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AIに聞くことと、AIに従うこと

暇があったらスマホを触っています。さすがにお風呂には持ち込みませんが。
特に何かをするわけでもなく、何もなくてもついつい画面を開いてしまいます。自分を客観的に見て良くないなとは思っているんです。
でも、ついつい触ってしまうんですよね。

なかったら発狂するわけでは無いにせよ、スマホ依存です。
スマホ依存はある意味判断がつきやすい反応です。利用時間や頻度という目に見える指標があります。

一方で最近よく言われるAI依存とはどういうことを指すのでしょう。
日常や仕事の中での浸透度が高いとか、低いとか言う問題ではなさそうです。それであれば、毎日私の隣の席で電卓をカタカタ叩いているあの人は電卓依存になってしまいます。

じゃあ、日常の悩み相談をしている人は?
会社の愚痴をこぼしている人は?

そう考えると、どこかで線引きをして、ここから先はAI依存みたいな事は真剣に考えないと難しそうです。
でも、典型的なAI依存ならイメージがつけやすそうです。

日常生活において、
AIが勧めているからそこへ行く。
AIが勧めているからそれを買う。
AIが勧めているからそれを食べる。
AIが勧めているからその人と付き合う。

仕事においては、
AIが作成したメールをそのまま送る。
AIが作成した提案書をそのまま使う。
AIが作成した報告をそのまま提出する。
そして、AIが勧めた会社へ転職する。    

きっかけはAIだったのかもしれません。
問題は、AIを使ったことではなく、判断主体としての自分がいなくなってしまうことです。
何か言われたり躓いたりしたときの言い訳が、「AIがそう言っていたから」になる状態…

これはAIに限った話ではなく、会社でもいますよね。
「上司が言ってるから」、「会社が言ってるから」が先に来る人。
もちろん組織で働く以上、最終的には従わなければならない場面ばかりです。ただ、その言葉を借りて責任を外へ置き、自分の言葉にできなくなってしまった時、人は少しずつ判断基準を外部へ預けてしまい、信用が失われていく。

AI依存とは、AIを使っている状態ではなく、判断基準をAIへ移してしまった状態なのかもしれません。

当の私はというと、いろんな場面でAIに聞きながら、無視しているケースの方が多いので今のところは大丈夫そうです。


頼りすぎの弊害

理想の未来

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