満員電車でハンディファンの向きを変える、日本人の小さな気遣い
先週、夕方のラッシュ時に山手線に乗っていた。隣に立っていたイギリス出身の友人が、暑さに耐えかねてハンディファンをつけた。悪気はまったくない。ただ、彼はそれを自分の顔に向けたまま、少しだけ体の向きを変えた。風が、後ろに立っていた知らないおじさんの首筋に流れていく。
おじさんは何も言わなかった。でも、ほんの数センチだけ体をずらした。友人はまったく気づいていなかった。
実はこの数センチの動き、日本の夏の電車でよく見る光景だ。今、SNSでも「満員電車のハンディファンで髪が巻き込まれた」「後ろの人に熱風が当たって不快」という声が増えていて、ちょっとした話題になっている。今日はこの、日本人が無意識にやっている「風の気遣い」について、日本人の友人として本音で書いてみたい。
「風向き」を気にする人たち
日本の夏の電車やバスで、ハンディファンやうちわを使っている人をよく観察してみてほしい。多くの人が、風を自分の顔だけに当てるように、手首の角度をこまめに調整している。
横に人が立っていれば、扇風機を少し体に寄せる。前の人がこちらを向いていれば、風がその人の顔に流れないよう、角度を下げる。誰も教えていないのに、みんな同じような動きをする。
これは「マナー講座」で習うようなことではない。むしろ、電車という狭い空間で長年過ごすうちに、体が覚えた反応に近い。
なぜ自分の快適さより、相手の空間を優先するのか
海外の友人によく聞かれる。「暑いんだから、自分が涼しくなることを優先していいじゃないか」と。正直、僕もその意見はよくわかる。
でも日本では、電車の中は「自分の場所」ではなく「みんなで共有している場所」という感覚が強い。自分の快適さのために出したものが、隣の人にとっては望んでいない風であり、時には髪が巻き込まれる危険や、においが運ばれる不快感にもなる。
この「求めていないものを相手に押し付けない」という発想が、日本語の「迷惑をかけない」という言葉の中心にある。迷惑とは、必ずしも大きな害ではない。相手が選んでいない小さな不快さを、勝手に与えてしまうこと。それを避けようとする気持ちが、扇風機の角度ひとつにも表れる。
「涼しくなりたい」自分の気持ちと、「風を受けたくないかもしれない」相手の気持ち。その両方を同時に持ちながら手首を動かしている。それが、日本人が無意識にやっていることだと思う。
言葉にしない気遣いは、時々すれ違う
面白いのは、この気遣いがほとんど言葉にならないことだ。友人の風が自分に当たっても、多くの日本人は「風、そちらに向いてますよ」とは言わない。代わりに、さっきのおじさんのように、自分が数センチ動く。
正直、これは日本文化の少しやっかいな部分でもある。言わないから、悪気なく風を当て続けている人は、自分がそうしていることに一生気づかないかもしれない。友人も、僕が「さっき風、後ろのおじさんに当たってたよ」と伝えるまで、まったく気づいていなかった。
海外から来た人にとっては、「なぜ嫌なら言わないのか」と感じる場面かもしれない。でも、狭い電車で毎日顔を合わせるかもしれない相手と、わざわざ気まずくなりたくない。だから、言葉より先に、自分の位置をそっと変えることを選ぶ人が多いのだと思う。
今日からできること
もし日本の電車でハンディファンやうちわを使うなら、時々でいいので、自分の風が今どこに向いているか確認してみてほしい。周りに人が立っているときは、風量を少し落とすか、体に近づけて使うだけで、印象はずいぶん変わる。
そしてもし誰かの風が自分に当たっていて気になるなら、あの日のおじさんのように、数センチだけ体をずらしてみるのも、実はとても日本的なやり方だ。
この小さな気遣いに気づけたら、あなたはもう「観光客」ではなく、この国の空気を読める側の人間になっている。
もっと詳しく知りたい方は、こちらの記事で、日本の生活の中にある「無言の気遣い」の実践編を書いています。
