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高校生のためのサバイバル講座  考えるヒント  11と12

 2000年に高校で発行していた国語科通信『高校生のためのサバイバル講座』の第一頁には「考えるヒント」と題した短文を載せていました。

 『高校生のためのサバイバル講座』というタイトルにしたのは、その時代は、ぼくが過ごした高校生時代よりずっと生きづらいような気がしたからです。不景気、就職難、教育格差(当時このような名称はついておらず、すべて自己責任とされていました)……。かなりハチャメチャな生徒もいましたが、それが彼/彼女の自己責任だとはどうしても思えなかったのです。

 また彼らを待ち受ける社会の側も、彼らが生きるにはなかなか過酷な状況でした。〇〇高校卒業だというだけで白い目で見られていました。

 そんな彼らに「どうやってでもいいから生き延びてほしい」という意を込めた『高校生のためのサバイバル講座』でした。

 さて、26年前の高校生に向けた「考えるヒント」の11と12です。あの時代を思い出しながら(プレステ2発売の年です)読んでいただければ幸いです。


   11 勉強=遊び=学問=?=君だけのもの

 授業中、「平々凡々」という言葉を見たMさん、突然「私って本当に平凡なんだよなあ」と呟いた。笑ってしまった。だって彼女、流行の化粧をして、いかにも今時の女子高生。
 でも彼女から出たその言葉に僕はとても安心してしまった。仲間をめっけたって感じかな。僕もずっとそう思ってきたし、それが僕のコンプレックスでもあったからだ。「どうすれば平凡じゃなくなるのかなあ」とMさんは続ける(高校の時の僕のように)。
 ギャルになっても、パンクスになっても、優等生になっても、平凡と退屈からは逃げられない。それは外からではなく、心の中からの言葉だからだ。それは、人に言われる言葉ではなく、自分が自分に投げかける言葉だからだ。
 その言葉から逃げるには、手は一つしかない(と思う)。それはね、Mさん。あの時も言ったけど、やっぱり「勉強すること」あるいは「遊ぶこと」あるいは「学問すること」しかないと思う。言葉は違うけど、実はこの三つは同じ事を言ってるんだ。
 「自分の為に」「自分の自由意志で」「自分を深化、成長させるために」する事が、この三つに共通する要素だ。だからもちろん、嫌々やらされる勉強は勉強じゃないし、友達に合わせるだけの後味の悪い遊びを遊びとは言えない。
 これをやってれば、自分を「平凡」だと思ったり、毎日を退屈だと思ったりする暇はなくなるんだよ、Mさん。だって、自分が毎日少しずつ変わっていくのは、すごくキモチイイことなんだから。「転石コケむさず」ってね。


 今でも、Mさんの顔を思い出せる。そのしゃべり方も。ルーズソックスを履いて校内を闊歩していたその様子も。今でいう陽キャで、クラス内ヒエラルキーの上位にいたことは間違いない。化粧やスカート丈で、いつも生徒指導の先生とやり合っていたけれど、そんな生徒指導の先生とも仲良くやっている不思議な子だった。



   12 一九七六・四・四
 
 グレイハウンドのバスで、バークレーに入った。この街で僕らはとりあえず安ホテルに泊まり、できるだけ早く適当なアパートを見つけて移るつもりだ。
 中心街のテレグラフ・ストリートに小さな看板を出していたホテルは、道沿いの狭い階段の上にあった。階段を登りきると正面に鉄格子と強化ガラスに守られた窓口がある。両肩に刺青を入れたレスラーもどきのフロントマンに二十ドル札を出すと、一ドルと部屋の鍵を投げ返された。前金で二人一泊十九ドル。この近辺では飛び抜けて安い。
 本当にアメリカに来てしまった。小学五年にスタートした受験勉強から逃げ出したい一心で始めた反乱だったが、結局勉強以外は何も知らない僕に「他の何か」なんて見つかるはずもなく、周りにも自分にも嘘をついてここまで逃げてきた。もちろん自由の喜びなど感じる余裕もなく、孤独と不安ばかりが僕を襲っていた。
 ホテル全体からは、饐えた臭いがしていた。部屋は昼間から薄暗く、外を走る車の音が妙に遠く聞こえた。時差ボケのせいばかりではなく、このホテルは外とは違う世界だった。ここを通過していった人々の呻きが、壁のシミになって浮き出ているような気がした。起きていても暗い気分になるだけだった。仕方なく僕は、バネの伸びきっだベッドで安香水と安ワインの臭いに包まれて眠った。
 ところが、翌朝目覚めると窓から入る光で部屋中が輝いていたんだ。窓を開けると、素足の少年が目の前の坂道をスケボーで滑っていく。上半身裸の青年が自転車で坂を登ってくる。乾いた風が吹いていた。近くのガソリンスタンドからデビッド・ブロムバーグの「日曜日はゆっくり起き出して」が聞こえてきた。それまで何度も聞いてきた歌。でも、僕は初めてその歌を唄う彼を感じた。
 うらびれたホテルの部屋から、冴えない顔で明るい外の風景を眺めている異邦人。そんな僕に唄は静かに沁みてきた。ブルースだった。ちょっと元気になった。


 そんなDavid Brombergの「I Like To Sleep Late In The Morning」は、こちら。何度、聴いても「日曜日」は出てこない。邦訳は「朝寝坊」らしい。ただの「朝寝坊が大好き」なのである。「日曜日はゆっくり起き出して」は、ぼくの勝手な思い違い。こんなことはよくある。


 そのあと、高校生の生きづらさは増しこそすれ減っていくことはなかった。今も年々生きづらさ指数は上がっている。
 
 さて、ぼくらに何ができるのだろう?





 ……冒頭の写真は、花巻の道の駅で見つけたあんぱんの自動販売機です。ただいま、花巻で湯治中。ゆるゆると過ごしています。朝寝坊三昧です。


 昨日も『高校生のためのサバイバル講座』の「考えるヒント」から、でした。


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