すると、
Agoráは、クロスボーダー決済を一つのプログラマブル取引へ再設計する。
Pontesは、現在の欧州市場DLTを既存の中央銀行決済へ接続する。
Appiaは、その先の欧州金融市場全体を設計する。
という違いがあります。
Pontesが証明しなければならないこと
Pontesは実証から運用サービスへ進もうとしていますが、まだ確認すべき点があります。
1.複数DLTへの接続を標準化できるか
市場DLTごとに個別接続が必要になれば、参加基盤が増えるほど複雑性と費用が増えます。
2.DvPを安定運用できるか
一方の基盤が停止した場合の、
タイムアウト
ロック解除
再実行
取消し
補償
を標準化する必要があります。
3.T2の運用時間とDLT市場の24時間性
DLT市場は24時間稼働できますが、中央銀行決済、流動性供給、担保管理が同じ時間帯に対応しなければ、完全な24時間決済にはなりません。
4.流動性を分散させないか
市場DLTやキャッシュトークンごとに資金を事前配置すると、銀行の流動性が複数の場所へ分散する可能性があります。
5.法的ファイナリティを基盤間で一致させられるか
T2で資金決済が完了する時点と、市場DLTで証券移転が確定する時点を、法的にも運用上も揃える必要があります。
Appiaが解かなければならないこと
Appiaの課題は、さらに大きくなります。
1.一つの基盤か、複数基盤か
統合性を優先すれば一つのShared Ledgerが有利です。
競争、冗長性、技術革新を優先すれば複数基盤が有利です。
両方を完全に満たす単純な答えはありません。
2.誰がネットワークを運営するか
Eurosystem、民間事業者、共同組織のどれが運営するのか。
運営者がサービス提供者を兼ねる場合、競争上の利益相反も生じます。
3.既存FMIの役割をどう変えるか
CSD、CCP、銀行、カストディアン、取引所の機能がスマートコントラクトへ移れば、既存事業者の役割と収益構造が変わります。
4.法制度を欧州全体で調和できるか
欧州には共通規則がある一方、証券、財産権、倒産、税務などには各国法の違いがあります。
DLT上で一つの市場を作るには、技術標準だけでなく法律の調和が必要です。
5.欧州域外とどう接続するか
欧州だけで閉じたネットワークを作れば、戦略的自律性は高まりますが、グローバル市場との接続性を失う可能性があります。
Pontes/Appiaが示したこと
PontesとAppiaの最大の特徴は、短期的な実用化と長期的な市場再設計を分けたことです。
将来の完璧な共通基盤が完成するまで待たない。
しかし、短期的な橋を架けるだけで、将来も個別接続を増やし続けるわけでもない。
Pontesによって、現在存在する市場DLTを中央銀行マネーへ接続します。
Appiaによって、その運用経験をもとに、欧州全体の資産、マネー、担保、サービス、法制度を再設計します。
この二段階戦略は、
既存金融を止めずに、将来の金融市場へ移行する方法
を示しています。
Project Agoráが、新しい取引構造をプロトタイプとして一気に示したプロジェクトだとすれば、Pontes/Appiaは、
現在のインフラから将来のトークン化市場へ、段階的に移行するための実装ロードマップ
です。
Pontesという橋の先に、どのような道路網を作るのか。
一つのEuropean Shared Ledgerなのか。
複数のDLTが相互接続する市場なのか。
中央銀行マネー、トークン化預金、ステーブルコインは、どの基盤で、どのように共存するのか。
その答えを2028年までに示すのが、Appiaです。
次回予告
次回のProject Fileでは、アメリカのThe Clearing Houseを取り上げます。
主な参照資料
European Central Bank, Pontes.
European Central Bank, Appia – paving the way for a future-ready, integrated financial ecosystem leveraging tokenisation and DLT, March 2026.
European Central Bank, Eurosystem unveils Appia roadmap for Europe’s tokenised finance, 11 March 2026.
European Central Bank, Exploratory work on new technologies for wholesale central bank money settlement.
European Central Bank, Preparing the go-live of Pontes, 22 July 2026.
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