あえて今、鉛筆に戻ってみた
1. 字が汚いのに、鉛筆に戻った
数学や英語の勉強の際にノートを鉛筆で書くように最近なりました。
前に書いた記事でも触れましたが、自分は自分の書く文字が見づらいというのもあり一時期、LaTeXやObsidianを使ってのノートにハマりました。
別に今でも、それらを使わなくなったわけではありません。
でも、最近はパソコンより鉛筆を持つ時間が増えました。
2. 鉛筆に戻るまでの段階
鉛筆に一気に回帰したわけではありません。
最初は、ボールペンに戻り、それが、消したり書いたりしやすいということでシャープペンに変わり、最終的には鉛筆とフリクションのボールペンに落ち着いているという状況です。
自然とそうなっていったのですが、フリクションペンは別として、段階的により昔からある筆記具に回帰していった感じです。
自分でもあまり意識せずそうなっていたのですが、改めてなんでだろうと考えてみました。
3.デジタルでは、まとまっていないことを書きにくい
デジタルでノートを作る最大の利点は、みやすいことと検索ができることと考えています。Obsidianを使えばノートをネットワーク化させることもできます。このメリットは大きいと思います。
ただ、思いついた時に近くにPCやスマホがないと書けないという弱点もあります。その点、鉛筆と紙は持ち歩きやすく、思いついた時に取り出しやすい。
そして、それよりも大きいメリットは、まだ形になっていない未消化のものを残しておきやすいということです。
パソコンで入力するときは、ある程度形になったものでないと入力ができず、どう書くか考えているうちに、思いついたことが蒸発してしまったり、書き残すために無理やり型にはめ込んでしまったりします。
4. 筆記具は思考の途中をそのまま置ける
パソコンでは「文章」として入力しようとしてしまう一方で、
鉛筆なら言葉になっていない考えを、そのまま紙の上に置いておけます。
矢印を引く
横に小さく書き込む
囲む、消す
同じことを別の言い方で書く
と言ったことが自然にできます。
筆記具を使うとノートは完成した記録ではなく、
考えが形になる途中の作業場になります。
5.なぜ鉛筆なのか
筆記具のメリットとして自由度があると書きましたが、
では、なぜ鉛筆まで遡ったかというと
書いたものを消しゴムで消して書き直せること、
シャーペンは一定の太さですが、鉛筆は寝かせたり立てたりするだけで、
線の表情が変わります。
シャーペン回帰をしていた頃に、
たまたま書道をやっている方の鉛筆のメモを見る機会があり、
鉛筆っていいなと思ったのが一つ。
あと、知らぬまに鉛筆削りが進化していることに気づいたのが
もう一つの理由です。
自分が小さい時にも電動の鉛筆削りはありましたが、
今の鉛筆削りは、上に穴があってそこに刺すと
削り終わった時にピョコと飛び出すのです。
そのテクノロジーに魅了されました。
ただ、機械の調子が悪かったせいなのか、
一度、芯が折れた鉛筆を削ろうとした際に、
ほぼ全てが木くずになったことも。
6.鉛筆も色々
最初は、100円均一で10本ぐらいまとめて買えるものを使ってましたが、
uniとかを使うとやっぱり書きごこちはいいなと思います。
その上のグレードの Hi-uni なるものもあるらしいのですが、自分はまだ恐れ多くて試せていません。
もう少し字が上手くなったら試してみたいなと思っています。
7.それぞれに得手不得手がある
取り止めのない話になりましたが、
これまで一つの道具に全部をやらせようとし過ぎていたのかも
しれません。
まだ形になっていないものを探るときに鉛筆を使い、
ある程度形になったものを整える時はデジタルを使う。
しばらくは、この往復を続けてみようと思います。
以前、字が下手だったためにパソコンで数学ノートを作るようになり、
それをきっかけに英語の勉強も再開した、という話を書きました。
今回とはベクトルが逆ですが、
どちらも「使う道具によって、思考や行動が変わる」という話です。
よろしければ、こちらも読んでみてください。
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