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Light-up studio 030  坂村真民  「なにかわたしにでもできることはないか」

 昨年の9月のことだった。教科の研究会に出かけていた同僚が「tetsuさんの教え子だって先生に声をかけられましたよ。授業を見せてもらえないかって」と言う。消極的にでも積極的にでもなく受け答えをしているうちに彼はやってくることになった。

 高校三年生の秋なので授業は演習だと伝えたのだが、それでもいいという。奇特な人だ。せっかくお客さんが見ているのでちょっとした話題をいくつか投げ込んだとは思う。でもまぁ普通の演習だ。

 あとで話を聞いた。「なんで突然やってきたの?」と言うと「僕が高校生の時に受けた授業のなんというか空気感のようなものは、今どうなっているのかなと思って」と答える。「で、どうだったの?」と聞くと「相変わらずでした」と笑う。「来た目的は達成できた?」「あ、それはもう十分に」「ならよかった」

 理系だったのに教育学部の国語科を出て高校の国語教師になった彼は地方の学校で何年間か働いてある程度自信もついてきたし、後輩を指導する余裕も生まれてきた。30代前半のバリバリである。

 「で、先生」んっ? 「先生はどうしてそんなにやっちゃうんですか? 普通そんなにやらないですよね? どんな気持ちでそんなに仕事をしているんですか?」

 奉仕? 生徒に仕事を捧げている感じだよ。学校にいる自分の時間は、基本的には生徒にあげてるの。

 「奉仕かぁ。ぼくは奉仕って言葉嫌いだなぁ。自分の生活も楽しいし、趣味とかもいろいろあるし」

 そうだよなぁと思う。「奉仕」とか言われても辛気臭いよなぁと苦笑いする。「奉仕って言葉が嫌いだ」という若さが眩しくもあり、微笑ましくもある。「奉仕」って、偽善的だもんね。

 でも「奉仕」としか言いようがないんだよね。給料のためだったらもっと楽にやるし、自分の欲のためだったらそもそも教師なんかやっていないだろうし、目の前にいる生徒のためでもないんだな、これが。自分でも不思議なのは「生徒のために」とかほとんど考えていないことだ。そう言うとやっぱり突っ込まれた。

 「生徒のためじゃないんですか?」

 うん。生徒のためじゃないね。なんかもっとほかのもののため。何だろうね。たとえば君はしばらくの間ぼくの生徒の一人でした。で、君は今は別の町で教師として生徒を教えています。あえて言うなら、君がいま教えている生徒のために、ぼくは十数年前君に奉仕していたのかもしれないなあという感じ。

 ? ? ?

 生徒はいつも通り過ぎていくでしょう。ここからいなくなって他の場所に行き、全く違う世界で他の人たちと接する。そこで彼や彼女が接する「ほかの誰か」のために、ぼくは「奉仕」しているのかなと思ったりするんだ。なんとなくなイメージだけどね。何かね、目の前にいる人のことを大切にしているわけではないような気がするんだよね。あ、もしかしたらもっと簡単に自分のためかもしれないな。

 「えーっ、やっぱりぼくは奉仕って言葉嫌いだな。奉仕なんかしたくない」

 そうだね。きみはそのままでいいと思うよ。

 もしかすると君もいつか、「自分が何のためにそんなに頑張っているのか」よくわからなくなることがあるかもしれない。「なにものかへの奉仕」としか言いようのない気分になるかもしれないし、ならないかもしれない。

 その時までそんなことは考えなくていいと思うよ。

「なにかわたしにでもできることはないか」
坂村 真民
Light-up studio 030


 叙事詩なのだろうか。物語のように淡々と語られる事実だ。清家直子さんの話。「なにかわたしにでも/できることはないか」と始められた小さなことが少しずつ広がる。

 うわっ、と思う。とんでもない人がいるなあ、立派だなあと感動すると同時に、そんなことを言われたってなあといういじけた心が顔を出す。そんなことできないよぉという言い訳が口をつく。

 果ては「詩は道徳じゃないんだからさ」とか言い出す。

 ここに書かれていることがすべてで、詩情がないじゃないかとうそぶく。

 なんてことはない。ぼくだって「奉仕なんて好きじゃないんだよなあ」と言う彼と同じなのだ。

 この言葉の力にうろたえて、あれやこれやの言い訳をせずにはいられなくなってしまう。それだけ強い力を持つ言葉なのだ。


  なにかわたしにでもできることはないか
              坂村さかむら 真民しんみん

  〝なにかわたしにでも
   できることはないか〟
 清家せいけ直子さんは
 ある日考えた

 彼女は全身関節炎かんせつえん
 もう十年以上寝たきり
 医者からも見放され
 自分も自分を見捨てていた
 その清家さんが
 ある日ふと
 そう考えたのである。

 彼女は天啓てんけいのように
 点字のことを思いつき
 新聞社に問うてみた
 新聞社からわたしの名を知らされ
 それから交友が始まつた

 彼女は左手の親指が少しきくだけ
 そこで点筆をくくりつけてもらい
 一点一点打つていつた
 それから人差指が少しきき出し
 右手の指もいくらかづつ動くようになり
 くくりつけなくても字が書けるようになり
 一冊一冊と点訳書ができあがり
 今では百冊を越える立派な点字本が
 光を失つた人たちに光を与えている

  〝なにかわたしにでも
   できることはないか〟
 みんながそう考えたら
 きつと何かが与えられ
 必ずひろい世界がひらけてくる

 年中光のさない部屋に
 一人寝ていた彼女に
 手紙がくるようになり
 訪ねてくる人ができ
 寝返りさえできなかつたのに
 ベツドに起きあがれるようになり
 あつたかい日はころころころがつて
 座敷まで出ることができるようになり
 ある日わたしが訪ねた折などは
 日の当るところでお母さんに
 髪を洗つてもらつていた

 どんな小さなことでもいい
  〝なにかわたしにでも
   できることはないか〟と
 一億の人がみなそう考え
 十億の人がみなそう思い奉仕をしたら
 地球はもつともつと美しくなるだろう
 片隅に光る清家直子さん!

Light-up studio 030





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