見出し画像

Light-up studio 032  マクシム、どうだ、青空を見ようじゃねえか  「マクシム」 菅原克己

 高校生の時、地元の劇団の公演を見た。物語の筋はもう全く頭にないが、その中で主人公が何度となくつぶやいていた、

「いつまで続くぬかるみぞ」という台詞は、それから50年以上、忘れることなく、何度もぼくの口から出てきた。

 時には苦笑いとともに、時にはやけっぱちな大声で、時には誰にも聞こえないほどの小さな声で、時には頭を抱え込んで……。

 調べてみると軍歌「討匪行」(1932 作詩八木沼丈夫 作曲藤原義江)の一節「どこまで続くぬかるみぞ/三日二夜を 食もなく/雨降りしぶく 鉄かぶと/雨降りしぶく 鉄かぶと」をもじったものらしい。

 「討匪行」だから、「匪賊を討伐するための行軍」ということであろう。「匪賊」とは強盗集団というような意味だが、その歌の舞台は満州である。よその国を侵略し、そこで抵抗する者を「匪賊」と呼び、侵略行軍を涙の物語に仕立て上げる。人の意識を操作するのは、意外に簡単なことなのだな。

 それはさておき、高校生だったぼくは、そのような歌のことは全く知らず、ただ「いつまで続くぬかるみぞ」という言葉に、一歩足を踏み出すごとに泥に深くはまってしまうような悲劇的な状況を読み取って、安直なヒロイズムに浸っていたのだろう。いやはや、人の意識を操作するのは簡単なことだ。

 いつかは覚えていないが、もう一つの言葉を知った。

  マクシム、どうだ、
  青空を見ようじゃねえか

「マクシム」
菅原克己
Light-up studio 032



「誰かの詩にあったようだが/誰だか思いだせない。/労働者かしら、/それとも芝居のせりふだったろうか。」

 どこで聞いたか誰から聞いたか思い出せない、こんな言葉がいくつもある。ある時、ふと思い出す言葉たち。誰が生んだものか、誰から聞いたものかは思い出せないが、きっと誰かから伝えられた言葉。

 ……待てよ。ぼくの言葉は、あれもこれもすべて人から貰ったことばじゃなかったか? 自分の言葉などひとつもないのではないか?

 いくつかの言葉は確かに誰から聞いたのか覚えている。あの「いつまで続くぬかるみぞ」のように。宮崎市民会館の舞台上手アップに立つ、浮浪者を演じた役者がつぶやいたこと、今でもそれを忘れずにいること。

 でも他の言葉も、すべていつか誰かから聞き覚えたものではなかったか。誰から聞いたかわからなくなってしまった言葉たちを、ぼくはまるで自分の言葉のように使っているだけではないか?

 そんなことはともかく。

 「だが、自分で自分の肩をたたくような/このことばが好きだ。/〈マクシム、どうだ、/ 青空を見ようじゃねえか〉

  マクシム、どうだ、
  青空を見ようじゃねえか

 どうしようもない時は、何度もあった。どこまでもいつまでも続く泥沼を歩いているようなあの暗い毎日。

 その時にも、確かにこの言葉がぼくのどこかにあった。

  マクシム、どうだ、
  青空を見ようじゃねえか

 慰めてくれる人は誰もいなかった。肩を抱いてくれる人も、優しく抱いてくれる人も、大丈夫だよと声をかけてくれる人も。でもこの詩の言葉は、ぼくのどこかにずっと座っていて、ときどき語りかけてくれたのだ。
 人の意識を操作するのは簡単なことだ。まして自分の気持ちなんか。

  マクシム、どうだ、
  青空を見ようじゃねえか

 「のろまな時のひと打ちに、/いまでは笑ってなんでも話せる。/だが、/馘も、ブタ箱も、死んだ娘も、/みんなほんとうだった。/若い時分のことはみんなほんとうだった。/汚れたレインコートでくるんだ/夢も、未来も……。」

 今でも時折、あのころの夢を見る。苦しくて切なくて申し訳なくて、どうしようもなくなって目が覚める。
 ああ、すべて過ぎてしまったんだ。ぼくはそこを何とか通り抜けて、人を傷つけたり踏みつけたりして、みっともなく生き延びることができたんだと知る。それでもただ生き延びたことに、ほっとする。

 だから、若い君にもこの詩を読んでもらいたい。何も考えずに、この言葉を身体のどこかに収めておいてくれ。

 誰にもきっとやってくるつらい時に、この言葉はひょいと顔を見せ、何気なく君の身体を操作するだろう。人の意識を操作するのは意外に簡単なことかもしれない。


  マクシム、どうだ、
  青空を見ようじゃねえか



 マクシム
             菅 原 克 己

誰かの詩にあったようだが
誰だか思いだせない。
労働者かしら、
それとも芝居のせりふだったろうか。
だが、自分で自分の肩をたたくような
このことばが好きだ。
〈マクシム、どうだ、
青空を見ようじゃねえか〉

むかし、ぼくは持っていた、
汚れたレインコートと、夢を。
ぼくの好きな娘は死んだ。
ぼくは馘になった。
馘になって公園のベンチで弁当を食べた。
ぼくは留置場に入った。
入ったら金網の前で
いやというほど殴られた。
ある日、ぼくは河っぷちで
自分で自分を元気づけた、
〈マクシム、どうだ、
青空を見ようじゃねえか〉

のろまな時のひと打ちに、
いまでは笑ってなんでも話せる。
だが、
馘も、ブタ箱も、死んだ娘も、
みんなほんとうだった。
若い時分のことはみんなほんとうだった。
汚れたレインコートでくるんだ
夢も、未来も……。

言ってごらん、
もしも、若い君が苦労したら、
何か落目で、
自分がかわいそうになったら、
その時にはちょっと胸をはって、
むかしのぼくのように言ってごらん、
〈マクシム、どうだ、
青空を見ようじゃねえか〉

Light-up studio 032


 なんだか今日は少し錯乱気味。夏至の病かしら?




 前回のLight-uo studio は、どんなんだったかな?


いいなと思ったら応援しよう!