高校生のためのサバイバル講座 考えるヒント 03と04
四半世紀前の高校での国語教科通信を再掲しています。ぼくにとっては、今と地続きのちょっと前ですが、考えてみれば当時の生徒も今は42、3歳になっています。学校現場での価値観、倫理観も大きく変わりました。
この通信を出していた学校は、ふた昔前の言葉でいえば底辺校。今の言い方をすると教育困難校です。不景気の真っただ中で、卒業しても就職口がないということが当たり前でした。卒業生の半分が専門学校への進学、残り半分が就職希望という学校では、授業を成立させるだけでも大変なことです。
その後、普通の進学校に転勤し定年、今は東大・京大・国公立医学部医学科を目指す優秀な生徒を相手にしています。授業成立への切迫感はずっと少なくなり、大学受験で点数を取るための効率的指導が求められています。
どちらの学校でも、ぼくの伝えたいことに変化はないのですが、伝えたいことを伝えるための方法は変わっています。
「高校生のためのサバイバル講座」は、よく読んでくれる生徒がいたから出せたものです。もちろん彼らは学校では話を聞きません。友達とおしゃべりしたり騒ぐことの方が大切ですから。でも退屈な授業時間やうちに持って帰って家族に読ませたり、ベッドの脇に全部置いてあるという話も聞きました。いつもは憎たらしい生徒たちでしたが、そういう話を聞くと泣きそうになったものです。
では、そんな「高校生のためのサバイバル講座」の第三回と第四回の「考えるヒント」です。どんな文章をどんなスタイルで書こうかとまだ試行錯誤しているときですね。
四半世紀前の高校の一つの風景として読んでいただければ幸いです。
3 「貧しいことは悲しいこと」かな?
最初にインドネシアに行ったのは十年くらい前の話。その時は、スラウェシ島のトラジャという所に行った。現地の人の多くは、僕の目には掘っ建て小屋にしか見えない家に住んでいた。身体に布を巻き、裸足で歩いていた。
段々畑の田圃版(ライス・テラスって言うんだけど)の畦道を歩いていたら、どこか遠くから、歌声が聞こえてきた。「なんじゃ」って思ったよ。人はどこにも見えないのに、歌声が聞こえてきたんだから。すると、その歌声に反応するように、全然別の方から、また歌が聞こえてきた。二三回歌のやりとりがあった。一方が歌ってる間、片方が耳を澄ましているのが感じられる。そして、突然両側から同時に弾けるような笑い声が起こった。笑い声が聞こえなくなると、すっごく静かになった。稲が風に揺れる音が時々聞こえた。
その静けさに耳を傾けていると、また誰かがどこかで歌い始めるんだ。今度は、別の方向から歌が聞こえてくる。そして何回かのやりとりの後、笑い声が風に乗ってやってくる。
道に迷って農家の人に聞くと、必ず「お茶飲んでけ」って誘ってくれたり、お菓子を振る舞ってくれたりした。そういえば、中国でも夜の散歩の時にはよく「もう飯食ったのか? 食ってないなら家に来い」って声を掛けられた。
「貧しさ」って、「豊かさ」って、いったい何だろうね。
その学校ではクラスの三分の一が生活保護受給家庭だった。多くの生徒のアルバイトの目的は、「生活のため」だ。「親ガチャ」の言葉を聞くようになったのは、その少し後だったように記憶している。たまたま豊かな家庭に生まれた子と、たまたま生活が厳しい家庭に生まれた子がこれほどに区別化差別化されていることに対する憤りがあったんだと思う。「教育格差」の言葉が出てくる前の話だ。
豊かさや貧しさって、経済的な基準だけじゃないよって言いたかったんだろうね。
4 ていねいに生きる
最近何気なく川村結花のアルバムを買った。あんまり最近の音を聞かない僕としては珍しいことだ。その中でこんなフレーズを見つけてびっくりしている。それは「お引越し」という曲の中の『大事な人にちゃんと大事だって伝えたり 云えなかったアリガトウを云ってみたり ていねいに生きてみようって思う』という部分だ。
いつも「なんか違う」「何かが違う」って思って生きている。きっと僕だけじゃない。何かが過剰で何かが足りない。焦るように喋ってみたり、言いたいことをうまく言葉にできなかったり、その場限りの言葉を連射してみたり。カッコつけてみたり、恥ずかしがってみたり、いやはや生きてくって幾つになっても大変なもんだ。人はみんな生きてる限り、森田さんみたいに不器用なのかも知れないな。
そんな毎日の中に彼女の歌は素直に入ってきた。「ていねいに生きていこうって思う」簡単な言葉の中に、真実が入っている。言葉だけでは、気恥ずかしい言葉だけど、歌になると素直に聞ける。音楽の持つ不思議だね。
「ていねいに生きる」それはすごく難しくて、もしかすると絶対不可能なことかもしれない。でも、そう思って生きていきたいな。
一歩一歩ていねいに歩いて、一言一言ていねいに話して、一人一人と丁寧に接していきたい。……よね。
文中の「森田さん」は、誰のことだろう? 実在の誰かではなく、たぶん漫画の登場人物だと思うんだよね。業田良家の『自虐の詩』の友だちかなぁと思ったけれど、調べてみると彼女の名前は熊本さんだった。小説の登場人物かなあ、それともテレビドラマかなあ?
彼らが自分の生活環境の悪さに自暴自棄になり、自らを貶め、傷つける様子をいくつも見てきた。それをやめて欲しかったのでしょう。自傷も多かったし、風俗で働いている子もいました。
前回の「高校生のためのサバイバル講座」は、こちらです。
