第102話 不安が消えなかった頃、わたしは何を守ろうとしていたんだろう
教員として働く中でうつ病を経験し、休職・入院・リワークを経て回復の途中にいます。
このnoteでは、うまくいかない日も含めた闘病の記録と、自己肯定感について綴っています。
↓自己紹介はこちら♪
-----
不安が消えないときのあの感覚が、
体に染み付いて、離れません。
理由がはっきりしているわけでもないのに、
ずっと胸の奥がざわざわしている。
何も起きていないのに、
何かが起きる気がして落ち着かない。
「なんでこんなに不安なんだろう」
そうやって、不安を消そうとしていました。
でも消そうとすればするほど、
逆に濃く、太くなっていくような気がしていて。
精神科の待合室で、
震える手でスマホを握りしめながら、
ただ「この不安さえなくなれば」と、
そればかり思っていました。
-----
不安を「なくすもの」だと思っていた頃
あの頃の私は、
不安を「悪いもの」だと思っていました。
だから、どうにかして消そうとしていました。
気を紛らわせたり、
無理に前向きに考えたり、
「大丈夫」と言い聞かせたり。
それでも、不安は消えませんでした。
むしろ、消そうとするほど、
大きくなっていくような気がしていました。
-----
精神科で言われた、ひとつの言葉
ある日の診察で、
先生からこんな言葉をかけられました。
「不安って、何かを守ろうとして
出てくることが多いんですよ」
そのときは、正直ピンときませんでした。
不安はただ苦しいもので、
できれば感じたくないもの。
それが「守るため」だなんて、
うまく結びつきませんでした。
でも、その言葉が
頭の片隅にずっと残っていました。
-----
不安は「守ろうとしている」サインかもしれない
もしこの不安が、
何かを守ろうとしているのだとしたら。
私は、いったい何を守ろうとしているんだろう。
思い返してみると、
いくつか思い当たることがありました。
「また傷つきたくなかった」
新しいことを始めてまた失敗するのが怖くて、
「動かない方が安全だよ」と
不安が囁き続けていた。
「理想の自分を失いたくなかった」
「ちゃんとしていなければならない」という
セルフイメージ。
それを守ろうとして、
不安という盾で自分を囲っていた。
「迷惑をかけてはいけない」という責任感
休むことへの罪悪感。
誰かの期待を裏切ることへの恐れ。
その真面目さが、
警報機のように鳴り続けていた。
不安が強ければ強いほど、
私はそれだけ、
「自分にとって大切なもの」を
必死に抱えていたのかもしれない。
そう気づいたとき、
不安が少しだけ、違って見えました。
-----
「消す」から「聞く」へ
精神科での対話を通じて気づいたのは、
不安を消す魔法はないけれど、
不安の正体を確認することはできる
ということでした。
もし今、
消えない不安に押しつぶされそうなら、
一度だけ、自分にこう
問いかけてみてほしいです。
「この不安は、今、
何を守ろうとしてくれているんだろう?」
そう問いかけるだけで、
自分と感情との間に少し隙間が生まれます。
「不安に飲み込まれている自分」から、
「不安を少し離れて見ている自分」へと、
立ち位置が変わっていく。
守ろうとしているものがわかれば、
「必死に守らなくても、もう大丈夫だよ」と、
自分に声をかけてあげることも
できるようになります。
-----
まとめ
不安は、ただの敵ではなかった。
何かを守ろうとして、
私の心にいてくれていたのかもしれない。
消すのではなく、
「何を守ろうとしているの?」と
静かに問いかけてみる。
それだけで、少しだけ向き合い方が変わります。
-----
終わりに
不安があるということは、
あなたが「自分を大切にしたい」と
願っている証拠です。
あなたが弱いから生まれるものではありません。
もし今、不安で眠れない夜を過ごしているなら。
どうかその不安を、
追い払おうとしないでください。
「守ってくれてありがとう。
でも、もう少し休んでいていいよ」
そう、心の中でそっと伝えてあげてください。
-----
あの頃の自分に、もし声をかけられるなら。
「その不安は、間違っていないよ」
そう伝えたいと思います。

