根は不愛想&コミュ障なパーソナルトレーナー
はじめに
先日、私が所属するジムが7周年を迎えました。日頃の感謝をこめて、夏祭りを開催し、多くのユーザー様、そのご家族やご友人にご参加いただき、交流することができました。
改めて、ユーザー様ありきの自分、サービスだと、感じました。
私、不愛想&コミュ障です
自分は最大級の不愛想で、コミュ障です。昔よりはだいぶ改善したものの、根っこにある自分の性格について、私はそう断言できます。人見知りだし、愛想よく振る舞うのも本来は得意ではありません。
そんな私が、現在パーソナルトレーナーとして毎月約150セッションをご提供しています。
「そんなに人と接していたらメンタルが病みそう……」と思われるかもしれません。実際、過去に一度病みかけたこともありました。しかし今では、しんどい時もありますが、毎日ある程度は元気に、そして心から楽しくこの仕事に向き合えています。(バランスの問題)
なぜ、根が不愛想でコミュ障な私が、この仕事に情熱を注ぎ続けられているのか、お話ししたいと思います。
何だかんだ「効果」が出て、その反応が嬉しい
パーソナルトレーニングは、1時間に1人のクライアント様としか向き合えません。ビジネスとしての効率(コスパ)はお世辞にも良いとは言えず、1日の大半が指導時間で埋まることもザラです。
それでも楽しいです。しんどいこともありますが、楽しいが上回ることは、断言できます。
私は純粋に「身体と運動」が好きで、それを人に指導することが好きだと、パーソナルトレーニングを6年やらせていただいて、感じています。 「パフォーマンスを上げたい」「体の痛みを改善したい」といった切実なニーズに対し、自分の指導によって目の前でクライアント様の身体が変わり、喜んでいただける。その瞬間のリアクションを見ることが、私にとって何よりの報酬です。
もちろん、すべてが上手くいくわけではありません。自分の力不足で「うまくアプローチがハマっていないな」と力不足を痛感し、頭を抱えることも多々あります。
ですが、不器用な自分だからこそ決めていることがあります。 それは、「いま持っている全力を出し、全身全霊で一人ひとりのお客様と向き合う」ということです。
極論、運動は何をやっても効く。大切なのは「誰が言うか」
極論を言えば、運動というものは何かしらを行えば、ある程度の効果は出るものです。
しかし、成果を決定づけるのは単なる運動メニューではありません。 本当の意味で身体を変えるには、セッション中だけでなく、日常・思考・習慣にまで運動の意識を落とし込んでもらい、運動を継続してもらう必要があります。運動の効果は、継続が大拙です。
ここで重要になるのが「信頼関係」です。
どれほど正しい理論を伝えても、信頼していない人からのアドバイスは心に響きません。逆に「この人の言葉なら信じられる」という関係性があれば、日常の行動まで変わる可能性は高まると思います。また、自分に会いに来てもらえれば、長期的に運動が継続できることにもなります。「誰=人」は、運動の大きな効果を出す上での重要なファクターです。
だからこそ、私はスイッチを入れます。
「不愛想な自分」にやる気スイッチを入れ、ニコニコと明るく接する。不愛想やコミュ障を克服しようと努めるのは、自分のためではなく、「自分の言葉を届かせ、クライアント様の身体を良くするため」に必要不可欠な技術だからです。
全身全霊で向き合うことで信頼が生まれ、その信頼が継続と成果を生む。そして自分がスキルアップすれば、さらに深い信頼と高い効果を提供できる。この循環を回し続けるために、全力で走り続ける価値があると感じています。
くじけそうになった私を救ってくれたもの
今でこそこうして前を向いていますが、かつて壁にぶつかり、心が折れかけた時期がありました。
そんな私を思いとどまらせ、前に進ませてくれたのはいくつかの体験でした。
原点にある「身体と運動が好き」という気持ち
一人の「受ける側」としてパーソナルトレーニングを体験し、客観的にクライアント様の気持ちを知れたこと
尊敬する上司や業界の先輩方の背中、成功体験、そして思考の深さに触れたこと
「どんなに辛くても、諦めずに泥臭く進み続ければ、必ず良い方向へ向かう」 それを身をもって体験できたからこそ、今の私があります。
ロジック(論理)は、パッション(情熱・感情)によって熱を帯びる
私がこの職業に興味を持ったきっかけは、昔自分が負った「ケガ」でした。リハビリやトレーニングを通じて「運動にはこんなにも可能性があるのか」と知り、その魅力に引き込まれたのです。
これは、頭で理解した「論理(ロジック)」でした。
しかし、実際にトレーナーとして指導を始めた当初、運動の素晴らしさを理論として正しく伝えているつもりでも、そこに自分の「情熱・感情(パッション)」が乗っていないことに気づきました。
論理だけでは人は動きません。 正しい論理は、伝える人間の強い情熱・感情(思い)が伴って初めて、生きた言葉として相手の心に届くのです。
不愛想でコミュ障だった私が、殻を破って全身全霊でクライアント様と向き合うようになったことで、ようやく理論と情熱・感情が一つになりました。
おわりに
極論、根が不愛想でも、コミュ障でも関係ありません。 目の前の対象を心から愛し、目の前の人に全身全霊で向き合い続ける覚悟があれば、信頼は必ず築けます。それが、仕事としても成り立ちます。
私はこれからも、不愛想な根っこを持っていると思います。性格を変えることが難しいですし、ほぼ不可能だと思います。しかし、仕事では、一人ひとりの身体と人生に全力で向き合い続けていきます。
最後に、いつもサービスを受け続けてくださるユーザー様に感謝申し上げます。引き続きよろしくお願いいたします。
