ひとりごとのつもりで『疲れた』と言ったら、夫が私の顔をのぞき込んだ
子どもが生まれてから、
ずっと一人で回している感覚がありました。
夫がいる日も、いない日も。
基本的には家事や育児を分担しています。
きっちり役割を分けるというよりは、手が空いてる方がやるというスタンス。
特に体調がしんどい日は、夫がいてくれて本当に助かる。
でも疲れた顔の夫を見ると、なんとなく頼みづらくて。
結局、気を遣いながら自分で動いてしまう。
助かってるはずなのに、なんか疲れる。
ワンオペの日より、むしろ消耗してる気がする。
……あれ、これって。
頼るより、自分でやった方が早いかな。
いつもひとりでやってるし。
夫とは仲も良いし、優しくて、家事も育児もちゃんとやってくれている。
それなのに、なぜかずっと孤独感がありました。
なんでだろうと、ぼんやり考えていると気づいてしまった。
私の頭の中は、いつも子どものことでいっぱいだ。
寝かしつけまでの段取り、離乳食作り、サイズや季節に合うベビー服を探す、発達に合った遊びや声かけ…
同じタイミングで親になったはずなのに。
なんか私だけが調べて、悩んでる気がする、と。
でも夫は仕事も忙しいし、夫なりに頑張ってくれている。
そう思うからこそ、なんとなく言えなかった。
夫が休みだった日の夜。
いつも通り子どもを寝かしつけて、やっと一息ついた時間でした。
私はぽろっと「ふぅ、疲れた」と口に出ました。
弱音というより、ひとりごとみたいな感じで。
それ以上、深く話すつもりもなくて。
「今日も疲れたね」で終わると思っていました。
でも、その日は違いました。
私の暗い顔といつもより低い声色のせいか、
夫は私の顔をのぞき込んで、ちゃんと見ました。
それから少し間があって──
「いつも仕事のときひとりで子どもを見ててくれてありがとね。」
そのたったひと言がとても嬉しかったんです。
もっと軽く流されると思っていたから。
この言葉によって、なんだか肩の力が抜けた感じがしました。
数日経ったある日。
夫が「ちょっと実家行ってくるね」と言って、子どもを連れて出ていきました。
その日は、家に私一人。
最初は、何をしていいかわからなくて。
せっかくだから何かしなきゃ、と思ったけど、体はそんなに元気じゃない。
結局、ソファに横になってごろごろして、
お腹が空いたら、誰かの分を考えずに自分の分だけを食べて、
好きなタイミングで、お気に入りの紅茶を飲んで。
それだけの時間でした。
でも、それがすごく久しぶりで幸せだったんです。
それでも、ふとした瞬間に
子どもは今機嫌悪くないかな。
離乳食は食べられたかな。と考えてはしまうけれど。
時間に追われることもなくて、
誰かのペースに合わせることもなくて、
何もしなくてもいい時間。
少しだけ「ママ」を休憩して、
「ただの自分」として過ごせている気がしました。
あの夜の「疲れた」を、ちゃんと受け取ってくれてすごく嬉しかったのを今でも覚えています。
全部をわかってもらえたわけじゃないし、
きっとこれからもすれ違うことはある。
いつのまにか、ひとりで抱えるのが普通になっていたけど、
もっと、頼ってもいいのかもしれない。
上手にできなくても、
ちゃんと伝えられなくても、
ぽろっとこぼすくらいでも、いいのかもしれない。
いつも完璧にはできないと思う。
でも、「疲れた」って言えた夜があったから。
今日も、なんとかやっていける気がしています。

