人生の伴走者を「自分」に選ぶということ
1.人生には「誰も隣にいない」と感じる時間がある
人生には、誰かと一緒に歩いていると感じられる時間もあれば、ふと孤独を感じる瞬間もあります。
周囲に人がいても、気持ちを分かち合えないと感じるとき。
頼りたいのに、頼れないような気がしてしまうとき。
そんな時間は、誰にでも訪れるものです。
「伴走者がいなければ前に進めない」と思ってしまうと、そうした時間はとても苦しくなります。
でも、人生のすべての区間で、誰かが必ず隣にいるわけではありません。
だからこそ、誰もいないように感じる時間をどう過ごすかが大切になってきます。
そのときに思い出したいのが、「自分自身」という存在です。
どんな状況でも、最後までそばにいるのは自分です。
その事実に気づくだけで、少しだけ心が落ち着くことがあります。
2.いちばん長く人生を見てきたのは「自分自身」
嬉しかった日も、つらかった日も、何もできなかった日も、自分はずっと自分と一緒にいました。
誰にも言えなかった気持ちも、胸の奥にしまい込んだ不安も、すべて知っているのは自分自身です。
それなのに私たちは、自分に対してとても厳しくなってしまいがちです。
「もっとできたはず」「まだ頑張りが足りない」と、過去の自分を責めてしまうこともあります。
疲れていることに気づいていながら、それでも前に進もうとしてしまうこともあるでしょう。
でも、本来いちばん理解されるべき存在は、自分自身ではないでしょうか。
誰よりも長く人生を見てきた自分だからこそ、状況や背景を分かってあげられるはずなのです。
3.伴走者とは、無理に引っ張る存在ではありません
伴走者という言葉を聞くと、「励ましてくれる人」「背中を押してくれる人」を思い浮かべるかもしれません。
けれど本当の伴走者は、無理に引っ張る存在ではないと思います。
相手の呼吸を感じ取り、今のペースを尊重する。
苦しそうなときには、歩く速度を落とし、「少し休みましょう」と声をかける。
そうした存在こそが、長い道のりを一緒に進む伴走者です。
その役割を、自分が自分に対して果たしてもいいのです。
今日は調子が出ないと感じたら、「今日はそんな日ですね」と受け止めてあげる。
思うように進めなかったら、「ここまでよくやりました」と区切りをつけてあげる。
それだけで、心は少し軽くなります。
4.自分を伴走者にすることは、孤独を選ぶことではありません
「自分が伴走者になる」と聞くと、誰にも頼らず一人で頑張ることのように感じる方もいるかもしれません。
でも、それは孤独を選ぶことではありません。
人に支えられる時間は、これからもきっと訪れます。
誰かと並んで歩く道も、人生にはたくさんあります。
ただ、その関係が変化したり、距離ができたりすることも、同時に受け入れていく必要があります。
そんなとき、自分が自分の伴走者でいられたなら、心は完全に孤立せずにすみます。
少なくとも、自分だけは自分を見捨てない、という安心感が残るからです。
5.自分の歩幅を認めながら、今日を進んでいく
人生は競争ではありません。
早く進む日もあれば、立ち止まる日もあります。
何もできなかったように感じる日も、確かに存在します。
でも、その一日を生きたという事実は、消えることはありません。
ほんの少し前に進めたなら、それは立派な前進です。
進めなかったとしても、休むことができたなら、それも大切な時間です。
人生の伴走者は、自分でいてもいいのです。
自分の呼吸を感じ、自分の疲れに気づき、自分の歩幅を認めながら進んでいく。
その積み重ねが、人生を静かに支えてくれます。
今日も無理のない速度で歩いていきましょう。
伴走者は、ちゃんとそばにいます。
あなた自身として。
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