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【デイケアのひとこま】「どこ行くの!」デイケアの帰り道、送迎車は一瞬でパニックルームに変わった。



「今日も一日、ありがとうございました。」
「また明日、お待ちしていますね」

穏やかな時間が流れるデイケアの一日の終わり。
利用者さん一人ひとりの顔を見ながら、私たちは「今日も無事に終わった」と、安堵の息をつきます。
しかし、本当の意味で私たちの仕事が終わるのは、全員を安全にご自宅までお送り届けてから。

そして、その帰り道こそが、時として、最も神経をすり減らす時間になることを、私は身をもって知っています。

その日も、いつものように数名の利用者さんを乗せて、送迎車は夕暮れの街を走り始めました。
車内では、今日あった出来事を振り返る、和やかな会話が交わされていました。

その、穏やかな空気を切り裂いたのは、突然の叫び声でした。

「どこへ行くの!? 私は家に帰りたいのよ!」

後部座席に座っていた、ある女性の利用者さんでした。
さっきまでにこやかに話していたのが嘘のように、彼女の顔は恐怖と混乱に満ちていました。

「降ろして! ここで降ろしなさい!」

そう叫びながら、ドアに手をかけようとします。
もちろん、送迎車のドアは、安全のために内側からは開かないようになっています。
しかし、それが彼女のパニックをさらに加速させました。

「開かないじゃない! なんで!? あなたたち、私をどこかへ連れていくつもりでしょう!」

金切り声に近い叫びが、狭い車内に響き渡る。
ちょうど、運転席の真後ろにいたので後ろから手が出てきてかばんなどで殴られました。
その異様な雰囲気に、同乗していた他の利用者さんたちも、みるみるうちに顔がこわばっていきます。
「どうしたの…」「怖い…」と、不安の声が漏れ始め、車内は一瞬にしてパニックルームと化しました。

「大丈夫ですよ、〇〇さん。ちゃんとお家に帰りますからね。いつも通る道ですよ」

私は、運転席の隣から、できるだけ穏やかな声で、ゆっくりと話しかけます。
しかし、パニックの渦中にいる彼女には、もう私の声は届きません。



これは、決して「わがまま」ではないのです。
認知症の症状の一つに「見当識障害」というものがあります。
今がいつなのか(時間)、ここがどこなのか(場所)、目の前にいる人が誰なのか(人物)が、分からなくなってしまうのです。

彼女の目には、見慣れたはずの帰り道が、全く知らない「どこかへ連れ去られる道」に見えていたのかもしれない。
運転していた私が、「自分を閉じ込める誘拐犯」に見えていたのかもしれない。
その恐怖は、どれほどのものだったでしょうか。

安全運転を続けながら、バックミラー越しに他の利用者さんの様子も確認し、叫び続ける彼女をなだめる。
心臓はバクバクと音を立て、背中には冷たい汗が流れます。

なんとかご自宅に到着し、玄関先でご家族に引き渡した瞬間、彼女はケロッとした顔で「あら、ただいま」と家に入っていきました。
嵐のような車内での出来事は、もう彼女の記憶にはないのかもしれません。

車に残り、まだ少し怯えている他の利用者さんに
「びっくりしましたね、ごめんなさいね」
と謝りながら、私はどっとした疲労感に包まれます。

我が家でも、母は、ほんの2~3分で自分がどこにいるのかわからなくなることが年中あります。

認知症の人が見ている世界を、100%理解することはできない。
でも、理解しようと想像力を働かせること。
その人の不安や恐怖に、ほんの少しでも寄り添おうとすること。

それが、この仕事の最も難しく、そして、最も尊い部分なのだと、ハンドルを握りしめながら、改めて思うのです。



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