第129話 優しい人は、だいたい一度壊れている
教員として働く中でうつ病を経験し、休職・入院・リワークを経て回復の途中にいます。
このnoteでは、うまくいかない日も含めた闘病の記録と、自己肯定感について綴っています。
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これは、私の話です。
そして、あなたの話かもしれません。

優しい人が壊れる理由
優しい人は、断れません。
頼まれると引き受けてしまう。
誰かが困っていると放っておけない。
自分より相手を優先してしまう。
それは美しい性質です。
でも、その美しさが
自分をゆっくりと削っていきます。
優しい人は、
限界が来ても「まだ大丈夫」と言います。
限界が来ても、誰かのために動きます。
限界が来ても、休む理由を自分に許せません。
そして、ある日突然、動けなくなります。
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私が壊れた日
教員として働いていた頃、
私はずっと、
「優しい先生」でいようとしていました。
生徒のために。
保護者のために。
同僚のために。
誰かの役に立つことが、
自分の価値だと思っていました。
でも、ある朝、
布団から起き上がれなくなりました。
頭ではわかっていました。
「行かなければ」と。
でも体が、もう動きませんでした。
あとから気づきました。
私は壊れる前から、
ずっとサインを出していたのに、
「優しい人でいなければ」という思いが、
そのサインを全部無視させていたことに。
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優しさの罠
優しい人には、共通の罠があります。
「誰かを傷つけるくらいなら、
自分が傷ついた方がいい」
これが、優しい人を壊す思考の正体です。
断ることで相手を傷つけるくらいなら、
無理してでも引き受ける。
本音を言って空気を悪くするくらいなら、
黙って我慢する。
苦しいと伝えて心配させるくらいなら、
笑っていた方がいい。
優しさは、
自分への優しさを後回しにする習慣です。
それを何年も続けていると、
自分を守る感覚そのものが、
なくなっていきます。
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壊れた後に見えたもの
壊れて、
初めて気づいたことがあります。
優しさは、
余裕から生まれるものでした。
自分が満たされていないのに、
人に渡せるものは何もありません。
空っぽのコップから、水は注げません。
私は「優しくしなければいけない」と
思い込んでいましたが、
本当は、
「自分を満たした上で自然と溢れるもの」が
本当の優しさでした。
壊れる前の私の優しさは、
義務感から来ていました。
でも、壊れた後の私の優しさは、
余裕から来ています。
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壊れることは
終わりじゃなかった
壊れたとき、私は思いました。
「もう終わりだ」と。
でも違いました。
壊れたことで、初めて立ち止まれました。
立ち止まったことで、
初めて自分の声が聞こえました。
自分の声が聞こえたことで、
初めて本当の優しさを知りました。
優しい人が壊れるのは、
弱いからではありません。
それだけ長い間、
自分より誰かを優先し続けてきたからです。
壊れることは、
その優しさが本物だった証拠でもあります。
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おわりに
優しい人は、
だいたい一度壊れています。
でもそれは、人生の終わりではありません。
壊れた場所から、
もっと深い優しさが生まれます。
苦しみを知っているからこそ、
人には優しくなれる。
自分を守ることを覚えた優しさは、
消耗しません。
義務感も持ちません。
見返りも求めません。
ただ、自然に溢れ出てくるものです。
もし今、
優しくいることが苦しくなっているなら。
それはあなたが優しすぎるからです。
弱いからではありません。
壊れそうになっているなら、
一度立ち止まっていいんです。
あなたが自分を大切にすることは、
わがままではありません。
もっと自分に優しさを向けてみても、
いいんだと思いますよ。

