インフレヘッジ・トランプヘッジ!
先月、金価格が史上最大の下落に見舞われた背景には、イラン戦争の悪影響を受け、自国通貨安防衛のために、金売却を迫られた中央銀行の換金売りが主たる要因との見方が広がっている。イラン戦争後を見据えて、大きく調整した金価格が再び騰勢を回復するのか、考察する。
1.金高を支えた中央銀行の金買いシフト
2022年のロシア制裁発動以降、米国債が凍結されるリスクを恐れた世界の中央銀行が外貨準備の金シフトを積極的に推し進めたことが、金高進行の大きな要因と指摘されている。金の年間産出量の3分の1近くが中央銀行に購入されたことで、金需給が急激に引き締まったことが金高の主たる理由とされている。それに昨年のトランプ関税導入による、米国への不信感が更なる金選好を強めることとなった。
2.想定外の原油高騰と有事のドル買いがグローバルサウス諸国を直撃
金価格が高騰しても原油価格は、図表のとおり、供給過剰によりここ数年低下基調を続けてきたことで、世界的にインフレ鎮静化が進んできた。しかし、イラン戦争勃発により、原油価格があっという間に倍近く跳ね上がると、米長期金利が上昇、世界的なドル高が進行した。

3.イラン攻撃によるエネルギーインフラ破壊が追い打ちとなる
世界的なインフレ懸念の台頭に加え、中東諸国の多くがイランによるエネルギー施設攻撃の対象となり、ドルペッグ制を採用する湾岸諸国が軒並み、自国通貨防衛のためのドル売り介入を迫られることとなった。その際に、ここ数年買い進めてきた金準備の価値増大が、介入原資としての金準備取り崩しを後押ししている。
その中で、エネルギー輸入国で、インフレ率反転に苦しむトルコ共和国中央銀行は、自国の管理フロート制を守るため、多額のトルコリラ買い介入を迫られることとなった。その結果、先月は100トン以上の金売却が報じられている。これまで金買い一辺倒であった世界の中央銀行が金売却に動いたことで、金需給が崩れ、先月は過去最大の下落に見舞われることとなった。
4.イラン戦争終了後も原油高騰は鎮静化しない?
トランプ大統領は、ホルムズ海峡の封鎖解除が実現しなくても、戦争を終結させる用意があると発言したことで、足元の原油価格は110ドルを超えて跳ね上がっている。イランは、攻撃停止の保証がない限り停戦しないと発言しており、ホルムズ海峡の封鎖と原油価格の高騰が長期化するとの見方が強まっている。
その結果、トルコのようなエネルギー輸入国の貿易需給は更に悪化が予想され、自国通貨防衛のための金売却は継続することが予想される。
5.世界の信頼を失った米国の国際的威信とブラジルの反発
国際法を無視してイラン攻撃に踏み切った米国の国際的威信は地に落ち、長期的なドル離れの動きは今後、更に継続することが想定される。
現に、今回の中東紛争による世界的なエネルギー調達の多角化の動きの中で、南米最大の産油国ブラジルが新たな供給元として脚光を浴びている。また、経済ファンダメンタルズが良好で、金融市場が堅調なブラジルは昨年来外貨準備高が右肩上がりで増加している。その一方で、リベラル派のルーラ政権は、トランプ政権と折り合いが悪く、対米貿易赤字国にもかかわらず、50%の相互関税を賦課されている。そのブラジルが、あたかも報復としてか、先月40トン以上の金準備を増加させており、あからさまなドル離れの動きを強めている。
6.中東紛争鎮静化後の金需要
イラン攻撃に実質的に失敗したトランプ政権は、早くも次はキューバだと名指ししており、これからも反米国家への政治的・軍事的干渉を続ける意向を示している。更に、同盟国であるNATOからの脱退も示唆するなど、敵対国ロシアを利し、世界情勢を自ら不安定化させる言動を厭わないトランプ政権に対する世界的な不信感は頂点に達している。これでは、今後も世界的なドル離れの動きは加速することがあっても、減退することは考えられず、金は今後、先進国・同盟国を含む幅広い中央銀行に選好されることが予想される。
7.インフレヘッジ・トランプヘッジとして機能する金準備
原油高騰を受け、今年の米国の利下げ観測は吹き飛んでいる。今後、顕在化するインフレ率の加速次第では、利上げ転換もあり得るシナリオである。イランによる攻撃とホルムズ海峡の封鎖により、中東諸国の原油生産量は減少に転じており、戦争が終結しても早期には生産量は回復しないと予想されている。その結果、インフレヘッジとトランプリスクをヘッジする手段としての金選好は今後も強まることが想定され、早晩、史上最高値の5,500ドルを目指す展開となろう。
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2026年4月3日執筆 チーフストラテジスト 林 哲久
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