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律法から学ぶNo.23『ペクデイ』

2026年2月22日

 今日はパラシャット・ハシャブアの第23週目、「ペクデイ」といわれるパラシャ(聖書箇所)について考えていきます。「ペクデイ(פקודי)」とは「諸々の記録(動詞)」という意味となり、幕屋に関してのあらゆることが祭司アロンの子イタマル(「椰子の沿岸」の意)の指導のもとレビ族によって記録されたというところから、出エジプト記の最後のパラシャがはじまります。

 ■今週のパラシャ
   出エジプト38:21~40:38
 ■ハフタラ(預言書)
   列王記上7:51~8:21
 ■新約聖書
 (メシアニック・ジューの方々が参照する新約聖書の箇所)
   ヨハネ14:12~31

※バイブルクラスのスケジュールの関係で本来のパラシャット・ハシャブアの朗読週間とは一致していません。


1.贖いの代価としての銀の台座

幕屋建設に当たって集められた貴金属の総量が記録されています。新共同訳聖書では「総額」となっていますが、シュケルはこの時代、通貨というよりは重さの単位として扱われたことを考えると、「総量」という方が正確だと思います。
金の総量は29キカルと730シュケル、1キカルは約34kgで1シュケルは諸説ありますが約11.4gとなりますので約1,000kg(1t)にもなりました。現在の金(K24)の価格で約274億円の価値になります。続いて、銀の総量が100キカルと1775シュケル、単純計算で約3,420kg(3.4t)にもなりました。さらに青銅は70キカルと2400シェケル、単純計算で約2,400kg(2.4t)になりました。
ちなみに鉄は幕屋に一切、使われていません。何故、使われなかったのか聖書に明確な記述はありませんが、鉄は腐食(錆びる)ため、永続性を示す幕屋の素材として用いられなかったのだと思います。

ここで少し、銀について注目していきたいと思います。
集められた銀は共同体に登録された者のささげたもの(出エジプト38:25)であったと記されており、20歳以上の男性が命の贖いとして主なる神に捧げた銀の総量と完全に一致しています。

■出エジプト30:15~16
あなたたちの命を贖うために主への献納物として支払う銀は半シェケルである。豊かな者がそれ以上支払うことも、貧しい者がそれ以下支払うことも禁じる。あなたがイスラエルの人々から集めた命の代償金は臨在の幕屋のために用いる。それは、イスラエルの人々が主の御前で覚えられるために、あなたたちの命を贖うためである。

そして、銀のほとんどは幕屋の台座をつくるために用いられました。これが第1のポイントです。


2.イスラエルのTekhelet(テヘレト)と呼ばれる青

次に祭司の服がつくられていく工程が出エジプト記28章と同じように記述されています。何度、読み返してもエフォドと胸当てがどんなものだったか頭の中で図にならないのですが、これで神の命じられた通りに衣装をつくったオホリアブは凄いなと思います。

今回は衣装に出てくる青色に少し着目してみたいと思います。
祭服に使われているTekhelet(テヘレト)と呼ばれる青色は長らくどのような色だったのか不明でしたが、19世紀以降の考古学研究によって、アクキガイ科の貝の鰓下腺によって染色されていたことが判明しました。大量の貝からごく微量の鰓下腺しか採取できず、分泌液を布に塗って紫外線を当てると紫色に変化しました。あまりに希少な染料だったため、ローマ帝国では「帝王紫」と呼ばれ、皇帝や地位の高い権力者しか身に着けることができなかったと言われています。染料としても非常に優れていて一度、定着した紫色は2000年経っても色褪せがないことで知られています。

Tekheletと呼ばれる青色はこの染色の主成分にさらに強い光(紫外線)を当てると化学反応により脱臭素化が起こって、紫から青色へと変化するそうです。当時の事情を知る知識者からすれば、希少な紫色を青色にしてしまうのはとんでもなく勿体ないことであった筈ですが、主が祭司の上着として要求されたのは選びに当たって傲慢にならず、天を仰ぎ主に仕えることを示す清められた青色だったのです。

イスラエルの民が染料のもとになる貝をどうやって入手できたのか不明ですが、出エジプトのルートを辿っていくと地中海沿岸を通った記録は無く、エジプトから貝の分泌液を長期保存して持ち出したとも思えません。また途中、希少な染料を大量に商人から買うことも難しかっただろうと推測します。唯一、考えられるのは主なる神が海を割り、葦の海を渡った時でしょうか。民が海の底を通った時に広い集めることができたかもしれません。
そうすると、この染料には何か深い意味が込められているような気がします。

ちなみに、このTekheletの青色はイスラエルの国旗にも表されているそうです。このイスラエルの青色が第2のポイントです。


3.幕屋に満ちた主なる神の臨在

第一の月(ニサンの月)の第1日目に完成した幕屋を建てるようモーセに命じられ、契約の箱が至聖所に置かれ、隔ての幕が掛けられました。すべての祭具も幕屋内に運び入れられ、メノラーに火がともされ、香の祭壇では香が焚かれました。また、庭には祭壇と清めのため水が張られた洗盤が置かれました。モーセはこれらすべてに油を注いで聖別しました。モーセはまたアロンとその子たちを進ませて水で洗い清めさせ、アロンに油を注いで大祭司として聖別、大祭司としての祭服を着せ、アロンの子たちにも油を注いて聖別、彼らを代々に渡る祭司職としました。幕屋の入り口に幕が掛けられて幕屋のすべてが完成した形となりました。祭壇では焼き尽くす献げ物と穀物の献げ物がされたとあります。

■出エジプト40:34~38
雲は臨在の幕屋を覆い、主の栄光が幕屋に満ちた。モーセは臨在の幕屋に入ることができなかった。雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。雲が幕屋を離れて昇ると、イスラエルの人々は出発した。旅路にあるときはいつもそうした。雲が離れて昇らないときは、離れて昇る日まで、彼らは出発しなかった。旅路にあるときはいつも、昼は主の雲が幕屋の上にあり、夜は雲の中に火が現れて、イスラエルの家のすべての人に見えたからである。

出エジプト記の最後がこして締めくくられています。しかし、あれだけ神の近くにいて「神の代理」とまでされたモーセですら、栄光が満ちた幕屋のなかに入ることができなかったというのは意外です。
なぜ、モーセが近づくことができなかったのかというところが第3のポイントです。


【ペクデイ(諸々の記録)についてのまとめ】

今回、最初に銀について取り上げました。何故、「銀」に拘るのかという点ですが、前回のパラシャの箇所でイスラエルの民が幕屋のために捧げた献納物が多すぎて有り余るほどだったと記されていました。(出エジプト36:6)
でも、銀についての記録は20歳以上の男性が命の贖いとして主なる神に捧げた銀の総量と完全に一致していると記されています。どういうことかと言うと、銀については余分に捧げられておらず、命の贖いのための代価(出エジプト30:15~16)として、多くても少なくてもいけないという定めがきっちり守られたことになります。つまり、銀は贖いの代価として特別な扱いであったということがわかります。
その銀のほとんどは幕屋の台座として使われたのです。
台座は1つ34kgで2つのほぞ穴が開けられていました。幕屋の壁材2枚の間に1つの台座が設置され、ほぞ穴に壁材をはめ込むことで台座も壁材も固定され、建物としての強度が保たれたと考えられます。

Copilotで作成した台座のイメージ図

上図はMicrosoftのCopilotでイメージ図をつくりました。本当ならパネルの間に台座を配置するようにしたかったのですが、このあたりくらいしかできませんでした。

贖いの代価としての銀で台座がつくられ、そこに幕屋が建てられたのです。

■2テモテ2:19
神が据えられた堅固な基礎は揺るぎません。そこには、「主は御自分の者たちを知っておられる」と、また「主の名を呼ぶ者は皆、不義から身を引くべきである」と刻まれています。

移動式の幕屋だからこそある台座ですが、主なる神が私たちともに歩まれるという象徴でもあると言えます。

次に祭服に使われたTekheletの青色について説明させていただきました。
キリストの時代、大祭司職は政治や金、権力にまみれてもはや本来の意味を失っていて、主なる神に仕える職ではなくなっていました。主に選ばれた祭司は王や権力者に勝っており、だからこそ王が纏う紫の衣よりも光に照らされ、天を仰ぎ主に仕えることを示すようなTekheletの青色を着ることが定められていたのです。

新バビロニアのネブカドネツァル王は南ユダ王国を滅ぼしバビロン捕囚を行って権力をほしいままに振るいましたが、彼が自身を誇った時に国を追われて食べることもままならず、雨露もしのぐことができず野の獣のような状態に陥りました。その時、ネブカドネツァルは天を仰いで我に返り、主なる神にすべての主権があって、地上のすべては神の御旨のままに支配されていることを悟ったのです。

■ダニエル4:31~32
その時が過ぎて、わたしネブカドネツァルは目を上げて天を仰ぐと、理性が戻って来た。わたしはいと高き神をたたえ、永遠に生きるお方をほめたたえた。その支配は永遠に続きその国は代々に及ぶ。すべて地に住む者は無に等しい。天の軍勢をも地に住む者をも御旨のままにされる。その手を押さえて何をするのかと言いうる者はだれもいない。

ですから、キリストの祭司として立つクリスチャンはへりくだって、自身を顧み清めなければなりません。Tekheletの青色の上着を着ることはないですが、主に近づく時に天を仰いで、本当に自分が神のみを信頼し、より頼んでいるだろうかと深く、吟味しなければならないのだと思います。

最後にモーセが幕屋を組み上げてすべての仕事を終えた時に主の臨在が満ちました。
顔と顔とを合わせて主なる神と会話ができるモーセが幕屋に入ることができなかったのは何故なのか、はっきり書かれてはいませんが、幕屋は神の救いの計画そのものを精密に示すものであり、その中心に据えられているのは御子であるキリストだからです。
そして、救いの成就とともに降られた聖霊なる神、真理の霊によって、この地上の旅路においても主イエス・キリストが私たちの内に住むということが実現することをあらわしているのです。
ここに「ペクデイ」、記された幕屋の諸々の記録とはその証なのです。

■ヨハネ14:17~21
この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる。わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す。



※このパラシャット・ハシャブアの学びは聖書箇所についての答えを出すということではありません。与えられた聖書箇所についてもう一度、深く考えていくということに主眼が置かれています。

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