サロン楽屋話035:ツキも悲しみも味方に変える「言葉の塩梅力」
ツキも悲しみも味方に変える「言葉の塩梅力」。話すべきか黙るべきか迷う時は、量ではなく「質」の塩梅を加減する。言えば癒え、言わぬが花。
塩梅ひとつで、変わります。
▶「言う勇気」は、無駄口とは違う
「言う勇気」と言っても、何でもかんでもべらべら言うのとは、わけが違います。
それはむしろ、有害。
自分の話や、自慢話ばかりしていたら、煙たがられるのは火を見るより明らかです(関連記事「今の自分に自信がないから『昔の自慢話』が止まらない」)。
▶「言葉」にこそ戒めが多い理由
仏教では、話すことに関して厳しい戒(ルール)が、多めに定められています。
十善戒といって、10個あるうちのなんと4つが、「話すこと」に関するルール なのです。
「不妄語(ふもうご)」…うそをつかない。
「不綺語(ふきご)」…無駄なおしゃべりをしない。
「不悪口(ふあっく)」…乱暴なことばを使わない。
「不両舌(ふりょうぜつ)」…その場にいない人のよからぬうわさ話をしない。
ほかの十善戒のうちの「不殺生(ふせっしょう…殺さない)、「不偸盗(ふちゅうとう…盗まない)」などと「同レベルの扱い」というと、たかが話すだけなのに、厳しすぎると思われるかもしれません、ね。
▶沈黙は「苦しまないため」の智慧
なぜ、話すことに関するルールが、定められているのでしょうか?
その目的はただひとつ、仏教では「苦しまない」ため。
あまり蒸し返すのものでもないのでしょうけれども、不邪淫戒(ふじゃいん)を破戒すると、「バレないだろうか?」という思いが、自分を苦しめるのです(関連記事「『バレたらどうしよう』という苦しみ(副題:錦織圭の報道に思うこと)」)。
ある特定宗教の「教え」というよりも、どちらかというと柔道や剣道、茶道などと同じく「仏道」とすると、ルールの必要性を理解しやすいかもしれません。
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